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24. 最悪の知らせ

「レリア。君に一つ知らせがある」


 エドガルドがレリアの自室を訪ねてきたのは、月が変わってすぐのことだった。

 午後の妃教育の講義が終わって夕食までの時間をテレーザと共に自室で過ごしていたところ、エドガルドがファビオを従えてやってきたのだ。


 ニコロの件で奔走しているエドガルドは多忙で、顔を見るのは二日ぶりだった。整った顔に疲労がにじんでいる。ファビオも同じようなものだ。

 ニコロの件は何も進捗がないと聞く。

 ニコロが消えて一週間。この件は機密になっているが、勘のよい者たちは何か見過ごせない事態が起こったのだとなんとなく気づき始めている。


 今想定できる最悪の事態は、エドガルドの立太子発表に横やりを入れられることだ。

 知らせとは何だろう。レリアの頭の中をいろいろなものが駆け巡る。エドガルドの表情が浮かないところを見るとおそらくあまりよくない知らせだ。

 ニコロが消えたことより最悪の事態などないと思いたい、が。

 レリアはエドガルドの琥珀色の瞳をまっすぐに見つめた。


「知らせとは?」

「――シランドルから先触れが来た」

「シランドルから?」


 エドガルドの口から出た祖国の名にレリアは眉をひそめる。これがユベールがかかわることなら、直接兄の名前を出すはず。なので違うのだろう。

 となると。


「ああ。正式に言うと、シランドルとヴェールトから、だな」


 嫌な組み合わせにレリアの表情が固くなる。まさか。


「君の妹と婚約者がこちらにくるらしい。建国祭に出席するんだそうだ」

「……」


 外交に積極的ではないアブストラートも、最低限の付き合いがある国には建国祭の招待状を送っている。シランドルもヴェールトもその国の一つだ。


「一応招待状は出していたとはいえ、今までは外交官が大使として出席して終わりだったんだがな。君の妹は、建国祭の出席ついでに姉の様子が見たいらしい。そのために少し早めに来る。到着は三日後」


 ひゅっとレリアが息を呑んだ。思ったよりも早い。


「わざわざ婚約者を伴って、というのが嫌らしい」


 レリアの婚約破棄騒動の顛末をエドガルドも知っている。吐き捨てるように言うと顔をしかめた。


 ――よりにもよって、ヴィオレーヌがアブストラートにやってくる。しかもクレトを伴って。


(何故?)


 エドガルドの婚約を父から告げられたとき、愉悦に口元を歪めていたヴィオレーヌを思い出す。

「無能王女」であるレリアを「黒い悪魔」に押しつけることができて、喜んでいたのでは?


「どうやら、俺が王太子になるという話がシランドルまで伝わったらしいな」


 苦笑するエドガルドにレリアははっとした。


「私が王太子妃になるのが気に入らないんですね」


 レリアはため息をつきながら言った。


 ヴィオレーヌの婚約者のクレトは第二王子。ヴェールトの王太子は既にクレトの兄である第一王子と決まっている。――つまり、クレトは王にはならない。

 なのに、評判最悪な第三王子との婚約を結んだレリアが王太子妃になる。

 相手が誰であれ、自分より下に見ていたレリアが王太子妃になるのは面白くないのだろう。ただでさえ、ヴィオレーヌは上昇志向が強い。

 

(ニコロ殿下のことだけでも頭が痛いのに、よりによってこのタイミング)


 嫌な予感しかしない。

 少なくともレリアの精神が疲弊させられることは確かだろう。


「追い返したいところだが、正式な手続きを踏まれているからそうもいかない。もし、君が会いたくないのなら――」

「大丈夫です」


 レリアはきっぱりと答えた。ただでさえニコロがいなくなって大変なエドガルドにこれ以上余計な手間をかけさせるわけにはいかない。

 もともとニコロの件についてはレリアができることは何もなかった。そもそもレリアにできるのは、エドガルドが危険なときに精霊術を使うくらい。

 これくらいは自分で引き受けるべきだろう。


「私の、妹のことですし」


 まっすぐエドガルドを見つめる。だが、エドガルドは非常に不安そうだ。


「本当に大丈夫か? 君の妹はあまり君をよく思っていないだろう? 俺たちの婚約の件でも妙な噂を流していたようだし」


 知っていたのか――とレリアは目を丸くする。レリアの出立前「レリアがアブストラートの王子を身体で籠絡して婚約した」とまことしやかに流れた噂。もちろん噂の火元はヴィオレーヌとのやりとりだ。兄には説明したので、兄から聞いたのかもしれない。


「お気遣いありがとうございます。でも、妹の対応は私がいたします。ここはシランドルの王宮ではありませんから」


 きっぱりと言い切ったが、エドガルドはなおも心配そうなまなざしをレリアに向けている。

 だが、レリアの決意が固いことに気づいたのだろう。ふうとため息をついた。


「レリア――あまり無理はするな。何かあったら俺を頼ってほしい」


 その言葉を残して、エドガルドは部屋を出て行った。おそらく次の予定が詰まっているのだろう。きっとこの知らせのために彼は時間を作ってレリアの元に来てくれたのだ。その事実にレリアの胸は温かくなる。

 エドガルドの去った部屋で、レリアは大きくため息をついた。


 ――ヴィオレーヌはアブストラートに来て一体何をするつもりなのだろう。


 姉の様子が心配だから、というのは嘘に決まっている。レリアがどのように暮らしているのか探りに来るのだ。

 今のレリアの暮らしぶりを見たら、ヴィオレーヌが機嫌を損ねるのは間違いないだろう。


(それに、殿下のことを見たら……)


 ヴィオレーヌたちが喜んでレリアをアブストラートに送り出したのは、エドガルドが魔族の血が濃い「黒い悪魔」だからだ。しかし、実際のエドガルドは少なくとも見た目は普通の人間で、それもかなりの美青年だ。

 ヴィオレーヌがこの縁談に横やりを入れてくるかもしれない。


 レリアが無能王女――魔法が使えないことは、アブストラートでもエドガルドの周囲の人間が知るのみ。

 ヴィオレーヌがここぞとばかりに大声で喧伝することは十分に考えられる。周囲を自分の味方にすることはヴィオレーヌならお手の物。

 どんなにシランドルで役に立たない王女だったかをあげつらい、婚約破棄に持っていく。


 自分で考えて、それは嫌だ、と強く思った。


(だって、ニコロ殿下が行方不明の今、まだ『お守り』は必要だもの)


 でも、周囲からレリアはエドガルドにふさわしくないと判断されてしまったら……。

 そこまで考えて、レリアははっとした。

 まだエドガルドに答えを返していないというのに。


(とにかく、ヴィオレーヌが来る前に出来ることはしておかないと)


「レリア様。お顔の色があまりよくないようですが……」


 よほど深刻な顔をしていたらしい。

 レリアを案じるテレーザにレリアは笑ってみせた。


「ありがとう。テレーザ。――正直、妹との関係はあまりよくないの」


 テレーザには事情を説明しておくべきだろう。ヴィオレーヌが得意の美貌で周囲を取り込む前に、ある程度根回しをしておく必要がある。


(ここはアブストラート。味方がお兄様しかいなかったアブストラートとは違う)


 レリアは自分にそう言い聞かせた。



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