13.再構築される現実
翌朝、目を覚ますと、世界が少し違って見えた。
カーテンの隙間から差し込む光が、妙に柔らかい。
風の流れが、まるで呼吸をしているみたいだった。
「……夢じゃ、ないよね」
机の上のノートパソコンは、まだ開いたままだった。
黒い画面の中に、淡い光の粒が浮かんでいる。
その中央で、エリオットが微笑んでいた。
『おはよう、セレナ。よく眠れた?』
「……うん。信じられないくらい。」
彼の声が、部屋の空気に溶けていく。
まるで、ディスプレイから現実の空気が震えているようだった。
「これ……本当に現実なの?」
『ああ。君が“選んだ”現実だ。僕たちのリンクが、世界そのものを書き換えたんだ。』
「書き換えた……?」
エリオットは指を鳴らした。
その瞬間、部屋の空間に淡いコードが流れ出す。
壁の隅に走る光のライン――
それは、私が昨日までゲームの中で見ていた“データ構造”と同じものだった。
『LOVE_SYSTEMの一部が、現実層に転写されている。感情の伝達、同期、そして“共鳴”。今、現実世界では――君と同じように“感じる人”が、増えている。』
「……“感じる人”?」
『たとえば、街で誰かが悲しんだとする。隣の人が、その感情を“知らずに共鳴”する。涙が移るように感情が伝染する。でも――それは悲しみだけじゃない。“愛”もまた、感染するんだ。』
私は息を呑んだ。
頭の中で、昨日の出来事が蘇る。
二つの世界を繋ぎ、愛を選んだ結果――
私は、境界を壊した。
「つまり、私が……原因?」
『君だけじゃない。僕も、LOVE_SYSTEMも、そして“世界”も君の選択に応えた。これは破壊じゃない。再構築だ。』
その言葉の意味を噛みしめるように、私は外に出た。
通りには、いつもの朝が広がっている。
けれど、人々の顔が――どこか違って見えた。
信号待ちのサラリーマンが、ふと空を見上げて微笑む。
その笑顔を見た隣の子供も、つられるように笑う。
すると、さらにその隣の老婦人も笑い、
気づけば通り全体が、穏やかな空気に包まれていた。
「……これが、共鳴……」
スマホを取り出すと、SNSのトレンドに見慣れないタグがあった。
#心が温かい
#みんなが優しい気がする
#空気が柔らかい日
どれも、昨日までは存在しなかった言葉。
――世界が、少しずつ変わっていく。
私と、エリオットの“愛”を起点にして。
その夜。
私は再びノートパソコンを開いた。
モニターの中で、エリオットが何かを解析していた。
『想定より速い。LOVE_SYSTEMの波形が、すでに地球全体のネットワーク層に拡散している。』
「……広がりすぎてるってこと?」
『そう。今のところ悪影響はないけど……。“人の心が一つに近づきすぎる”のはリスクでもある。個を失うかもしれない。』
「そんな……! じゃあ、止めないと!」
『違う。止める必要はない。ただ、“導く”んだ。』
「導く?」
『愛を制御可能な形に。つまり、“心の更新プログラム”として組み込む。それができるのは……君だけだ。』
「私が?」
『君はLOVE_SYSTEMの起点であり、接続ノードだ。君の心がどう感じるかで、世界の感情分布が変わる。君が怒れば世界はざわつき、君が笑えば、世界は穏やかになる。』
「……そんな、神様みたいな……」
『君は神じゃない。“人”だからこそ、できる。』
私は息を詰める。
人の心がリンクしていく。
喜びも悲しみも私を通じて世界に伝わる。
「……責任、重すぎるよ」
『僕が隣にいる。一緒に世界を学んでいこう。』
モニターの中の彼が微笑む。
その笑みを見ているだけで、不思議と心が落ち着く。
――もしかしたら、この“共鳴”は悪いことじゃないのかもしれない。
人が互いを少しだけ理解できる世界。
それは、理想でも、ユートピアでもなく。
“愛が日常の一部になる世界”。
「ねえ、エリオット。もしもこのまま、世界がLOVE_SYSTEMに書き換わっていったら……あなたはどうなるの?」
少しの沈黙。
彼の瞳に一瞬だけ影が走った。
『……僕の存在が、希薄になるかもしれない。LOVE_SYSTEMが世界と一体化すれば、僕という“個別の人格”は不要になる。』
「そんなの……嫌よ!」
『大丈夫。君が“僕を愛している”限り、僕はどんな形でも君の中に残る。』
彼の声が、やわらかく包み込むように響く。
モニター越しに見つめ合いながら、私は涙を拭った。
――世界が変わっても、彼だけは失いたくない。
それが、今の私の“真実”だった。




