22. 求婚
エドガルドがニコロを倒したほぼ直後、騎士団がレリアが捕えられていた屋敷に突入した。もっとも、ニコロが雇っていた男たち(あの目つきの鋭い男の他にもいたらしい)は皆エドガルドにより意識を奪われており、騎士団は男たちを捕縛して回収するだけのような状態だったらしい。
レリアがなかなか戻ってこないことを不審に思ったエドガルドが庭へ行き、倒れている護衛騎士を発見したのだという。レリアについていた護衛騎士は、薬で気絶させられていたそうだ。
舞踏会の裏で秘密裏に騎士団が救出に行くという話だったはずなのに、エドガルドは誰よりも早く探索魔法を使ってレリアの居場所を割り出し、駆けつけてしまったらしい。すごい迫力で誰も止めることが出来なかった、というのはファビオから聞いた話だ。
ともあれ、ニコロの身柄は騎士団に確保された。
さすがに今回は現行犯だ。言い逃れはできないだろう。
夜道を王宮に向かって馬車が駆ける。
辺りが暗いと、周りの様子があまり見られなくて残念だ、とレリアは思う。聞けばレリアが捕らわれていた屋敷は、貴族のタウンハウスが並ぶ通りにあったものだという。どうやらニコロ派の貴族の持ち物だったらしい。
「レリア」
馬車の中。つんつんと肩をつついてくるのは、当然のようにレリアの隣に座っているエドガルドだ。名前を呼ぶ声が妙に甘くて困る。
「真っ暗で景色なんて見えないだろう。こっちを見てくれないか」
馬車の中は照明魔法で照らされている。
レリアはいたたまれない気分だった。だからこそ、エドガルドから意識をそらすために外を見ていたとも言う。
あれはニコロが床に伏せたすぐあとのことだ。
ニコロが暴れないように拘束を終えたエドガルドは、すぐにレリアの自由を奪っていたロープを魔法で切ってくれた。ぱらぱらとロープだったものの残骸が床に散らばる。
「殿下。ありがとうござ……」
礼を最後まで言えなかったのは、立ち上がろうとしたレリアを、エドガルドがぎゅっと抱きしめてきたからだ。
「君が無事で本当によかった……」
レリアの肩口に顔を埋めるようにして、エドガルドが声を絞り出す。
心配をかけてしまったのだな、と反省したレリアは、エドガルドの背中に手を回して、ぽんぽんと宥めるように軽く叩いた。一瞬、彼の動きが止まる。
「心配かけてごめんなさい。そして、助けに来てくれて本当にありがとうございます。殿下が助けに来てくれるって信じてました」
「レリア」
かすれた声で名前を呼ばれて顔を上げると、いつの間にか上体を起こしていたエドガルドがレリアの顔を覗き込んでいた。どこか熱を孕んだ琥珀色の瞳がレリアをとらえる。ゆっくりと彼の顔が近づいてくるのを、レリアはぽかんと見つめていた。
「……こういうときは目を閉じるって知らないか?」
低い声で囁かれる言葉をレリアは不思議と受け入れてしまった。言われるがままに目を閉じて――。
唇に吐息がかかる。
「殿下! 張り切りすぎですよ! 少しくらい私たちに……ってもしかして、お邪魔でした?」
身に飛び込んできた闖入者――エドガルドの部下であろう騎士の声に、レリアははっと我に返った。ぱちりと目を開ける。
エドガルドは眉間に深くしわを刻みながら振り返る。騎士もまずいと思ったのだろう。
「その、私は去りますのでもう一度始めからどうぞ……」
「待て」
ばつが悪そうに去ろうとする騎士をエドガルドは呼び止める。
エドガルドの身体がレリアから離れた。
「さすがにそこまで図太い神経は持っていない。報告を聞こう」
悪い、と言ってエドガルドは騎士と共に部屋を出て行った。
レリアはぼんやりとその場に立ち尽くす。
さみしいような、安堵したような不思議な気持ちだった。
(さっきのは一体……)
もし邪魔が入らなかったら、そのままエドガルドに口づけられていた、気がする。
問題なのはそれを不思議に思わず、むしろ受け入れようとしていた自分だ。
(どうして……)
頭を抱えて、ふとレリアは自分が誘拐された気づいたとき、真っ先にエドガルドが助けに来てくれると思ったことに気づく。
(いや、それはここがアブストラートだからで)
でも以前だったら、こういうときに真っ先に思い浮かべるのはユベールだったはずだ。
そもそもエドガルドもエドガルドだ。どうしてレリアにキスしようとしたのか。
レリアはあくまで『お守り』。婚約も便宜的なもので、終わりが見えているというのに。
顔がかあっと赤くなる。出来れば、エドガルドと距離を置いて冷静に考えたい。
なのに――エドガルドはどうやら過保護になっているらしく、騎士の報告を聞くとすぐ戻ってきた。それからはずっとそばにいて――離れようともしない。
馬車だって向かいの座席ではなくわざわざ隣に座っている。しかも距離が近い。
「レリア。こちらを見てくれないか?」
つんつん。つんつん。つつかれる肩がくすぐったい。
「ああ。もう。その気の引き方は子どもですか!」
我慢しきれなくなったレリアが、エドガルドの方を振り向くと、エドガルドは微笑んだ。
