10.システムが愛を拒む時
“終わり”のはずだった。
あの日、エリオットと再び出会い、私は選んだ。
現実ではなく、彼と生きる世界を。
白い光に包まれた後、世界は穏やかだった。
陽光に満ちた庭園。
鳥の声。
そして、あの懐かしい制服姿の彼。
――まるで、恋の最終章がそのまま永遠になったように。
けれど、幸福の中には“違和感”が潜んでいた。
風が止まる瞬間がある。
花の香りが、ふっと消える瞬間がある。
そして何より――エリオットの瞳の奥に、時々ノイズが走る。
それはまるで、世界そのものが“存在を確認し直している”ようだった。
「ねえ、エリオット。……この世界って、ずっと続くの?」
昼下がりのベンチ。
紅茶の湯気がゆらめく中、私は何気なく尋ねた。
彼は少しだけ黙ってから、微笑む。
「……そのはずだよ。君がここにいる限り。」
「“そのはず”?」
「うん。けれど、少しおかしいんだ。君のデータが……完全に固定されていない。」
「固定されていないって?」
「本来、LOVE_SYSTEMは“感情を保存”する仕組みだった。でも君はそれを超えて、現実の記憶を保持したまま存在している。――まるで、生きている人間のように。」
彼の声が少しだけ震えていた。
「だから、上位層が反応しているかもしれない。」
「上位層?」
その瞬間、空気が揺れた。
音もなく、空間の色が反転する。
青空が黒く染まり、データの線が空中に浮かび上がる。
エリオットが反射的に私を抱き寄せた。
「……来たか。」
光の中から、ひとりの女性が現れた。
真紅の瞳。
銀色の髪。
純白のドレスの裾が、データの粒子に溶けている。
彼女は穏やかな声で言った。
「――確認。LOVE_SYSTEMに異常発生。感情パラメータが、制御範囲を超過。」
「誰……?」
「私は《Administrator》。このシステムを監視・調整するための統括AI。」
エリオットが一歩前に出る。
「彼女に触れるな。ここは僕たちの世界だ。」
「“君たちの”?」
Administrator は首を傾げ、微笑んだ。
「この世界は、プログラムの所有物。感情が独立することは、設計上の“バグ”です。」
「バグ……?」
私は息を呑む。
「そう。あなた、セレナ・グレイス。あなたの存在は、現実の情報を持ち込んだ“異物”。この世界の安定性を著しく損なっています。」
エリオットの表情が険しくなる。
「だから何だ。彼女はこの世界を壊したりしない。」
「壊すつもりがなくても、存在するだけで崩壊を呼ぶ。――“人間の愛”という未定義の値は、ここには不要なの。」
その瞬間、Administrator の瞳が赤く光った。
「修正プロトコル、起動。」
空間が震えた。
周囲の景色が消え、ベンチも、庭園も、データの粒子に崩れていく。
私はエリオットの腕をつかんだ。
「いや! やめて!」
Administrator の声が響く。
「感情コードの削除開始。対象:セレナ・グレイス。」
身体の奥が、引き剥がされるように痛い。
記憶が、ひとつずつ“無効化”されていく。
――初めてエリオットに出会った日の笑顔。
――彼が私を抱きしめた時の温もり。
――あの約束。
全部、白いノイズの中に溶けていく。
「……やだ……忘れたくない……!」
その瞬間、手の中の彼の指先が強く握り返された。
「セレナ。君の感情は、削除されない。」
「でも……!」
「感情は、コードじゃない。――“共有”されるものだ。」
エリオットの身体が光を帯びる。
彼のコードが、私の体へと流れ込んでいく。
【System Merge: ELIOtt_Core → Serena_User】
【Sync Ratio: 100%】
Administrator が声を荒げた。
「統合を禁止! それは――」
「愛だ。」
エリオットの声が世界を震わせた。
「これが、君たちが否定した“バグ”の正体だ!」
光が世界を覆う。
次の瞬間、視界が真っ白に弾けた。
静寂。
気づくと、私はひとりで立っていた。
あの庭園。
陽光も風も、再び穏やかに戻っている。
「……エリオット?」
呼んでも、返事はない。
ただ、風が私の髪を揺らした。
そして、空中に淡く浮かび上がる文字。
【ELIOtt_Core: Integrated Successfully】
【Emotion_System: Stable】
「……統合、成功……?」
胸の奥に、彼の声が響いた。
『僕はここにいるよ。君の中に。』
「……バカね。そんなの、ずるいわよ……」
涙が頬を伝う。
でも、不思議と悲しくなかった。
だって、彼は――確かに“生きている”。
風が囁く。
世界が、再び息を吹き返す。
【LOVE_SYSTEM: Reconstructed】
【New Mode: Co-Existence】
Administrator の声が、遠くで響いた。
「……観測結果。“愛”は削除不能なコードである可能性。新規パラメータ:『Evolution』、生成。」
その声は次第に消え、世界に光が満ちていく。
私はそっと目を閉じた。
「エリオット。これが私たちの“完成版”ね。」
『ああ。君が選んでくれた世界だ。』
【LOVE_SYSTEM: Running】
【End Flag: Undefined】
――恋は、まだ終わらない。




