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36. 兄妹

 兄妹二人きりで話がしたいと言い出したのは、レリアの方だった。

 執務室にエドガルドを残し、庭に出る。王宮の外れということもあり、人気は他にない。


「軽蔑したかい? レリア」


 兄がいきなりそんなことを言い出したので、レリアは驚いた。


「なんで私がお兄様を軽蔑するんですか?」

「――ヴィオレーヌのこと。国のためとはいえ半分血のつながった妹をはめたようなものだろう? 君も危険にさらしてしまったし」


 レリアはぶんぶんと大きく首を振った。


「確かにお兄様の関与を聞いたときは驚きましたけど……でも、お兄様は少しお膳立てをしただけで、最終的にそれを選択したのはヴィオレーヌです。自業自得です」


 普通、いくら自分に特別な力があるときかされたところで、それを人殺しに使おうとは思わないはずだ。ましてや隣国の王子に使おうなど言語道断。

 かわいそうと思うとするなら、両親や姉と離れて暮らすことになるまだ幼い異母弟くらいだろうか。彼は兄が引き取って王宮で育てるらしい。そしてしかるべきタイミングでシランドル王家の血を引いていないことを伝えるそうだ。


「危険については、エドガルド様に救っていただいたので、今回は水に流します」

「ありがとう。レリア。それで話っていうのは、エドのこと?」


 いきなり図星を突かれて、レリアは兄と同じ蒼い瞳を丸くする。


「どうしてそれをって顔をしているけど、エドをわざわざ外した時点で普通気づくよ」


 それもそうかもしれない。

 レリアは改めてまっすぐに兄を見つめた。


「私、エドガルド様に求婚されました」

「そう。意外と早かったな。それで?」


 母が亡くなってからずっとレリアを守ってくれた兄。

 五年前に命を助けられてから、ずっと兄のために生きると決めてきた。けれど。


「私は、それを受けたいと思っています。いいでしょうか?」


 ユベールは凪のように穏やかな表情をしている。


「レリア。それは君が自分で選んだ道?」

「――はい。エドガルド様を見ていて、いつの間にか『お守り』ではなく私自身として力になりたいと思うようになりました」


 レリアは力強くうなずいた。

 エドガルドは危険を顧みず人のために動くことができるひとだ。毒の治療したあと彼が自分の役目について語ったとき。あのとき確実にレリアの中で何かが変わったのだと思う。それが恋だと気づくまで少し時間がかかってしまったけれど。


「なら、僕の言う言葉は一つだ。おめでとう」

「許してくれるんですか?」

「許すも許さないもないよ。僕はずっとこうなることを望んでいたわけだから。エドも思ったより早く決めたなって思ってる。もう少しギリギリまでかかるのかと思っていた」

「そうなんですか?」


 見送ってくれたとき、そんなそぶりは全然見せなかったではないか。


「知ってる? レリア。エドは母上が決めた君の婚約者だったんだよ」

「――え?」


 レリアは驚きでそれ以上のことが言えなかった。


「まあ、ドロテ妃の動きを警戒して、母上は僕にしか教えてくれなかったんだけどさ。おかげで、ドロテ妃がクレトとの婚約をもちかけたときは焦ったよ。まあ、あのドロテ妃がレリアに好条件の縁談をもってくるわけがないから、解消前提だろうって静観することにしたんだけどね」


 好条件。まあ、クレト自身の人格はともかく、年の近い中堅国の王子との縁談は悪くない。

 そして、その読みは見事あったということだ。


「もしかしてエドガルド様もそれを?」

「もちろん知ってたよ。だから、クレト殿下に対するあたりがすごく強いだろう?」


 いたずらっぽくユベールが笑う。

 クレトに対するあたり……確かに強かった、かもしれない。


「アブストラート側は、ずっとエドの婚約者は君だという認識だったはずだよ。そういう扱いじゃなかった?」


 言われてみれば納得がいくことがある。用意された部屋。妃教育のカリキュラム。そもそも、ただの国賓に王家の宝石は貸さないだろう。

 アブストラートの国王陛下と謁見したとき、陛下が「待たせてすまなかった」とか「責めないでやってくれ」といった理由に気づく。

 てっきりレリアの性格がきつそうに見えたせいかと思っていたのだけれど。


(違ったんだ……)


「エドはずっと君を迎えに行く日を楽しみにしてたんだ。ただ、いろいろ事情が重なってすぐには無理だったんだ」

「どうして最初から言ってくれなかったんですか!」


 レリアはてっきりこの婚約はかりそめだと思っていたというのに。

 最初から正式な婚約だと知っていたら、レリアだってそれなりの態度を取っただろう。

 レリアが抗議をすると、ユベールは大真面目な顔で言った。


「だって、そうしたら君はエドに義務で嫁いだでしょう?」


 兄の反論にレリアはぐうの音も出なかった。確かにそんな自分がありありと想像できる。


「僕は、君に君自身で結婚相手を選んでほしかったんだ。出来ればエドを選んでほしかったけど、違う人を選んでもそれはそれで受け入れるつもりでいた。だから、強制しないためにも、こういったかたちをとった。エドには頑張って口説いてもらおうと思ってね」


 君がエドを選んでくれてとても嬉しいよ、とユベールは笑う。


「それできちんとエドに返事はしたの?」

「それはこれから、です。その前にお兄様には話をしておきたかったの」

「そうか。でも、こういうことはこれで最後だよ。わかるね?」

「はい」


 レリアは兄の言葉に力強くうなずいた。

 だって、これからレリアの一番はエドガルドになるのだから。


「お兄様。私はアブストラートで幸せになります。だから、お兄様も」


 離宮に住んでいたときは本殿がすばらしく豪華に感じられた。だが、アブストラートの王宮を見慣れた身でこちらに戻ってくると、どこかシランドルの王宮はくたびれて見える。

 兄の言うとおり、シランドルは今、苦しい状況なのだろう。

 これから王になる兄はこの国を立て直さなければならない。それはきっと険しい道のはずだ。

 でも、それを兄は背負って生きていく。

 その荷物を本来レリアが一緒に背負うつもりでいたのだけれど、アブストラートに嫁ぐ以上、それは無理だ。

 だから思う。

 早く兄の隣にも誰か素晴らしい人が立ってほしい、と。


「幸せになってください」

「ああ。もちろん、君に続けるようにがんばるよ」


 兄はうなずくと、レリアの頭をくしゃりと撫でた。

 君の一番じゃなくなるのは少しさみしいな、という呟きが聞こえた気がした。

明日のエピローグで完結です。

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