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35. 明かされた事実

 建国祭の前日。

 レリアはエドガルドとともに久しぶりにシランドルの地に足を踏み入れていた。

 エドガルドは早速ユベールと連絡を取ってくれて、兄が時間を取ってくれることになったのだ。

 転移魔法とは便利なものだとレリアは思う。二週間かかる道のりを一瞬で移動できてしまうのだから。


 シランドル王宮の外れにあるユベールの執務室。机の上には山のように書類が詰まれている。このうち何割が、本来父がやるべき仕事なのだろうと考えると、レリアは気が遠くなる。

 祖父は賢王と言われ、シランドルの発展に寄与した功績が認められているのに、どうしてその息子である父はこうなんだろうと思わなくもない。


「お兄様!」


 レリアが顔を出すと、ユベールが立ち上がってこちらへやってきた。

 駆け寄りたい気持ちはぐっとこらえる。


「レリア。久しぶり。ずいぶん顔色がよくなって……ふっくらしたね」

「それは余計です!」


 自覚はあるが、そのものズバリ言われるとさすがのレリアも傷つく。


「いいじゃないか。それだけアブストラートでよくしてもらっているということなんだから。きれいになったね」


 ユベールがそう言って蒼い目を細める。手放しでそんな風に褒められると少し恥ずかしい。


「そんなに、ですか?」

「ああ。その黄緑のデイドレスもよく似合っている。エドの趣味?」

「悪いか」


 まさかエドガルドからこのような返事がくるとは思わなかったらしく、ユベールはほんの少し目を丸くした。それから笑顔で部屋のソファに座るように勧めてくれる。


「お茶も出せなくてすまないね」

「慣れてるからいい」

「それで、話はエドとレリア、どちらが先の方がいい?」


 エドガルドとレリア、両方から話があることはあらかじめ伝えてあった。


「俺から行く。――ユベール。お前の異母妹の件だ。お前、異母妹をたきつけるために、兄上を利用しただろう?」


 ファビオの口から、先日の件がどうやらユベールの手の平の上だったことはなんとなく明かされていた。その意図を聞きたいのだろう。

 レリアも確かに聞きたい。


「まあね。でも、そのおかげでいろいろ出てきたんだろう? 終わり良ければ全てよしだよ」


 ファビオはニコロの逃亡生活を世話していた際に、彼の収賄の証拠も掴んでいたらしい。それだけニコロはファビオを信用していたのだろう。殺し屋とのつながりの証拠も見つかり、さすがに国王陛下もかばう気はなくなったらしい。きちんと法の下で裁きを受けることになった。おそらくニコロの悪事はすべて明るみに出るだろう。ニコロ派の貴族の一部は戦々恐々としているそうだ。

 ファビオもニコロの逃亡を助けたりかくまったりした罪があるのだが、そのあたりは「膿を全て出すためにエドガルドの命を受けてスパイ活動をしていた」ということで落ち着きそうだ。


「よく言う。こちらはいろいろ大変だったんだ。貸し一つだからな」

「わかったよ。こっちも効果絶大だったからね。それくらいなら安い」

「一体、どういうことですか?」


 ユベールとエドガルドの話がいまいち見えなくて、レリアは尋ねた。


「ユベールはドロテ妃を蹴落とす『何か』がほしかったんだ。そこで、ヴィオレーヌ殿下に目を付けた。娘が隣国でやらかせば、ドロテ妃も無傷ではいられない」


 説明してくれたのはエドガルドだった。


 ヴィオレーヌの身柄は騒動の翌日に、転移魔法によってシランドルにすでに帰されている。表向き体調不良のため、となっているが、シランドル王家には正式な苦情をいれたし、ヴェールト王国にも彼女がやらかそうとしたことはしっかりと伝えてある。

 シランドルでは、ヴィオレーヌがアブストラートで何かをやらかしたという話がまことしやかに広がっている。

『シランドルの至宝』と表向きちやほやされていたヴィオレーヌだが、陰では気に入らない人間に取り巻きをつかって嫌がらせをしていたようで、擁護の声はあまり出ていないという。

 それに、そもそもヴィオレーヌが何かをやらかしたというのは事実だ。

 ヴィオレーヌは姉とはいえアブストラートの国賓であるレリアを誘拐し、さらにアブストラートの第三王子エドガルドを殺そうとしている。表向きは「勝負」だったが、精霊術を使ってエドガルドを亡き者にしようとしたのは明らかだ。

 まあ、結局ヴィオレーヌは精霊術を使えなかったようなのだけれど。


 今回のユベールの計画はこうだ。

 ファビオはまずニコロを離宮から「救出」した。ファビオの立場であれば、離宮の魔法を解くことは可能。ニコロにエドガルドを殺す手があるといって精霊術のことを吹き込む。ニコロはファビオの献身に痛く感激し、信用するようになったそうだ。

 そして、今度はユベールが手を回して、ドロテ妃とヴィオレーヌにそれとなくレリアがアブストラートで幸せにやっていることを伝える。ヴィオレーヌの性格ならレリアが幸せになるのは許せないとアブストラートに乗り込むはずだ。そしてその読みは当たった。


 あとファビオがアブストラートでやったことは、ニコロとヴィオレーヌをそれとなく引き合わせることと、ヴィオレーヌの魔法は同時に精霊術でもあると嘘を教えたくらいらしい。

