アルファ・ケンタウリの惑星で、祠を壊してしまった
アルファ・ケンタウリの惑星で、祠を壊してしまった。
着陸したのがちょうど村の禁域だったらしい。ケンタウリの村人が駆け寄ってくる。
「ヴ……、ヴ プッチン・タ ダス・ホッコーラ!?」
ケンタウリ語だ。いまのところ我々は翻訳機を持っていない。
だが、ありがたいことに、「ホコラ」は宇宙共通語だ。調査船の下敷きになったホッコーラ。この状況で村人が言うことなんか、だいたい決まっている。
「お……、お前、その祠壊したんかっ!?」
で、間違いないだろう。おそらく語感的には、ヴが「お前」、プッチンが「壊す」。
簡単な言語だ。これならなんとかなりそう。
わらわらと集まってくるのは、蒸したタコみたいに真っ赤な軟体動物だ。真ん中の皴だらけの個体は、どうせ長老だろう。彼がしわがれた声で言う。
「ウイ……」
「ウイ!」
私たちは手を上げて挨拶を返す。長老は杖を私たちに向けて喋りはじめた。
「プッチン・タ ダス・ホッコーラ、デン イーワン スヤスン イム ヤッシーロ。チワスン・パ!」
「あ、はいはい、ヤッシーロね……」
もう一つの宇宙共通語。これは「お社」に閉じ込められるパターンだ。
「祠を壊したら、しばらくお社にいろ。出てくるな!」
みたいな意味でしょう。
最低限の文法はわかった。私は慎重に言葉を考えて、人類初のケンタウリ語会話を試す。
「チワスン、デン?」
「チワスン、デン、 カミ プッチン ミーンナ!」
長老は杖をぐるぐると回した。地球人とケンタウリ人の両方を指すように。
わかりやすい。「みーんな、神にプッチンと潰される」らしい。
仕方がないので、言われた通り、お社に籠ることにする。
*
困った。ご飯が死ぬほどマズい。
「パックン・チョ!」
と言って、村の若い女が差し出したケンタウリ御膳は、小魚と海藻だった。
「まあ、仕方ないね。タコだもの」
とは言ってみたものの、しらすと海苔では腹が膨れない。うっかり調査船に食料を置いてきてしまったのだ。
食後、私は腹を鳴らしながら、ケンタウリ語辞典を作っていた。
「ホッコーラ、ヤッシーロ、カミは宇宙共通語どおり」
「ヴ:あなた、ダス:これ、ミーンナ:みんな」
「チワスン:行く/来る、パックン:食べる、プッチン:壊す、スヤスン:居る、寝る?」
こう見てみると、かなり擬音語そのままの言語だ。原始的な文明の特徴。
「もういいでしょ、逃げちゃいましょうよ」
後輩がそう言って、ヤッシーロの封印を解こうとした。私は慌てて止める。
「ダメだって、『カミ・プッチン・ミーンナ』になっちゃうでしょ!」
「いや、それは神に見つからなければいい話じゃん。そもそも、あのタコたち、宇宙文明の要件を満たしてないでしょ。現地動物レベルだよ。どうせ神だって大したことないって」
それもそうか。私は気が変わって、電子銃を握る。
こういう面倒に巻きこまれたとき、もっとも簡単な回避方法は、宇宙に逃げることだ。
現地動物との接触はややこしい。「郷に入りては郷に従え」というが、彼らの宗教的文脈に溶け込むのは、宇宙文明に慣れた人類には難しかったりする。
*
走ってヤッシーロから逃げてきた。
結局、神には出会わなかった。原始宗教って90%以上は嘘だからなあ……。
調査船に乗り込もうとすると、私たちは後ろから声をかけられる。
「ギャーッ! ヴ チワスン!? ノンノン!」
それは村の長老だった。おろおろと泣き叫んでいる。かわいそうだが、私たちに現地動物を守る義務はない。
「カミ プッチン ミーンナ!」
村長の懸命な懇願。私たちは謝ることしかできない。後輩と違って、私は少し罪悪感がある。
「そう……ごめんね」
「ノン! ヴ チワスン・パ ミーンナ! カミ プッチン ミーンナ!」
「ごめん……えっ、今なんて言った?」
「ヴ チワスン・パ ミーンナ! ヴ チワスン・パ ミーンナァ!」
……ちょっと待って。
「ミーンナに出て行くな」って言った?
ミーンナって、「みんな」じゃないのか。じゃあ、どういう意味?
嫌な予感がした。私は天を指さして尋ねる。
「ミーンナ?」
「ウンウン。オワーリ……。カミ プッチン ミーンナ……」
長老は泣き崩れたまま、震える触手で杖をぐるぐる回した。
この世の全てを指すように。
私は戦慄する。
「私たち」を杖で指したとばかり思っていた。
違う。ミーンナって……宇宙のことか。
「ウウウ。カミ プッチン ミーンナ」
「ちょ、長老さん。まさか祠の神は、宇宙を……」
プッチン