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32. 対決

昨日誤って更新してしまったので、今日は一回のみの更新となります。

「わかった。俺が勝利したら二度とレリアには近づかないでもらおうか」


 エドガルドの言葉にヴィオレーヌが一瞬虚を突かれた顔をする。

 しかし、すぐに取り繕って、赤い唇に蠱惑的な笑みを作った。


「ええ。もちろんですわ」


 ヴィオレーヌがエドガルドに赤いバラを渡す。決闘の小道具とは思えないほど流麗な仕草だった。エドガルドは無表情でそれを胸元に挿す。

 二人は数十メートルの距離を開けて対峙した。エドガルドは静かに剣を地面に置く。

 そして、少し離れた場所に、ニコロとファビオ、そしてレリアが立つ。

 レリアにはまだ刃物を突きつけられたままだ。


 ヴィオレーヌの狙いは見える。

 ヴィオレーヌはエドガルドが自分に近づかないよう攻撃術を放つつもりだ。


 もちろん、そんな思惑を知らないエドガルドは当然普通の魔法だと思って気にせず最短距離を進もうとするはずだ。それはつまり――。


(ヴィオレーヌにしては考えたわね)


 決闘で誤ってエドガルドを殺してしまった……そういった態にするつもりなのだろう。どこまで通用するかはわからないが。


 精霊術のことを伝えたいのだけれど、喉元に刃物を突きつけられている状態では叫んで伝えることもできない。その代わり、ファビオに悟られないように、小声でいつでも治癒術を発動できるように口の中で呪文を組み立てる。


(――何度傷ついても、私がエドガルド殿下を治療する)


 立ち会い人はニコロが務めることになった。


 ヴィオレーヌの勝利を確信しているのだろう。余裕を取り戻したニコロが、手を振り上げる。


「はじめ!」


 号令と共にニコロが手を下げた。

 次の瞬間。ヴィオレーヌが早速火の球を生み出す。


 レリアの攻撃術とは天と地の差の大きさだ。

 これが魔法だったら、食らった人間はあっという間に丸焦げになってしまうだろう。


 だがヴィオレーヌが生み出したのは精霊術なのだ。

 人間には効かない。でもエドガルドには――。


(だめ。よけて!)


 レリアの口からわずかに息が漏れる。

 エドガルドにヴィオレーヌの放った火の球が迫る。

 エドガルドはそれを――よけた。


「――え?」


 ヴィオレーヌが一瞬ひるんだのがわかった。

 それはレリアも同じ気持ちだった。


 模擬試合のとき、彼は魔法をよけようともしていなかった。それが求められているとばかりに。

 今回も最短でヴィオレーヌに近づくには、魔法などよける暇はない。そう判断すると思っていたのに。


 めげずにヴィオレーヌは更に続けて火の球を打つ。

 それらをすべてエドガルドは華麗によける。そのため歩みは遅いが、ヴィオレーヌには確実に近づいている。


 ヴィオレーヌは一つ一つの球を小さくして数を打つ方に方向転換したらしい。

 とはいえ呪文を唱えるのに時間が必要なので連射するにも限界がある。

 エドガルドは向かってくるそれらを華麗によけていく。

 その様子を見て、勝利を確信していたニコロがわなわなと震える。


「お前、何故魔法をよけるんだ! いつもは向かっていくだろう!」


 ニコロが叫ぶ。エドガルドは呆れたように答える。


「いつも、何も考えず魔法に突っ込んでいるわけではないですよ」


 そう答える間にも炎の球は飛んできたが、エドガルドは焦りもせずに躱していく。


「求められているから受け止めているだけです。攻撃魔法を受け止めるのは、決して楽しいわけじゃありませんからね」


 ヴィオレーヌとエドガルドの距離は少しずつ近づいている。

 だが、それは想定よりも遅い。

 さらに、ある程度のところでエドガルドが歩みを止めた。

 あまりにも近すぎると、魔法をよけるのが難しくなるからだろう。


(もしかして、エドガルド殿下は持久戦を狙っているのかもしれない)


 戦場にでも出たことがある騎士のエドガルドと、王宮でぬくぬくと育った王女ヴィオレーヌ。基礎体力は全く違うだろう。

 それに、精霊術は精霊の力を借りて行う術とはいえ、全く力を消費しないわけじゃない。自ずと限界は来る。


 おそらくやろうと思えばエドガルドはあっという間にヴィオレーヌを無力化することはできるはず。だが、強引な手を使ってのちのち国際問題になっても面倒だ。

 このままヴィオレーヌが力をつきるのを待てば、特に戦わずして安全にバラを抜き取ることができるだろう。


(でも、どうしてわざわざそんな手を?)


 ヴィオレーヌの狙い通り、彼女の放つ火の球など全部無視して彼女に近づくのが一番手っ取り早い。普通の魔法であれば、エドガルドがやけどをすることなどないのだから。


 そうしてヴィオレーヌに近づいてバラを抜き取れば、あっという間に勝負はつくだろう。

 けれど、エドガルドは最初から、あえて魔法をよける選択をしている。

 ヴィオレーヌのことをかなり警戒しているように見える。


(もしかして、ヴィオレーヌが精霊術を使える可能性に気づいている?)


 シランドル王家の血をひく女性が精霊術を使える。エドガルドがそのことを知っていても不思議ではない。

 膠着状態が続く。

 魔力がつきる前にしびれを切らしたのはヴィオレーヌだった。


「どうして突っ込んでこないのよ! あなたに魔法は効かないのでしょう!」


 身体がきついのか、ヴィオレーヌの呼吸は若干荒くなっている。

 ヴィオレーヌの叫びに、エドガルドは平然と答えた。


「確かに魔法は効かない。だが、あなたはレリアの妹だ。一応は用心しないと。あなたが珍しく最近魔法の練習を熱心にしていた、という話をクレト殿もしていたしな」


(――気づいていたんだ)


 最初からヴィオレーヌの思惑に。

 レリアは目を見開く。


「用心はしてもしたりない。わざわざヴィオレーヌ殿が俺に勝負を挑んでくる時点で怪しい。魔力の圧倒的な差をわかっているにもかかわらず、だ。何かしらの勝算があると考えた方が自然だろう」


 ヴィオレーヌもエドガルドの言葉に込められた意味を正確に理解したらしい。

 一瞬だけ顔を憤怒に歪ませ――にやりと口角をあげた。


「そう。だったら。これはどちらでしょうね」


 ヴィオレーヌはそう微笑むと、レリアに向かって炎の球を投げた。


「レリア!」


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