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34. 決着、そして決意

 勝負はエドガルドの勝利で決着がついた。

 エドガルドは厳しい表情でヴィオレーヌを見つめている。


「う、嘘よ……。どうして」


 ヴィオレーヌはへなへなとその場に座り込んだ。負けを認める気になったのだろう。

 ほっとレリアが胸をなで下ろしたところで、視界の端に逃げようとするニコロの姿を目にした。


「!」


 どこまでも小物だということを露呈している。が、このままのうのうと逃げさせるわけにはいかない。

 エドガルドは戦意喪失したヴィオレーヌを魔法の縄で拘束している最中だ。

 ニコロの側にいるファビオは味方ではない。となると、レリアがどうにかするしかない。だがレリアには精霊術しか――ふと気づいた。


(――王族は魔族の血が濃いっていう話を聞いたわ)


 ニコロも一応王族だ。だったら、エドガルドほどではなくても、彼にも精霊術が効くのではないだろうか。思いつきだが、試してみる価値はある。そもそも小物だからびびってくれるかもしれない。


 レリアはとっさに精霊術を唱える。ニコロの足止めを出来ればの気持ちで、土の球がぶつかる呪文にした。

 発動直後、どん、と鈍い音がする。

 宙に現れた土の球は、そのままニコロの背中に直撃したのだ。

 ぐぁとカエルが潰れたような声を出して、ニコロが地に臥せる。

 さらさらと土の球は崩れて消えていく。

 どうやらレリアの予想以上にニコロも魔族の血が濃かったらしい。


 気づけば、ヴィオレーヌを拘束死を得たエドガルドがにニコロの前に立っていた。

 彼もニコロが逃げようとしていたことに気づいたのだろう。

 レリアの精霊術に効果がなければ、きっと彼がどうにかしていたはずだ。


「よかったですね。兄上。あなたもそこそこ魔族の血が強かったみたいですよ。レリアの精霊術が効いたんですから」


 ニコロはううううとうなり声を返すのみ。たぶん全然嬉しくないだろう。

 エドガルドはニコロのことも手早く拘束する。

 ニコロとヴィオレーヌが逃げられないようにしてから、レリアの方へやってきた。


「レリア。ありがとう。君の精霊術のおかげで助かった」

「いえ。ニコロ殿下にも効いてよかったです。予想より効き過ぎましたが」

「気にしなくていい。自業自得だ」


 ただ、まだすべてが終わったわけではない。

 捕まった二人と、エドガルドとレリア。そのほかにもう一人、この場にはいるのだ。


 その一人――ファビオがこちらに近づいてきた。

 彼を視界に止めた途端、エドガルドがレリアを抱き寄せて、レリアはエドガルドの胸のなかにすっぽり収まる形になってしまう。

 そのままエドガルドはファビオにまっすぐ視線を向けた。

 ファビオは泰然とこちらの様子を見つめている。その表情からは何も読めない。ただ、ここから逃走するつもりはないらしい。


「ファビオ。これがお前の望んだ結末か?」


 静かにエドガルドが問いかける。ファビオも穏やかな声で答えた。


「さすがに気づかれましたか」

「まあな。それで先ほどの答えは?」

「望んだ通り、といえばそうですが、望んだのは私というよりもユベール殿下ですね」


(どういうこと?)


 ファビオの回答にレリアは目を丸くした。何故ここで兄の名前が出てくるのだろう。

 確かにファビオはシランドルへ行っていたけれど。


「何故、俺に話さなかった」

「確かに考えましたが……殿下に話していたら、レリア殿下を囮にすることは絶対に許さなかったでしょう?」

「当たり前だ」


 エドガルドは迷いなく即答する。


「だからですよ。あなたが呼び出しに応じるのに一番自然なパターンはレリア殿下を人質に取ること。少なくともニコロ殿下はそう思っていましたから」

「ユベールはレリアを囮にすることを是としたのか?」

「エドガルド殿下がいらっしゃれば、レリア殿下は絶対安全だとおっしゃっていました」


 さらっと述べられたユベールからの信頼に、エドガルドが言葉に詰まったのがわかった。顔を押さえて深々とため息をつく。


「……そうだとしてもやり過ぎだ。要するに、ニコロを離宮から出してかくまっていたのもお前なんだろう? 俺がこの一月頭を痛めていたのを、どんな気持ちで見ていたんだ。というか、この後始末にまた胃を痛めるのか」