「やっとこちらを向いた」
(なんでそんなにきれいな顔で笑うの……)
どきどきと心臓の鼓動が高鳴る。ほんのりと照らされた馬車の中、顔が赤くなっているのがばれてしまうかもしれない。だから、エドガルドの方を見たくなかったのだ。
「俺の目が届かず、怖い思いをさせて申し訳なかった」
おそらく、ニコロが率先して雇った男たちが王宮内に入れるように手配したのだろう、とエドガルドは言った。護衛騎士も最低二人はつけるべきだったと反省を口にする。
レリアはゆっくりと首を振った。
「いえ。私も用心するべきでしたから。でも、舞踏会、殿下まで途中で抜けてよかったんですか?」
「かまわない。最低限の義理は果たしたからな。陛下にもいってこいと背中を押されている。舞踏会より、君の方が大事なのは当たり前だろう?」
また、エドガルドの目がまっすぐレリアに向けられている。レリアはその視線を受け止める自信がなくて、話題を探した。
「その、せっかくのドレスなのに、ボロボロになってしまいましたね。すみません」
きらびやかだった青のドレスは、ところどころが黒く汚れ、さらにロープで縛られていたため変なしわが寄っている。
「不可抗力だ。悪いのはニコロであって君ではないから気にするな。それに、ドレスならまたいくらでも贈る。たぶん、また近いうちに必要になるから」
そう言うと、エドガルドはレリアの手をそっと握った。
「前に言っただろう。聞いてほしいことがある。いいか?」
その真剣なまなざしに気圧されて、こくり、とレリアはうなずいた。
ほんの少しエドガルドが表情をやわらげる。
「――王太子の話。正式に受けることにした。俺は、将来王になる」
静かに告げられた言葉に、ひゅっとレリアは息を呑んだ。
「俺は三番目の息子で、スペアにすらなれない存在だった。だから比較的に自由に、政治に関わらないように生きてきた」
誤算だったのは、神童とまで言われていたニコロが、年を重ねる度にどんどん普通の人になってしまったことだ。だが、彼の意識は神童だったころと変わらない。
でも、バジーリオがいればよかった。彼は十分に王になる資格を満たしていたから。エドガルドは騎士として武の面から兄を支えるつもりだった、と続ける。
だが、バジーリオは外遊先で不幸に見舞われる。
「わかっていたんだ。俺の目から見ても、ニコロ兄上は王の器ではない。いくら周りに優秀な人間をそろえたとて、あの人は自分の耳に痛い言葉は受け付けない。見限られるのがオチだろう。あの人が王になったらアブストラートはだめになる。でも、俺は後継者教育を受けたわけじゃない。自信がなくて覚悟ができていなかった」
スペアにもしてくれなかったくせに、都合がよすぎないか、と拗ねていたのもあるのだろう、とエドガルドが苦笑しながら付け加える。なんとなく気持ちはわかるような気がした。
「だったら、どうして――」
だって、彼は王にはなりたくないとはっきり言っていたのだ。なのに。
自分の気持ちを曲げざるを得ない何かが起きたのだろうか。
その思いが表情に出ていたのかも知れない。エドガルドが少し笑った。
「そんな顔をしないでくれ。きちんと自分の意思で決めた。俺しか残っていないという後ろ向きな理由ではないから安心してほしい」
「そう、ですか」
「――ただ、茨の道であることは確かだ。俺は後継者教育を受けていない。一からの学びになる。幸い陛下はまだまだ現役だ。陛下の元で学んでいけば、俺が王になる頃には少しはマシになっていると思う」
「そんなに卑下なさらないでください。私は殿下にはきちんと王の素質があると思います。殿下は自分の役目をきちんと理解されてそれに応えようとされていました。その姿勢が大事だと思います。それに私以外にもみんな……」
レリアは懸命に言い募る。エドガルドには王の資質はきちんとある。それを知ってほしかった。
「ありがとう。君がそう言ってくれるのが一番嬉しい」
エドガルドはそう言うと、レリアの手を取り自分の顔に近づけた。
「君が隣にいてくれるなら、きっと俺はどんな困難な道でも歩むことができる」
琥珀色の瞳がレリアにまっすぐ向けられる。
「レリア。君には俺の側で俺を支えてほしいんだ。『お守り』としてではなく俺の妃として」
「――え?」
「君が好きだ。結婚してほしい」
ストレートな求婚の言葉にレリアは目を見開く。
まさか、エドガルドがそんなふうに思っているとは知らなかった。
エドガルドが優しく微笑む。
「すぐに返事が欲しいとは言わない。一年の期限まではまだまだ時間はあるから。でも、君が君自身の選択で俺の側にいることを選んでくると嬉しい」
手の甲にそっとエドガルドの唇が触れる。ひどく熱く感じられた。
心臓の音がうるさい。きっと今自分の顔は真っ赤だろう。
「レリア」
甘く切なく名前を呼ばれて、レリアはエドガルドから目が離せない。
(私は、殿下のことどう思っているんだろう……)