 残りは、ニコロとヴィオレーヌの二人で計画した。

 ユベールの手の平の上で踊らされていただけのヴィオレーヌには少しかわいそうな結果かもしれない。でもニコロの計画に乗らないという選択肢だって選べたはずなのだ。

 結局は自業自得なのだろう。


「エドの言うとおりだよ。正直、シランドルは限界に近い。ドロテ妃やその一族の政治で搾取されるばかりの民は、不満がたまっていつ暴動が起きてもおかしくない状態だ。僕が陰で支えるにも限界がある。まあ、ニコロ殿下もヴィオレーヌも、ここまで僕の思い通りに動いてくれるとは思わなかったけど。これで、ようやく陛下が退位してくれる」


 ほっとしたようにユベールが息をつく。


「さすがに陛下でも隣国でのヴィオレーヌのやらかしはもみ消せない。何せ、一国の王女が口車に乗せられて隣国の王太子を殺そうとしたんだ。大スキャンダルだよ。ニコロと組んだのもよくなかったね。ヴェールトもヴィオレーヌを切る方針になったみたいだ。クレト殿はエドにしごかれていて命拾いしたね。ヴィオレーヌの共犯になるおそれもあった」


 クレトは式典に出席してから帰る予定になっている。もっとも、騎士団の訓練が楽しすぎて、王子様のようだった容貌が別人のように筋肉質になりつつあるらしい。まあ、レリアにとっては彼の風貌がどうなろうと関係のない話だ。


「俺はそれでもかまわなかったがな」


 エドガルドがさらりと答えるとユベールが苦笑した。


「ほんと嫌ってるねえ。気持ちはわかるけど。まあ、クレト殿のことはおいておいて。ヴィオレーヌは生涯幽閉。ドロテ妃は娘の監督不行き届きで田舎の屋敷に蟄居してもらう。となると、陛下がついて行くのも時間の問題だろうね」


 父はやはりドロテ妃の側にいたいのか、と苦い気持ちになる。兄も同じなのか、ほんの少し顔を歪めた。


「お兄様の狙いはわかりました。でも、どうしてこんな危険なことを? 一歩間違えばエドガルド様が死んでしまう可能性もあったんですよ。ヴィオレーヌが精霊術と魔法を同時に使えたかもしれないのよ」

「大丈夫だよ。さすがに僕も親友の命を危険にさらすようなことはしない。だって、レリアと違ってヴィオレーヌは精霊術を使えないからね」


 さらりと兄は言い切った。

 レリアの頭の中が一瞬真っ白になる。


「でも、お母様はシランドルの王家の血を引く女性が精霊術を使えるって……」

「その通り。だから、精霊術をレリアは使えるし、ヴィオレーヌは使えない。簡単なことだよ。だって、ヴィオレーヌはシランドル王家の血を引いていないからね」


 平然と言い切る兄にレリアは混乱する。


「それはドロテ妃が不義の子を……」


 いや、そんなばかな。父とドロテ妃は兄が生まれる前からの愛人関係なのだ。いや、でも結婚を認めてもらうために……。

 真っ青になるレリアに兄がゆっくりと首を振った。


「違う。ヴィオレーヌの顔を見なよ。陛下そっくりだろう? あれで不義の子を疑われたらドロテ妃もかわいそうだ。そうじゃない。そもそも、陛下がシランドル王家の血を引いていないんだよ」


 なんだかものすごいことを聞いてしまった気がする。エドガルドが少し焦った声を出した。


「陛下が父である賢王に全然似ていないのは当然だよ。だって一滴も血がつながっていないんだから」

「おい。ユベール。それはレリアはともかく俺も聞いていいことなのか?」

「まあ、いいじゃない? 君は軽々しく秘密を話すような男じゃないでしょう?」


 軽く言っているが、ユベールなりにエドガルドのことを信頼しているからこそ、兄はそれを口にしたのだろう。


「祖父は子どもが作れない身体だった。でも、子どもができないとき、周囲から責められるのは得てして女性だ。思い詰めた祖母は自分の側にいた騎士と通じて――子どもを産んだ。それが父だ。幸いなことに父は祖母によく似ていたから、誰も祖母の不義を疑わなかった。祖父はもちろん知っていたけれど、自分のせいで子どもが出来ないということを知られたくなくて、それを黙っていることにした。だからこそ、祖父は自分の弟の娘である母と父を結婚させたんだよ。王家の血を母で担保するために」

「……」

「ドロテ妃を側妃にするのを反対したのも、これ以上、王家の血を引かない王子や王女を作らないためだね。まあ、こっちは強行されちゃったけど。僕はそのあたりの理由を祖父に聞かされて知っていたから、何が何でも王位に就かなくてはいけなかった」


 そうじゃなかったら、レリアを連れて逃亡でもしていたよ、とぼやく。


「陛下はこのことをご存じなんですか?」

「少なくとも祖父は教えていない。でも、正直よくわからないな。うっすら気づいているんじゃないかとも思うときもある。――まあ、僕としてはどうでもいいよ」


 ユベールもレリアと同じく父に対する親子の情は捨てている。いや、彼の方が迷惑をかけられているので、思いはレリアよりも複雑だろう。

 兄は、今まで想像以上に重いものを背負っていたようだ。


「ユベール。俺はやっぱりお前をすごいと思うよ。尊敬している。これから俺は立場も変わる。お前の力になれることも多くあるだろう。何かあったときは遠慮なく頼ってほしい」


 ずっと黙っていたエドガルドの口から出たのは、真摯な言葉だった。

 ユベールが微笑む。


「遠慮なく頼ってって、それ、むしろ僕が言うはずだった言葉なんだけどなあ」


 でも兄はとても嬉しそうだ、とレリアは思った。


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