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十二月三十日

 冬の日には珍しく雨が降っていた。

 海とか山とか楽しみにしていたのに、どこにもいけなくなってしまった。

 窓から見える寒牡丹がなんだかしょげているように見えた。

 仕方がないから、今日一日は家を探索することにした。

 一昨日も探索はしたが、それでも見きれないほど家は広かった。


 一周して記憶に残ったものといえば、来客用と思われる部屋の襖に書かれた、美術館に飾ってありそうな水墨画のような絵と本物のような刀と鎧兜ぐらいだった。

 もしかしたらと掛軸もめくってみたけれど、時代劇や映画でよく見るような抜け穴はなく少しがっかりもした。

 その様子をおじいちゃんが見ていたらしくニコニコしていた。

 恥ずかしい。

 隠し部屋の代わりに屋根裏へ連れていってくれるらしい。

 棒の先端を曲げた部分を器用に天井に空いた小さな穴に引っ掛け、下に引っ張る。

 天井がぱかっと開き梯子が降りてきた。

 なんだか隠し部屋みたいでわくわくしながら梯子を登る。

 屋根裏は暗くて埃っぽかった。

 おじいちゃんが懐中電灯を点けてくれてやっと辺りを見渡せた。

 木箱やら棚やらガラクタやらが所狭しと並んでいて、ハリー・ポッターに出てくる必要の部屋みたいだ。

 おじいちゃんは埃っぽいのがよくないらしく、懐中電灯を私に渡して下に降りてしまった。


 棚に置かれていた資料のような本をペラペラめくったり骨董品のような品々を見ていて気づいたのだが、どうやら昔から名前のある家系らしい。

 様々な資料に牡丹の家紋があった。いくつかの骨董品にも。

 資料には昔ここ一帯を治めていたらしき記述もあった。

 この家が豪邸のようだった理由が分かったと同時に、そういう家系って長男が家を継ぐものじゃないのか、ならなんでお父さんは家を継いでないのかという疑問が浮かんだ。

 それを考えて更に屋根裏を散らかしていると下がなんだか騒がしいことに気がついた。

 なんだろうと思って梯子を降りるとおじいちゃんとお父さんの声がした。

「久々に帰ってきたのにそりゃないだろ」

「何も言わずに出ていってどんな気持ちだったかわかってるのか」

「そんなの町長どうこう家系がどうこうなだけだろ」

「代々ご先祖さんが積み上げたものをなんでもないように思うな!」

 おじいちゃんが怒鳴った。

「そうかよ。そういう縛りがあったから出ていったんだ」

 そう言い残してお父さんは雨の中出ていってしまった。

 なんとなく落ち着いたのを見て、おじいちゃん達の所に行く。

「ああ、まふゆちゃん、聞こえちゃってたかな。ごめんね」

 さっきとは違った穏やかな声だった。

「大丈夫だよ。さっきの話ってなに?」

「ああ、もう十八歳になったし教えても大丈夫か。母さん、水と酒をくれ」

 様子を見るに結構重い内容みたいで緊張する。

 お酒を一気に飲み、一息つき、話が始まった。

「まふゆちゃん、歴史は勉強してるよね?」

「まあ、高校で習うぐらいなら」

「ここの家系は戦国時代からわしの代までずっとここ一帯を治めていたんだよ。

 まふゆちゃん、平成の大合併は知ってるかな。

 沢山ある村や町を合併させようっていう政策なんだけど、順当にいけば合併後も儂ら一族が町を治めるはずっだったんだよ」

 そこまで話して、更にコップに注がれたお酒をぐいっと飲み干した。

「おじいちゃんたちは町長決定に合わせて伸司くんに村長の座を譲ろうとしていたんだ。

 だけどね、町長を決める選挙の直前になって、伸司がまゆふちゃんを連れていなくなったんだ」

 結局、町長には別の村の村長がなった。

 だからおじいちゃんは怒っていて、お父さんはずっと実家に帰らなかったのだ。

「なんでお父さんは家を出ていっちゃったの?」

「さあ?あれ以降まともに話をしていなかったからね。かれこれ十数年か。だから、急に連絡が来てまふゆちゃんとこっちに来ると言ってきた時はびっくりしたよ」

 ずっと黙って聞いていたおばあちゃんが口を開いて

「お父さん、そのことで結構怒っていたんだけどね。でも最近になって、村長の役を無理やり背負わせていたんじゃないのかとか、加奈子さんが死んでしまって疲れていたんじゃないのかとか考えるようになってね。

