30. 取引なんてしない
(――いったい、何が起ころうとしているの?)
レリアがファビオに連れて行かれたのは王都の外れの屋敷だった。
王宮の裏口の門からあらかじめ用意していたと思われる紋章無しの馬車に乗せられる。そして郊外の屋敷に連れて行かれて――がらんとした部屋に閉じ込められた。
とはいえ、後ろ手に手首を縛られているだけなので、椅子ごとぐるぐる巻きにされていた前よりは大分マシだ。
屋敷自体、長い間人が住んでいないのか、ボロボロだ。色あせた壁にヒビの入った窓。部屋には家具一つない。
(ファビオさんが何故……)
ファビオはエドガルドの乳兄弟で副官。エドガルドが騎士団を辞したあとも補佐官としてエドガルドについて行くという話になっている。
レリアの精霊術を知っているというのは、エドガルドの信頼の証。
そんなファビオなのに、何故、レリアをさらうようなことをするのだろう。
馬車の中で何度か問いかけてみたけれど、ファビオは冷たい目でこちらを見たきり何も言ってはくれなかった。結局、何も教えてくれないまま、この部屋から去っていってしまった。
(ずっと、エドガルド殿下を裏切っていたということ?)
でも、何故? エドガルドの側にいたファビオはエドガルドのために動いていた。不審な様子など今日まで感じたことがない。
動機が全くわからない。
レリアですらショックなのに、エドガルドがこの事実を知ったらどんなに衝撃を受けるだろうか。いろいろ呑み込んで王太子になる決意をした彼に、辛いことが増えてしまう。
レリアは冷たい床に座り込みながら考える。まだ日は高い。
(そろそろテレーザが異変に気づいたころかしら)
そう考えてレリアははっとする。ファビオがテレーザに心配ない旨の伝言をしに行ったらどうだろう。テレーザだけではない。講師にも、そしてエドガルドにも。
そうしたらレリアがいないことを、うまくごまかせるのではないだろうか。
ファビオはそれくらいの信用がある。
(これはなかなかまずいんじゃない?)
レリアは自分の顔がさあっと青ざめていくのを感じた。
この前誘拐されたときは、レリアがたまたま王家の宝石を身につけていたから、それについていた探索魔法で追うことが出来た。でも今日はもちろんそんなものはない。
そもそも二回もさらわれるだなんて。
今回はある意味不可抗力だとしても、自分を責めてしまう。
自分にある手札は結界術と威嚇に使うための攻撃術。攻撃術はすぐに効果がないとばれてしまうから、一回しか使えないと思っていいだろう。
母のように、精霊術と魔法、両方使えたらよかったのに。だが無い物ねだりをこの状況でしても仕方がない。
ふと、足音がしてレリアは扉の方に顔を向けた。
きっと誰かが来る。その予想通り、ガチャリとドアが開く。
「ああ。ファビオのやつ、本当に連れてきたのか」
――現れたのはニコロだった。
以前より若干やつれているようにも見えるが、少なくとも顔色はよい。着ている服のグレードはさすがに落ちていたが、人目を避けての逃亡生活を送っているようには見えなかった。
ニコロは緑色の瞳をじっとレリアに向けてくる。
「今日は王家の宝石はさすがにつけていないようだな」
「離宮から逃げ出して、こんなところにいたのね……」
「本来の王は私だからな。そう認めている人間はたくさんいるんだよ」
ニコロが偉そうに胸を張る。彼を知れば知るほど、エドガルドと比べたら小物にしか見えない。本来の王が聞いて呆れる。
「それで、今回は私をどうするつもりなの? 毒を盛るつもりなんか絶対にないわよ」
「ああ。――お前がいる限り毒殺は難しいとわかったから、今回はそんなことはしない」
ニコロは鷹揚にうなずくと、こちらににやりと笑んで見せた。
ひやりとレリアの背中に冷たいものが落ちる。
(まさか)
精霊術は大昔に滅んだマイナーな存在。普通に暮らしていたら知る機会だってないはずだ。
けれど。レリアは気づく。
先ほどニコロははっきりとファビオの名前を言った。二人はつながっているのだ。
そして、ファビオはレリアが精霊術使いだということを知っている!
