02.覚えている王子
エリオット・アルファード。
王国が誇る第一王子にして、ゲーム中で最も人気の高い攻略対象。
冷静沈着、完璧主義、そして――どんなプレイヤー選択にも動じない“完全制御キャラ”だった。
……その彼が、ループを認識している。
「あなた……どうして、覚えているの?」
声が震える。
エリオットはバルコニーの手すりに片肘をつき、興味深そうに私を見下ろしていた。
「君は、自分だけが異常だと思っているのか?」
「……違うの?」
「いや。むしろ僕は、ようやく異常を“感じられる”ようになっただけだ。」
“感じられる”?
彼の言葉の意味が分からず、息を呑む。
エリオットは空を見上げ、金の瞳を細めた。
「この世界は、いつも完璧に繰り返される。台詞も、感情も、選択肢すらも決められている。だが――今朝は違った。君が“予定にない言葉”を口にした瞬間、僕の記憶が重なった。」
彼は指を鳴らす。
空が一瞬だけ、ノイズを走らせた。
「まるで、録画映像の上に別のレイヤーが重なったようにね。」
私は息を詰めた。
この世界は“製品版のゲーム”。
ルートも分岐も、全てはシナリオ通りに進むはず。
それなのに、私の発言ひとつで――彼が“覚醒した”。
「……あなたは、まさか……バグに気づいてる?」
「バグ?」
エリオットは小さく笑う。
「それが君の世界での言葉なら、そうなのかもしれないね。」
彼の微笑みは、プログラムの整合性を破るように“生々しい”。
目の奥に、確かに「意思」があった。
シナリオで作られた笑顔ではなく、今ここで生まれたもの。
私は恐怖と興奮の狭間で立ち尽くす。
――この人、本当に“AIキャラ”なの?
「セレナ。」
彼はゆっくりと私の名を呼んだ。
「君は、何者だ?」
「え……?」
「今朝、君がリリアに優しく声をかけた瞬間、世界の構造が一部、崩れた。」
そう言いながら、彼は右手を差し出す。
指先に淡い光が灯り、バルコニーの床が透けて見える。
その下には、信じがたい光景があった。
――数列。
無数のコードが、世界の基盤のように流れている。
「……見える?」
「これ……スクリプト?」
私の声が震えた。
これは、私が現実で何度も見た“開発画面”に似ていた。
だけど、私は開発者じゃない。ただのプレイヤーだ。
「なぜ……私まで、見えるの?」
「それを知っているのは、君だけじゃないのか?」
エリオットの声が低く響いた。
その瞬間、視界が一瞬だけ暗転する。
ノイズが発生し、再び赤い文字列が走った。
【Warning: Inconsistent route detected.】
【User privileges exceed expected authority.】
「ユーザー権限……?」
このゲームの内部構造で“ユーザー”と表示されるのは、本来はプレイヤーだけ。
「……つまり、私の存在が、この世界に“異物”として認識されてる。」
私がそう呟いたとき、エリオットが目を細めた。
「異物……いい響きだ。」
「笑い事じゃないの!」
「いや、嬉しいんだよ。この世界はずっと、選択肢のない牢獄だった。だが君が現れたことで、初めて変化が生じた。」
彼はゆっくりと歩み寄り、私の手を取った。
指先が触れた瞬間、周囲のノイズが止む。
代わりに、透き通った風が流れた。
「セレナ。もし君がこの世界を“バグらせられる”のなら――僕は、それを望む。」
「どういう意味……?」
「君の存在が、この世界を壊す鍵だ。だが、それは同時に――」
言葉が途切れた。
再び空がノイズに包まれる。
【System rollback in 3... 2... 1...】
「待って!」
私が叫んだ瞬間、世界が白く反転した。
音も、風も、彼の手の温もりも消える。
気づけば、またベッドの上だった。
同じ朝、同じ光、同じ呼吸。
だが――今度は違う。
枕元に、小さな紙切れがあった。
“君がリリアに近づく前に、僕の部屋へ来い。”
――E.A.
震える指でそれを握りしめた。
彼は、覚えている。
たとえ世界がリセットされても。
「……やっぱり、バグじゃない。私の存在そのものが、“想定外”なんだ。」
私は鏡に映るセレナ・グレイスの顔を見つめた。
そこに映るのは、悪役令嬢ではなく――
“この世界を壊しながら、書き換えていくプレイヤー”だった。