 とにかく伸二くんと話したいらしかったの。

 なのに、伸二くんが帰ってきて早々喧嘩しちゃって。

 ほんとうに不器用だね」

「とにかく,伸二くんと話がしたいから、まふゆちゃん、伸二くんをもう一回連れてきてくれないか?」

 急なお願いに少し困惑する。

 でもなんだか放置しちゃいけないような気がして、わかったと言って雨が止むのを待った。


 幸い夕方には雨も止み、すぐにお父さんを探しに出かけた。

 雨が止むまでの間お父さんの部屋の探索を続けていたのだが、一昨日漁り途中だった本棚の一番下の列の一番隅の本の間に封筒が挟まっていた。

 その封筒の裏には子供の汚い字で大きく

「おとうさんとまふゆがいっしょのときにあけること!」

 と書いてあった。

 多分昔の私が書いたのだろうけれど、全く記憶にない。

 ただ、なんとなくお父さんがいない今この封筒を開けるのはよくない気がして、後でお父さんに聞こうとポケットにしまった。


 お父さんを探すといってもLINEで連絡して居場所を聞くだけだから大して大変ではなかった。

 というか、お父さんが家の近くのバス停まで車で迎えに来てくれた。

 それよりも、バス停までのジメジメしていてぬかるんでる道を歩くことのほうが面倒くさかった。

「まふゆ。誕生日おめでとう」

 お父さんの第一声はそれだった。

 本当は目を見て話したかったけれど、恥ずかしくて窓の外の景色を見てしまう。

 雲はまだ結構あったが、その隙間から太陽の光が差し込んでいる。

 その光に勇気づけられ、小さく深呼吸をし、

「ありがとう」

 と伝えた。

 窓に反射したお父さんは安堵の顔を浮かべていた。

「喧嘩して悪かったな」

「こっちこそ、ごめん」

「謝らなくていいよ。手紙は読んでくれた?」

「読んだ。ありがとう」

「ちょっと海にでも行かないか?」

 お父さんが唐突に言ってきた。

「いいよ」

 コンクリートで舗装されていないガタガタの道を走っていく。

「この町に来てどうだった?」

 この村に来てから自然の美しさがよくわかった。

 空気は澄んでいて、山も道も空もすべてが幻想的だ。

「老後はこんなところに住みたいなーなんて」

 そっかぁ、とちょっとしょんぼりとした。

 何とは言わず、牽制する。

「おじいちゃんから聞いた」

 お父さんは少し真剣な顔になった。 

「なんでお父さんはこの町を出たの?」

「んー、おじいちゃんから聞いたかもだけど、お父さんさ、小さい時から将来はこの村を治めるんだって言われて育ってきたんだ。村の子供達の中でも特別に扱われててたしね」

「そうらしいね」

「でも、俺は何にも縛られず、色んなところに行きたかったんだ。東京、ニューヨーク、パリ。

 でもまあ気づいたら村長になってて、奥さんもいて、子供もいた。

 多分とても充実していたんだけれど、満足ではなかった。

 そんな時、まふゆのお母さんが死んじゃったんだ。交通事故でね。美しい人だったよ。品のある天真爛漫っていうような、矛盾しているようで両方持ち合わせた人だった。

 とにかく、そこで俺は運命というものが嫌になったんだ。

 いくら定められたように生きたってお母さんは世界から消えてしまったのだからね」

 なんとなくお父さんが町を出た理由がわかった。

 私も運命に縛られるのなんて嫌だ。

「そういえば、お父さんの部屋でこれ見つけたんだけど」

 ポケットに入れてあった封筒を見せた。

 お父さんはびっくりしたような顔をしてからすぐに笑って

「懐かしいなあ」

 なんて言っていた。

「開けていい?」

「ちょっと待って。もうすぐ海着くから」



