25. 嵐、襲来
――王女が婚約者である王子のエスコートで馬車から降りて姿を見せたとき、歓迎のために正門の前で待機していた一行は、その輝かんばかりの美貌にほうっとため息をもらした。
絵になる光景というのはきっとこのことを言うのだろう。
とうとうヴィオレーヌがクレトと共にアブストラートにやってきた。
王子様然としたクレトはもちろんだが、それ以上に衆目を集めるのがヴィオレーヌだ。
エドガルドと共に賓客を迎えることになったレリアは、異母妹が周囲の歓心を得ていく様を苦い気持ちで眺める。レリアの着ている薄水色のドレスも十分に素晴らしいものだが、ヴィオレーヌと比べると自分が華やかさに欠けることは承知している。
隣に立つエドガルドはどうなのだろうか。だが、この位置からは背の高い彼の表情はうかがい知ることができない。
婚約者のクレトの腕をとりヴィオーレヌがこちらへやってくる。
クレトに会うのは、あの婚約破棄の誕生会以来だが、特になにも思うところはない。それよりも気になるのは異母妹だ。
(ヴィオレーヌ……何を企んでいるの?)
クレトも一緒だが、この訪問を主導したのは十中八九ヴィオレーヌだろうとレリアは読んでいる。
ヴィオレーヌとクレトが、レリアたちの前で立ち止まった。
「お初にお目にかかる。ヴェールト王国第二王子、クレト・ブノワ・ユーベルヴェーグだ。こちらが婚約者の――」
「シランドルが第二王女、ヴィオレーヌ・リクール・シランドルにございます」
優雅に王女の礼をする異母妹の姿は「シランドルの至宝」にふさわしいのだろう。
太陽のように光り輝く金髪。ぱっちりとした空色の瞳。サクランボのようにみずみずしい唇。愛らしい顔立ちは異性に限らず庇護欲を誘う。薄紅色の甘いドレスが華やかさを添えていた。
非の打ち所がない姫君の挨拶を終えたヴィオレーヌは、出迎えの中心にいるレリアとそしてエドガルドに視線を止める。ほんの少しヴィオレーヌが怪訝そうな顔をしたことに気づいた。しかし、それを周囲に悟らせるヴィオレーヌではない。すぐに笑みを浮かべる。
「アブストラートへようこそ。私はアブストラート第三王子、エドガルド・モラーレ・アブストラートだ。隣は私の婚約者であるレリア・ラガルト・シランドル。クレト殿下も彼女とは面識があるんだったな。アブストラートは二人の来訪を歓迎する」
エドガルドが紹介することで、レリアがアブストラートの王家に近い立場であることを示す。
「久しぶりです。クレト殿下。ヴィオレーヌも。長い旅路をはるばるようこそ」
レリアもできる限りの優雅さをかき集めて、二人に向かって微笑みかけた。
「ああ。久しいな。元気そうで何よりだ」
「ええ。お姉様。お久しぶり。会いたかったわ」
クレトに続いて、ヴィオレーヌがにっこりと微笑むが、彼女の興味が隣のエドガルドにあるのははっきりとわかった。おそらく『黒い悪魔』が美青年なことに驚いているのだろう。
なんとなく胸がモヤモヤする。
が、ヴィオレーヌの前では余計な感情を見せてはいけない。傷を多く作ることになるだけだ。
なんとか笑顔を浮かべたまま、あとは二人のために選んだ案内係に対応してもらうことにする。
エドガルドが係の女性を紹介すると、ヴィオレーヌが名残惜しそうにエドガルドに視線を向けた。エドガルドは軽く会釈をして気づかないふりをする。
「お部屋に案内いたしますね」
案内係の女性がヴィオレーヌたちに挨拶をする。あとは任せておけばいいだろう。
婚約者同士とはいえヴィオレーヌとクレトの部屋はもちろん別々だ。そして二人の客室は、幸いなことにレリアが滞在している客室とは別のエリアにある。もともとレリアが滞在しているエリアは身内に近い人間のために用意された場所らしい。
ヴィオレーヌはとりあえず案内係に愛想を売ることに決めたらしい。にこやかに案内係の話を聞いている。クレトに目を向けると、なんとなく視線が合った。気のせいかもしれない。
ヴィオレーヌたちが案内係に連れられて場を離れる。
とりあえず、今日の対応は終わりだ。レリアはふうと息をついた。
ヴィオレーヌと向き合っていたのはほんのわずかな時間。なのにどっと疲れた。
ヴィオレーヌと一緒の間は一秒たりとも油断できない。気を張ってしまっていたのだろう。
「……大丈夫か」
「ありがとうございます。少し疲れただけです」
笑顔を作る。
エドガルドは特にヴィオレーヌと会う前も後も特に様子は変わらない。レリアを案じる琥珀色の瞳は以前のままだ。そのことにレリアはほっとした。
簡単にヴィオレーヌに目を奪われるような人ではないとわかっていたけれど、心のどこかで彼の興味がヴィオレーヌに向いてしまうことを恐れていたのかもしれない。
(私は……)
ニコロの件は進展していない。求婚の答えだって保留のままだ。
エドガルドもここのところバタバタしていて、まともに顔を合わせるのは久しぶり。
もう少し彼と一緒にいたいという気持ちがわき上がってくるが、エドガルドに次の予定が詰まっていることも把握している。
「……」
「あまり無理をしないように。何かあったらすぐに知らせてくれ。できる限り時間を作るから」
彼も同じ気持ちだったのだろうか。
エドガルドはどこかさみしそうに微笑むと、レリアの手をぎゅっと握って去って行った。
エドガルドの後ろ姿を眺めながら、レリアは小さく首を振る。
いろいろ心配事はあるけれど、まずは目の前の試練――ヴィオレーヌを平和にやり過ごすことに集中するのがいいのだろう。すべてはそのあとだ。
(だから、もう少しだけ時間をください)
レリアは心の中で言い訳のように呟いた。




