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33. 魔法か精霊術か

「レリア!」


 エドガルドが焦った声でレリアの名前を呼ぶのが、やけに遠くに聞こえた。


「何をする! こちらも巻き込む気か!」


 自分の方向の火炎球が迫ってきたニコロが慌てふためく。

 ヴィオレーヌの放った球が精霊術なのか魔法なのかわからない。

 そもそも、こちらに迫り来る火炎球に対して平静でいられる人間は少ないだろう。


「ファビオ! どうにかしろ!」


 わめくニコロを避難させるため、ファビオがレリアから離れた。必然的に喉元に突きつけられていた刃物もなくなる。

 ファビオがニコロとともに去ったため、火炎球の軌道にレリアが一人取り残された。

 手首を拘束されているとはいえ、他は自由だ。走って逃げることだって出来る。


 けれど、レリアは動けなかった。


 ――五年前の恐怖がよみがえる。

 青い目をこれ以上ないほど見開いて、凍り付く。

 結界術を使えばいい。わかっているのに唇は動かない。いや、たとえ唇が動いたとしても間に合わなかっただろう。


 そもそも迫り来る炎の球は、精霊術? 魔法? わからない。

 レリアの精霊術で防げるものなのだろうか。


 熱が近づいてくる。

 どうしたら。どうしたら。

 ぎゅっと目をつむる。あっという間に灼熱が迫ってくる。


(エドガルド様!)


 精霊術ならいい。でも、魔法だったら……。

 レリアは死を覚悟した。


 ――しかし、恐れたような衝撃は来なかった。


「――普通の魔法のようだな」


 おそるおそる目をあけると、エドガルドがまるで盾になるようにレリアの目の前に立っていた。転移魔法で移動したのだろうか。とにかく、彼がレリアをかばってくれたのだとわかった。


「エドガルド様……どうして」


 レリアの声はかすれていた。

 だって、ヴィオレーヌの炎の球は精霊術――エドガルドを傷つけるものかもしれなかったのに。だからこそ、エドガルドだってよけていたはずだ。なのに。


「君が傷つくくらいなら、俺が傷ついた方がマシだ。それに、俺が傷ついたら君が治療してくれるんだろう?」


 こちらを向いたエドガルドの口元が笑みの形を作る。

 確かにエドガルドの傷はレリアが癒やすつもりでいる。だけれど。

 いくら傷を癒やせたとしても痛みは伴うのだ。


「そんな。それは、そうですけど。でも無茶です!」


 レリアの唇が、声が震える。

 幸い、ヴィオレーヌが放ったのが普通の魔法だったからよかったものの、精霊術だったら最悪死んでいた可能性だってあるのだ。そんな危険を彼に冒してほしくなかった。


「君のためなら無茶くらいする!」


 レリアの両肩を掴んだエドガルドが、驚くほど強い口調で言い返してきた。

 その切迫した感情に、レリアは小さく息を呑んだ。

 彼がこんなふうに声を荒げるのを聞いたことがなかった。

 琥珀色の瞳がまっすぐにレリアに向けられている。


「どう……して」


 絞り出すように問いかけると、そっと大きな手がレリアの頬に触れた。

 エドガルドは泣き笑いのような表情になった。


「当たり前だろう。俺は君を愛しているんだから」

「……」


 ずるい。そんなことを言うなんて。こちらは何も言えなくなってしまう。


「そんな可愛い顔をしないでくれ」


 涙で潤んだ瞳でエドガルドをにらみつけると、彼は苦笑しながらレリアの頬をそっと撫でた。


「そうだ。こちらを忘れていた。すまない」


 どうやらレリアの手首を拘束していたロープに気づいたらしい。ぱらり、と風の刃でロープが切れる。エドガルドはレリアの手首についた跡に痛ましそうに顔を歪めた。


「さて。決着を付けるか」


 エドガルドがすっと表情を引き締める。

 そうだ。まだ勝負は途中だったのだ。レリアは慌てる。


 しかし、絶好のチャンスのはずなのに異母妹からの追撃の様子はない。

 レリアがヴィオレーヌの様子を見てみれば、彼女は目の前で見た光景が信じられないとばかりに呆然としていた。

 もしかして、エドガルドはこのヴィオレーヌの様子に気づいていたのだろうか。


(何でそんなに驚いているの?)


 エドガルドが魔法を無効化できることをヴィオレーヌだって知っていたはずだ。レリアだって最初に見たときは驚いたけれど、でも茫然自失とするほどではなかった。


「レリア。君は自分のために結界術を展開しろ」

「でも、結界術を展開したら治癒術がとっさに使えなくなります」

「大丈夫だ。君は君の安全を確保しろ。君が危険にさらされるのは、俺が危険にさらされるのと同義なんだから」

「わかりました」


 エドガルドはおそらくレリアが結界術を展開するまでここで見張っているつもりだろう。レリアは仕方なく結界術を展開した。そこでようやくエドガルドは満足そうにうなずく。

 それからエドガルドはくるりとヴィオレーヌの方を向いて、声を張り上げた。


「決着をつけさせてもらおう。ヴィオレーヌ殿」


 おそらく、これはヴィオレーヌの意識を自分に引き戻すためだろう。

 放心気味だったヴィオレーヌもその呼びかけに自分を取り戻したらしい。


「さ、さきほどは少し失敗しただけよ。覚悟なさい!」


 ヴィオレーヌは再び炎の球を放ち始める。

 ――前と違っていたのは、エドガルドがそれらをすべて受けとめて無効化していること。

 無効化。そう。ヴィオレーヌの放った炎の球は、エドガルドにぶつかるとすべてその場で消えてしまっていた。

 まるで――ただの魔法のように。


(ヴィオレーヌが使っているのは精霊術、じゃない?)


 ここまで見事にエドガルドが無効化していれば、レリアも嫌でも気づく。

 でも何故? ここに一つでも精霊術を混ぜれば、エドガルドは確実に重傷だ。それをヴィオレーヌだってわかっているはず。

 なのに、何故、精霊術を使わないのだろう。


「何故、効かないの? 精霊術は効くんじゃないの!」


 ヴィオレーヌが悲鳴のような声を上げる。

 もしかして。

 レリアは気づいた。

 ヴィオレーヌは最初から精霊術を使っているつもりだったのだろうか。


「どのようなものを精霊術と聞いたのかは知らないが……これは普通の魔法だな」


 ヴィオレーヌの放つものが魔法だとはっきりわかれば、エドガルドにとってそれは障害ではない。エドガルドはどんどんヴィオレーヌに近づいていく。

 自分の攻撃魔法を次々に無効化するエドガルドに、ヴィオレーヌは底知れぬ恐ろしさを感じたらしい。


「化け物……だわ」


 ヴィオレーヌが震える声で呟く。


「俺のことを知らない人間に何を言われようともかまわない」


 エドガルドは平然と言い放つ。

 このときすでにエドガルドは、既に少し手を伸ばせばヴィオレーヌの胸元に手が届く位置まで来ていた。

 そして、エドガルドはヴィオレーヌの胸のバラを抜き取った。



「これで俺の勝利だ」


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