 車を出てすぐに潮の匂いがした。


 陽は沈み、辺りはすっかり暗くなっている。


 二人並んで砂浜を歩く。


 波が穏やかな音と共に押し寄せては引いていく。


 一歩一歩踏み込む度に砂が音を奏でる。


 月が静かに私達を見守っている。


 漂流した大木に並んで座って海と星と月を眺めた。

「まふゆのお母さんがいつもさ、『死んだら海に海に骨を撒いてほしい』って言っててさ。

 なんでかって聞いたら『世界中を回れるから』って。

 それに、『それに、海に来れば私に会える。海に来た時、私を思い出してくれる』とも言ってたね」

「なんだかロマンチックだね」

 まあな、と小馬鹿にするように笑われた。


 海に向かって二礼二拍手一礼をして、線香代わりに手持ち花火を燃やした。

 丁度雪が降ってきて、幻想的な世界の役満だと思った。

 手持ち花火を二人で振り回して、線香花火で耐久勝負をして、ロケット花火を海に向かって飛ばした。

 罰当たりだななんて言って二人で笑いあった。

 お父さんとこうやってふざけるのはいつ以来かもわからない。

 でも、だからこそこの時間が特別に思えるんだよなって。

 手持ちの花火がなくなって気分も落ち着いてきた時、お父さんは靴を脱いで海の方へ歩いて行った。

 そのまま海に足首まで浸けて水平線を眺めた。

 なんだかこのまま死んでしまいそうな気がした。

 「封筒、開けていいよ」

 地平線を見つめたまま、静かな声で言った。

 丁寧に封を切る。

 中には二つ折りにされた手紙が入っていた。


 あなたがあいしたあなたへ


 下手くそな字だった。意味のわからない宛名だった。

 思わず笑ってしまった。


 あなたがあいしたあなたへ


 わたしはあなたをあいしています。


 あなたがあなたをきらいになっても、わたしはあなたをあいしていました。


 あなたがわすれたあとも、わたしはあなたをあいしています。


 だから、このてがみをよんだとき、あなたはあなたをあいしてあげてください。


 よんさいのまふゆより


 内容もわけがわからなかった。

 でも、ふざけてはいなかった。文字が、筆跡がそう語っていた。

「なにこれ」

「んー、教えてもいいけど、面白くないじゃん?」

 だるいなとも思いつつもこの謎解きに乗ることにした。

「どうやったらわかる?」

「思い出の場所に行ったら思い出せるかもな」

 じゃあ行こうと謎解きゲームが始まった。


 向かったのは廃れた駅だった。

 草木が生い茂っていて使われているようには見えない。

 改札口を通ってホームに立つ。

「この駅を覚えていないか?」

 わからない。目を瞑って考える。

 なんだか遠くから蝉の声が聞こえてくるような気がした。

 それが徐々に近づいてきたと思ったら、今度は子供の泣く声が聞こえてきた。


 瞼の外が明るくなって、お日様の匂いがする。

 思い出した。あの夏のこの場所の景色を。

 ベンチで青春を謳歌している中学生。

 アイスを落として泣く子供。

 蝉の鳴き声が五月蝿い日だった。

 思い出せたのが嬉しくて目を開けると、記憶とはかけ離れた景色がそこにあった。

 蝉の声も子供の泣き声も全部止んで無音で真っ暗な世界に戻ってしまった。

「思い出せたよ」

「平成の大合併の後、JR線がこの町にも引かれた。それでこの駅は、この線路は廃線となってしまったんだ」

 お父さんはホームから線路に飛び降りた。

 そのまま線路の上を歩き出したから、私も降りて後を追いかけた。

「あの日二人でこの町から逃げ出す時、まふゆは『これって片道切符だね』なんて言っていたけれど、廃線になった以上本当の片道切符になっちゃったな」

