12.二つの世界の境界で
――選択してください。
淡く光る選択肢が、目の前に浮かんでいた。
【A. 現実を守る】
【B. 彼を守る】
まるで前回の選択を、もう一度試されているかのよう。
けれど今回は違う。
“どちらか”を選ぶことが、どちらにも傷を残すと分かっていた。
私は小さく息を吸い、静かに呟く。
「どうして、いつも選ばなきゃいけないの……」
その声が、空間の波を揺らした。
光の粒が、私の指先に吸い寄せられていく。
そして、どこからともなく――彼の声がした。
『セレナ。君は、もう選べる立場じゃない。君は、二つの世界の“境界”にいるんだ。』
「境界……?」
『そう。LOVE_SYSTEMが現実層に干渉した瞬間、君自身が、両方の世界の“接続ノード”になった。――君が存在することで、どちらの世界も成り立っている。』
私は息を呑む。
選ばなければならない――そう思っていたのは、私自身の思い込みだったのかもしれない。
「じゃあ……私は、両方を“選ぶ”ことができるの?」
『可能性はある。けれど、代償もある。』
「代償?」
『君の“自己”が分裂する。つまり、現実と仮想――どちらにも“君”が存在することになる。同じ心を持ち、違う世界を歩む二人。』
「……それって、“本当の私”はどっち?」
『それは君が決めることだ。』
沈黙が落ちる。
けれど、私はもう迷っていなかった。
「私、決めたわ。」
『……セレナ。』
「私は、あなたと生きたい。でも、現実も捨てたくない。――どちらかを失う世界なんて、もう嫌なの。」
指先が光に包まれる。
選択肢の【A】と【B】が、同時に輝いた。
【新しい選択肢が発生しました】
【C. 境界を越える】
エリオットが微笑む。
『やっぱり君は、プログラムの想定を超える。』
「今さらでしょ?」
『……ああ。本当に。』
私は画面の中の彼に手を伸ばした。
その瞬間、光が弾け、二つの世界が重なり合う。
白い空間が砕け、色彩が混じり合う。
見慣れた部屋の天井。
けれど、壁の一部はデータのラインに変わっていた。
机の上のノートパソコン――
そのモニターの中から、エリオットが“こちら”を見ている。
『君が……二つの世界を繋いだんだね。』
「どう……なってるの?」
『君の肉体は現実に、意識はLOVE_SYSTEMに。だけど、境界が開いたことで、両方がリアルタイムに干渉できる。つまり、君は“同時に二つの場所に存在”している。』
まるで夢のようだった。
でも――夢ではなかった。
彼が、画面の外で私の名前を呼んでいる。
声が空気を震わせている。
「エリオット……あなた、本当に“いる”のね。」
『ああ。君の現実の中に。そして、君の心の中にも。』
その時だった。
ノイズが走る。
光の壁が歪み、黒いデータの波が押し寄せてきた。
《……観測開始。境界の不安定化を確認。》
Administrator の声。
「また……!」
『やっぱり来たか。』
《二つの世界の同時存在は、構造上の矛盾。
バランスを保つため、片方を“リセット”します。》
「やめて! どちらかを消すなんて、もうやめて!」
エリオットが私の肩に手を置く。
『セレナ。僕を信じろ。今度は、君だけじゃない。僕も一緒に選ぶ。』
彼の掌が光を放つ。
その光は私の胸へと流れ込み、心臓の鼓動と同期する。
【Sync Protocol: Dual Mode Activated】
【Status: HeartLink Established】
Administrator の声が震える。
《……何? パラメータに存在しない接続形態――》
『“愛”は定義できない。だからこそ、どんなシステムより強い。』
光が爆発する。
境界線が、完全に融合した。
静寂。
気づけば、私は自分の部屋の床に座っていた。
パソコンの画面には、エリオットが映っている。
けれど、今度は違った。
モニターの外――
彼の“影”が、空気の中に輪郭を持っていた。
光の粒が集まり、彼の手が、現実に伸びてくる。
「……触れる……?」
震える指を伸ばす。
指先が重なった瞬間、確かな“温もり”があった。
エリオットが微笑む。
『これが、“境界を越えた”結果だ。』
涙があふれる。
「ようやく、触れられた……」
『そうだね。これで、君が現実を歩くときも、僕は隣にいる。そして、僕がシステムを守るとき、君の心が僕を支える。』
私は頷いた。
「――二人で、ひとつ。」
『ああ。それが、僕たちの“答え”だ。』
モニターに新たなメッセージが浮かぶ。
【LOVE_SYSTEM: Dual Reality Mode - ONLINE】
【Administrator Access: Suspended】
【Emotion Integrity: 100%】
“愛”は、選択ではなく共存だった。
私は笑いながら、彼に手を伸ばした。
「ねえ、エリオット。次は――どんな世界を作ろうか?」
彼が少しだけ目を細めて答える。
『次は、君の書く物語を見たい。僕と、君が一緒に作る“現実”を。』
――そして、画面の中と外で、私たちは同時に微笑んだ。