「それは申し訳ありません。ただ、敵を欺くにはまず味方からともいいますし。この結果が最善だと私も思っていましたので。それは殿下もわかるでしょう?」


 ぽんぽんとエドガルドとファビオの会話は進んでいく。

 ついて行けないのはレリアだ。二人に割り込むようにそろそろと片手を上げた。


「あの、つまり、ファビオさんはエドガルド様を裏切っていないということですか?」

「そうだ。大変不本意だが、どうやらユベールの手の平の上で踊らされていたらしい」


 エドガルドはすごくまずいお茶を飲んだような顔をしている。


「よかった……」


 レリアは胸に両手を当てて息を大きく吐き出す。

 エドガルドが咎めるような声をだした。


「よかった? 君は腹が立たないのか?」

「腹が立たないとは言いませんけど、よかったっていう気持ちが強いです。ファビオさんは、殿下がこれから王になるにあたって、必要な人だと思っていたので」


 そう。エドガルドがずっと側においてきた大切な存在だ。これから王太子――ひいては王になる彼には絶対に必要な人だろう。


「それはそうだが……君はもっと怒っていいと思うぞ」


 まだちょっと納得いっていないらしいエドガルドは不満そうだ。


「レリア殿下」


 ファビオがレリアの前に立った。それから謝罪の言葉を口にする。


「あなたには大変申し訳ないことをしました。いくらお詫びをしても足りません」

「いえ。あなたが裏切っているかもと思ったときはショックでしたが……でも、殿下の味方のままならよかったです。この件――兄が絡んでいるんですよね?」

「それは、まあ」

「だったらあなたは悪くありません。一国の王太子に逆らえるわけがありませんもんね。兄には私から苦言を呈しておきますので」


 にっこりとレリアは微笑んだ。

 兄がどうしてこのようなことを企んだのかはわからない。でも、巻き込まれたレリアとしては、文句の一つや二つ言ってもバチは当たらないだろう。

 ファビオはほんの少し目を見張り、エドガルドは肩をすくめた。


「まあ、その通りだな。俺も異論はない」


 ただし、とエドガルドがファビオと向き合った。


「ファビオ。お前の主はユベールじゃない。俺だ。もちろん、お前のことだから俺の利になると思って動いたのだろう。だから今回は目こぼしをする。ただ次はないと思え。わかったな」

「ありがとうございます。胸に刻みつけます」


 エドガルドは小さく息をつくと、指をぱちりとならした。ぴゅんと空に煙のようなものが飛ぶ。発煙筒のような魔法なのだろう。

 すると、すぐに騎士たちが駆けつけてきた。近くで待機していたとしか思えない。

 ニコロはともかく、ヴィオレーヌも捕らわれていたことに騎士たちは驚いたようだが、仕事は迅速だった。エドガルドはテキパキと部下たちに指示をする。


(やっぱりエドガルド様は上に立つのが向いている方ね)


 レリアがそんなエドガルドの仕事ぶりをぼんやり眺めているうちに、エドガルドはやることを終わらせてしまったらしい。あとは、部下に任せて王宮に戻ることになった。


「レリア。君はこっちだ」


 エドガルドに手招きされる。そこにはエドガルドの黒毛の愛馬がいた。戸惑っているうちに、ひょいっと横乗りに馬に乗せられてしまう。


「たまにはこういうのも悪くないだろう?」


 自分も愛馬にまたがったエドガルドは、左手をレリアの腰に回し、がっちりと抱き込むようにする。レリアの安全のためだとわかっていても、どきどきしてしまう。

 でも、同時にうれしくて。ずっとこうしていたいと思う自分もいる。


 ――さすがにレリアも自分の中に芽生えた気持ちに気づいていた。


 セラータの郊外を馬は軽やかに歩く。話す余裕がある程度の速度だ。


「――エドガルド様。近日中にお兄様に会う機会を作れますか?」


 レリアは思いきってエドガルドに尋ねてみた。


「今回の件だろう? 俺も話したいと思っていた。ユベールには連絡しておくよ」

「ありがとうございます」


 レリアは礼を言うと、今までよりほんの少しだけ身体をエドガルドの方に寄せる。


(お兄様と話をして、そして……)


 レリアは心の中で決意を固めた。


「……」


 エドガルドは何かを言いたげにレリアを見て、それから深いため息をついた。

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