「4歳が片道切符なんて言葉知ってるんだね」

「まあ、結構言ってたからな」

 二人で並んで線路を進む。

 線路の中にも草が生えていて、たまに花なんかも咲いていた。

 きっと、人類が滅亡した後はどこもこんな感じなんだろうな。

 そしたらなんか、今世界には私とお父さんしかいないような気分になった。

 でも、それもいいかもなって。

 私は今地球史においてのクラシックを味わっているんだ。

「なあ、まふゆは昔のこと覚えてるか?」

「あんまり。景色とか、一瞬一瞬のことしか覚えてない」

「今のまふゆの夢ってなに?」

 急に話題変わるな。

「なんだろう。んー、生活で言うなら『健康的で文化的な最低限度の生活』がしたい。そこそこ忙しくない仕事をして、趣味は読書と映画鑑賞で、部屋に映写機を持ち込んで週末は映画をたくさん観て。月一ぐらいで旅行にも行って。クラシックに生きたい」

 思いついたらどんどん理想が出てきて、一人でたくさん喋ってしまった。

 お父さんは遮らずに全部聞いてくれた。

 私が話し終わってから、

「いい夢だな。全然最低限度なんかじゃなさそうだけど」

「こんな事も最低限度に含まれない生活なんて、文化的でも健康的でもないよ」

 お父さんは面白そうに笑った。

「昔は『金持ちになって都会のタワマンの最上階に住んで、世界一周旅行に行ったり月旅行をしたりしたい』って言ってたのにな」

「根の部分は何も変わらないよ。小さく纏まってなんとなくの充実を得るより、辛いことも悲しいことも全部受け止めて幸せになりたい。

 価値観の更新こそが人間が人間である理由だって思うから」

 なんだか哲学っぽいな。

「なら、この町から連れ出して良かった」

 その一言が引っかかって反芻する。

 そこで気がついた。

 だからか。

「お父さん、ごめん」

 なにが?ととぼけたような顔をしてにこにこしている。

「んん、なんでもない」


 次の駅についたところで来た道を折り返した。

 空を見上げるとやっぱり星々が無限に広がっていて吸い込まれそうだった。

「ねぇお父さん」

「どうした?」

「愛してる」

 お父さんに鼻で笑われてしまった。

 恥ずかしいのを我慢して伝えたのに。

 でも、笑い飛ばされたわけじゃなかった。

 ちゃんと突き刺さっていた。

「やっと手紙の内容わかった?」

「うん。全部思い出した。お父さんと私のために手紙を書いたこと」

「実は昔の写真も保存してあるんだよ」

 懐かしむように写真フォルダを見せてきた。

 幼い私が手紙を真剣に書いている。

「小さいまふゆは大人になった時の自分のこと、よくわかってたみたいだね」

 私が昔の私を忘れた時、私が私を思い出せるように。

「まふゆは都会とこっちとどっちの方がよかった?」

「『クラシックな生活を』っていう今の価値観からしたらこっちの方が好きかな。

 でも、ずっとこっちに住んでたら私は都会を選ぶと思う。だから、都会に住めて良かったと思うよ」

「まふゆは、昔のまふゆが思っていたよりも良い子に育ったね。昔のまふゆは、この町から出ていった事にもっと怒ると思ってあの手紙を書いていた気がする」

「誕生日に喧嘩したあの日がないままおじいちゃんから話を聞いていたら、多分めっちゃ怒ってたと思う」

「なら喧嘩して良かったな」

「大事なのは、その出来事をどう活かすかじゃない?」

「確かにそうかもな」

 お父さんは考え込んだような表情を浮かべた。

 大丈夫。きっと上手くいく。

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