06.バグる恋と沈む世界
翌朝、世界は“きれいすぎた”。
空の青が、データを圧縮したみたいに鮮明すぎて、
花々の色はどこまでも均一に輝いている。
まるで、完璧なレンダリングがかかったような庭園。
だけど――風が吹かない。
鳥が鳴かない。
静寂が、張りつめた膜のように世界を覆っていた。
私は手帳を開いた。
[恋愛フラグ定義] 対象:エリオット・アルファード
状態:固定化/感情同期中
固定化――。
つまり、世界が私の恋を“確定ルート”として認識している。
「……これが、選んだ結果。」
昨日の夜、確かに私は書いた。
それでも、あの時はこんな異常が起きるなんて思わなかった。
窓の外を見つめると、学園の生徒たちが笑い合っている。
けれど、その笑い声が、まるで同じ音を繰り返しているように聞こえた。
【ループ検出:会話パターン 03】
頭の奥にノイズが走る。
現実のはずなのに、まるでプログラムの中を覗き込んでいる感覚。
「……やっぱり、始まったか。」
後ろから聞こえた声に振り返ると、エリオットが立っていた。
彼の金の瞳も、どこか不安定に揺れている。
「エリオット……世界が、おかしい。」
「君が“恋”を定義した瞬間、感情値が全領域に波及した。」
「感情値?」
「この世界の人間は、すべて数値化された感情で動いている。だが君の恋だけは、値として処理できなかった。
だから、感情そのものがシステムを食い始めている。」
「私の……恋が?」
「バグっていうのは、拒絶された自由のことだよ。」
エリオットの声は、どこか優しかった。
「君が感じた“恋”は、この世界の設計者が想定していない。だから、世界はそれを“エラー”として排除しようとしている。」
「排除……?」
その瞬間、遠くの校舎が歪んだ。
壁が波のように揺れ、空間が一瞬ノイズに飲まれる。
【Error 404:Scene Not Found】
「……!」
私はとっさに羽ペンを取り出した。
ペン先が自動的に動き出し、宙に黒い文字を描く。
“Fix Scene Data”
光が弾け、崩れた校舎が元に戻る。
だが――空気の中に、微かな“違和感”が残った。
「……直せた?」
「直ってはいない。」
エリオットは首を振る。
「見た目を修正しただけで、根本は壊れている。このままだと、“恋”という概念そのものが――」
彼が言いかけた瞬間、周囲の人々の動きが止まった。
まるで、時間がフリーズしたかのように。
「エリオット?」
「……静かに。」
彼はゆっくりと私の手を取った。
その指先が触れた瞬間、世界の色が一瞬だけ鮮やかに戻る。
「――これは、“恋”の再定義だ。」
視界が反転した。
学園の中庭が、まるで別世界のように暗転する。
花は黒いコードに変わり、空は無数の文字列で覆われていく。
私の頭の中に、声が流れ込んできた。
【再構築開始:LOVE_FUNCTION】
【主導権:セレナ・グレイス】
「私が……主導権を?」
「そう。君の恋が世界を書き換えている。君の“想い”が、本物なら――この世界は、新しい形を受け入れるはずだ。」
エリオットの声が、遠くで響く。
私は彼の手を強く握りしめた。
「私は……この世界を守りたい。でも、あなたを失いたくない。」
【入力:Emotion = 真実の恋】
黒いコードが一斉に光り始める。
周囲の文字が形を変え、失われた景色が少しずつ戻っていく。
だが――その中で、リリアの姿だけは現れなかった。
夜。
再び静寂が戻った王宮のバルコニーで、私はエリオットに問いかけた。
「私が世界を守ったの? それとも、壊したの?」
エリオットは少し間を置いて、微笑んだ。
「どちらでもない。君が“恋を定義した”瞬間、世界は変数になったんだ。つまり――結果は、君次第だ。」
「……私次第。」
「だが覚えておいてほしい。この世界の“製作者”がその変化を黙って見ているとは限らない。」
「製作者?」
エリオットはゆっくりと夜空を見上げた。
その目に、一瞬だけ“警告ウィンドウ”が反射する。
【Administrator Access Detected】
「……誰かが、ログインした。」
私は息を詰めた。
“製作者”――このゲームを作った存在。
つまり、神。
彼らが、この異常を察知したのだ。
「セレナ。」
エリオットが私を見た。
「次に起こるのは、“修正”だ。彼らは君の存在を削除しようとする。」
「削除……?」
彼がそっと私の頬に触れた。
「でも、僕がいる。君を守る。」
その言葉に、胸の奥が痛んだ。
怖い。
だけど、彼が傍にいる限り、私は――
「だったら、私は書くわ。“削除されない私たち”を。」
羽ペンを握りしめ、夜空に書く。
[定義更新]
セレナ・グレイス = 削除不可
黒い光が、星々の間に吸い込まれていった。
その瞬間、世界が震える。
【警告:不正な定義変更を検出】
エリオットが私の手を強く握った。
「もう戻れない。」
――そして、空に巨大な赤い文字が浮かび上がる。
【SYSTEM RESTORE INITIATED】
“世界が再起動を始めた”。
私はその中で、エリオットの瞳を見つめ続けた。
たとえ、この恋が世界を壊しても――
彼を失うより、ずっとましだと思った。




