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十二月二十五日

 家のドアには鍵がかかっていた。

 合鍵で中に入ったが、部屋の電気はついていなかった。

 ある悪い予感が湧き始めたとき、何も無い玄関を見て予感が確信に変わった。

 途端、練炭自殺の現場にいるような息苦しさと焦燥が込み上げてきた。

 急いでダイニングルームに入ると懐かしい煙草の匂いが微かにしていた。

 それだけじゃない。


 空っぽの洗濯機。


 何も無い流し場。


 冷蔵庫に入れられたケーキ。


 半分に切られた七面鳥ターキーにラベルラインまで減った一リットルコーラ。


 口が閉じられたポテトチップス。


 ビールの空き缶。


 全部が父の痕跡となり、温もりがあった。

 けれど、その温もりはぬるくなった風呂の残り湯のように冷えてしまっていた。

 冷やしたのは私だった。

 冷えた七面鳥ターキーを温めもせずにコーラとケーキと一緒に机に出す。

 手を合わせて感謝する。いただきます。

 もちろんターキーは冷たいし、妙に脂っぽくてあまり美味しくなかった。

 それでも食べる手は止まらなかった。

 コーラは少し炭酸が抜けて甘ったるかった。

 私の好きな苺のショートケーキには『お誕生日おめでとう!』の文字が書かれたチョコ板が乗っかっていた。

 私の感情をぐちゃぐちゃにするには十分だった。


 ほのかに塩味のあるそのショートケーキを黙々と口に運び続けた。


 横になりたくて自室に行くと、机の上に『まふゆへ』と書かれた一枚の封筒が置いてあった。

 封筒の中で二つに折りたたまれた紙を取り出す。


 まふゆへ

 

 十八歳のお誕生日おめでとう!

 特別な日だったのに、くだらないことで喧嘩してしまって後悔している。

 でも、まふゆのことを嫌いだなんて思っていないし、ずっと愛しているよ。

 仕事で精一杯で父親らしいことも全然できていないこと、寂しい思いをさせてしまっていること、全部申し訳ないと思ってる。

 自分のやりたいこと、好きなことを一生懸命にやればいいよ。

 それがどんなことでもお父さんは応援するから。

 今度連休を取って帰るから、そしたら旅行にでも行こう。

 だから、それまでに行きたいところを考えておいてね。


お父さんより


 手紙の他には二万円と

『少ないけど、好きなことに使ってね』

 と書かれたメモが入っていた。

 私が悪いのにお父さんは私を憎んでなんていなかった。

 せっかく祝いに帰ってきてくれたのに喧嘩して帰らなかった私を。

 そこにある無償で深い愛が胸に刺さって、感情と涙が溢れ出してきた。


 そのままベットに倒れて泣きじゃくっていたらいつの間にか寝ていたみたいで、目が覚めたときには窓から夕陽が差し込んでいた。

 ぼーっとしたままコーラとポテチを食べた。

 テレビでは北海道のグルメを特集している。

 旅行で行きたいところといっても、長い間そういうことを考えていなかったから難しかった。

 旅行、行きたいところ。

 色々な記憶を引き出しから引っ張り出す。

 好きなユーチューバーが行っていた沖縄。

 友達のインスタで見た東京ディズニーランド。

 富士山に鳥取砂丘に奈良の鹿。

 そういえば、昔は月に行きたいなんて思ってたっけ。

 記憶をどんどん掘り返していると、ある記憶が蘇ってきた。

 山の緑と澄んだ空気。

 走り回った草むら。

 古びた駅のホーム。

 ほのかに漂っていた潮の香り。

 昔行ったお父さんの故郷の記憶が広がっていく。

 一度思い出したら思い出が溢れて止まらなくなった。

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