「――精霊術。昔魔物を倒すために発展した術があるそうだな。そして、シランドル王家の女性はその術が使える、と。この前エドガルドが毒の影響を受けなかったのも、お前のおかげだそうだな」
レリアは無表情を取り繕う。だが、内心は焦りでいっぱいだった。
ついにニコロに精霊術のことが知られてしまった。手の内を明かしたのと同じだ。
「どうしてそれを知ったの?」
「お前だって予想がつくんだろう?」
「ファビオさんね」
レリアは吐き捨てるように名前を言うと、ニコロが満足そうにうなずいた。
「その通りだ。彼はエドガルドの側にいただろう? あいつの強引な方針についていけなくなったそうで、私につくことにしたんだ。エドガルドもまさか、自分の腹心に裏切られているとは思わないだろうな。いい気味だ」
(何よ、それ)
ファビオはそんなそぶり全然見せていなかった。そもそもファビオとエドガルドの付き合いは長い。エドガルドが決して話のわからない人間ではないことを彼は知っているはずなのに。
目の前のニコロはもちろん、ファビオにも腹が立ってくる。
「それにしても、とっくの昔に滅んだ術がまだ受け継がれていたとはな。つまり、お前がいなければエドガルドの暗殺はうまくいっていたわけだ。はらわたが煮えくり返るが――私は次期王だ。過去のことは不問にしよう」
たとえエドガルドがいなくなったって、ニコロが王になることは不可能だろう。
過去の罪がなかったことにはならない。
「……」
「精霊術には攻撃術もあるそうだな」
「私は使わないわよ」
レリアは全身でニコロを威嚇する。
「ああ。そうだろうな。お前はエドガルドを呼び出す餌になってくれればいい」
ニコロはあっさりと退いた。
(――どういうこと?)
エドガルドはこの国の英雄で、大陸最強とも言われる騎士だ。魔法の腕も剣の腕も超一流。そんなエドガルドをすんなり殺せるはずがない。
だからこそファビオは毒を使ったはずだ。一番初めは、子どもを使って油断させたと聞く。その次はレリアに命令しようとしたが結局ニコロ自身がかけた。が二回とも失敗している。
魔法はエドガルドには無意味。
もちろん、ニコロにエドガルドを殺せるような剣の技量はない。それは本人も認めていた。
だからこそ、精霊術を使ってレリアに殺させようとでも考えたのかと思ったのだが。
(他にエドガルド殿下を殺す方法があるとでもいうの?)
「安心しろ。エドガルドの次はお前もあいつの元に送ってやる。あ。この屋敷事態に防御結界が張ってあるから、逃げだそうと思っても無駄だぞ。まあ、精霊術しか使えないお前に逃げ出せるとは思わないがな」
ニコロは非常に上機嫌だ。それだけ自信があるのかもしれない。――嫌な予感しかしない。一体何を企んでいるのだろう。
エドガルドには呼び出しに応えてほしくないと思う。けれど、おそらく彼は駆けつけてくれるのだろう。他ならぬレリアのために。
「お。来たな」
ニコロが言うとおり、また足音が近づいてきた。今度は複数だ。誰だろう。女性らしい声も一緒に聞こえる。何かに文句を言っているようだが、くぐもって聞き取れない。
似た声の人間をレリアは知っていたが、まさかと頭の中で打ち消した。直後。
がらりと扉が開かれて、先ほど頭の中で否定した人物が現れる。
「――お久しぶり。お姉様。私のことを避けるなんてひどいじゃない」
「ヴィオレーヌ?」
レリアは青い瞳をこれ以上ないほどまん丸にした。
そう。現れたのはヴィオレーヌだった。さらにファビオが後ろに控えている。
きらびやかなパステルグリーンのドレスを着て胸元に二本のバラをさしたヴィオレーヌは、この寂れた屋敷の中では非常に浮いている。
「何故……」
何故ここにヴィオレーヌが現れたのかが全然わからない。
レリアを人質にエドガルドをおびき寄せ殺すのがニコロの目的のはず。この件にヴィオレーヌも加担しているということなのだろうか。でも、何故?
(まさか、私を王太子妃にしたくないがために?)
そのために相手を殺す計画に加わる。短絡的過ぎるが、あり得ないと言えないのが怖い。
「驚いているみたいね。お姉様。私、やっぱりお姉様が王太子妃になるのは許せないの。美しい私ですら第二王子妃なのに引きこもりのお姉様が将来王妃だなんて。どう考えても不似合いじゃない。それに、私聞いたのよ。本当はニコロ殿下が王になるはずだったんですって? それをエドガルド殿下が横取りしたんでしょう? 正しい道に戻してあげなきゃ」
ヴィオレーヌの言葉にニコロが満足そうにうなずく。ファビオは無表情のままなので何を考えているかわからない。ヴィオレーヌの話に同意しているのだろうか。まさか。
「違うわ。殿下は横取りなんてしていない!」
むしろエドガルドは王になりたくなかったのだ。彼の中でいろいろ悩んで、葛藤して、ようやく心を決めたというのに。
「でも、王位なんていらないって言っていたと聞いたわ」
ヴィオレーヌは予想通り聞く耳を持たない。
レリアは大きく息を吸い込んだ。言いたいことは山ほどある。でも、ここで感情的になってはきっといけないのだ。できる限り情報を引き出しておかないと。
「ヴィオレーヌ。あなたは何をするつもりなの? エドガルド殿下は大陸最強とも言われる騎士よ。強いわ。巻き込まれないうちに退いた方が賢明だと思うけれど」
「まあ、確かに『黒い悪魔』ですものね。魔法耐性が高い上に魔力も豊富、剣の腕も素晴らしいんですってね」
「それを知っているなら何故」
ヴィオーレヌが口角をあげた。
「お姉様。精霊術を使えるのはあなただけだと思っている?」




