03.再生する朝と壊れた選択肢
また、朝が来た。
同じ陽光、同じ鳥の声、同じ空気。
だけど、今日は――違う。
枕元の紙切れが、現実を告げていた。
“君がリリアに近づく前に、僕の部屋へ来い。”
――E.A.
エリオット・アルファード。
ゲームのメイン攻略対象であり、この世界の“主”。
ループを覚えている、唯一の存在。
私は息を整え、ドレスを着替える。
世界がリセットされても、彼からの手紙だけが残る。
まるで、セーブデータの欠片みたいに。
王宮の長い廊下を進む。
足音を立てるたび、壁の絵画がちらりと揺らぐ。
まるで、この空間が“読み込み中”みたいだった。
「……この世界、ほんとに完成品なの?」
つぶやいた声は、無音の空気に溶けた。
扉を叩く前に、向こう側から声がした。
「入っていいよ、セレナ。」
私は思わず驚く。
まるで、私の行動を“予測”していたみたいだった。
部屋に入ると、エリオットは書き物机の前に立っていた。
その背後の壁には、無数の文字列が浮かんでいる。
まるで、空間そのものがデータでできているように。
「……ここも、バグってるの?」
「いや、違う。見せているだけさ。」
エリオットは指を鳴らした。
英数字と記号の群れが、ゆっくり形を変える。
“イベント・フラグ”、“選択肢テーブル”、“感情値”。
――ゲームの内部構造が、視覚化されていた。
「この世界は、選択と結果で成り立っている。だが君が登場してから、いくつかの選択肢が“未定義”になった。」
「未定義?」
「つまり、“存在しない選択”だ。君が踏み出した瞬間、ルートが消える。」
私の背中を冷たい汗が伝う。
「私が……壊してる?」
「壊してる、というより“書き換えてる”。君は、この世界に存在しないコードを実行してるんだ。」
窓の外で光が揺らぎ、花弁が逆流する。
リリアが噴水に向かうイベントが、静かに“巻き戻されていく”。
「見える?」
とエリオットが問う。
「君がリリアに近づくたび、時間が戻る。君の行動が、シナリオの根幹を壊しているんだ。」
私は唇を噛んだ。
「……じゃあ、私が何をしても、世界は元に戻るの?」
「今のところは、ね。」
「どうすれば止められるの?」
エリオットは少し考え、静かに言った。
「“選択肢を消す”以外の行動をすること。」
「え?」
「この世界には、本来“選択肢にないこと”を考える余地がない。だが君が自由に動くと、プログラムが処理しきれず、ループする。なら、君が世界に“新しいルート”を与えればいい。」
「新しいルート……?」
「そう。君の意志で、物語を作るんだ。」
それは、あまりにも無茶な提案だった。
けれど――心の奥で、確かに何かが震えた。
プレイヤーとして、何百時間もこの世界を遊び尽くした。
エンディングも、隠しルートも、全て知っていた。
でも“自分で選択肢を作る”なんて、考えたこともなかった。
「……そんなこと、できるの?」
「できるさ。だって、君は“外の世界”から来たんだろう?」
エリオットの声が静かに落ちた。
私の心臓がドクンと鳴る。
――外の世界。
現実の私は、確かにゲームをしていた。
あの瞬間、バグとともに画面が白くなって……。
「……もしかして、あれがトリガー?」
「かもしれない。」
彼の目がわずかに笑う。
それはプログラムでは再現できない、“生きた微笑”だった。
「君は、何を望む?」
唐突な問い。
エリオットが私をまっすぐ見ている。
その金の瞳に、ノイズが一瞬だけ走る。
「望み……?」
「もし君がこの世界を壊したくないのなら、壊れない形で、作り直すことを考えるべきだ。」
「……そんなこと、できるの?」
「できるかどうかじゃない。やるかどうかだ。」
彼の声は、プログラムではない“意思”を帯びていた。
「……わかった。やってみる。」
エリオットの目が、静かに輝いた。
「なら、始めよう。“完璧なはずの世界”に、新しいルートを作るんだ。」
彼が机の引き出しから何かを取り出した。
それは――古びた羽ペン。
「これが、システムに直接干渉できるツールだ。開発者のテストデータから残った唯一の“書き換えキー”。」
「……あなた、どうしてそんなものを?」
「僕もわからない。けれど、この世界の深層で“君を待っていた”気がする。」
その言葉に息が詰まった。
彼の声が、どこか懐かしかった。
――まるで、私がこのゲームに夢中だった夜。
エリオットのルートを何度も周回していた頃の、あの画面越しの声みたいに。
「セレナ。」
「なに?」
「もし、次に世界が巻き戻ったら――僕を信じて。“変化”を起こせ。」
「どうやって?」
「それを探すのが、君の“プレイ”だ。」
ふっと微笑んで、彼は羽ペンを私に渡した。
途端に、空間が再びノイズを走る。
【System Error: Unauthorized object detected.】
【Rollback sequence initiated.】
「また、来る!」
「恐れるな、セレナ!」
視界が白く染まり、風が消え、世界が反転する。
――気づけば、また朝。
同じ光。
同じ音。
だけど、手の中には――
黒い羽ペンが、しっかりと握られていた。
「……持ってきた。」
世界はリセットされたのに。
データに残らないはずの“存在”が、ここにある。
私はゆっくりと笑った。
「じゃあ、次は――私の選択を書き換えてみよう。」




