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21. 来てくれた

レリアは反射的に声がした方に顔を向ける。 

 視界に飛び込んできたのは、レリアが助けに来てくれると信じた人――エドガルドだった。


(来て、くれた……)


 エドガルドはかなり急いで来たらしい。髪がほつれているし、せっかくの華やかな上着がくたくたになっている。


 レリアは自分の目元が熱くなるのを感じていた。

 エドガルドが来てくれた。それだけで胸がいっぱいだった。

 こみ上げてくれるのは、安堵感とうれしさ。


 部屋に入ってきたエドガルドは、レリアを見て小さくうなずく。それからニコロに向かって、かすかに眉をひそめた。


「兄上。舞踏会の途中で姿を消したと思ったら、こんなところにいらしたのですね。女性の首飾りを無理矢理はずそうとするのは、いただけませんよ」


 さっき、ニコロの手がはじかれたのは、エドガルドの魔法のせいだったのだ、と気づいた。


「エドガルド」


 ニコロはぎりっと歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほど顔を歪める。

 対照的にエドガルドは落ち着いていた。静かな表情でニコロを見据えている。だがそれがかえってエドガルドの怒りを表しているように思えた。


「ちょうどよかった。騎士団も一緒につれてきています。あとでじっくりお話をうかがわせてもらいましょうか」

「お前、私を罠にかけたな。こいつに、王家の宝石を」

「冗談言わないでください。俺が彼女を囮にしたとでも? 自分の身ならともかく、彼女をそんな危険な目に遭わせるわけがないでしょう」


 怒りに震えるニコロに、エドガルドがぞっとするほど冷たい声で言う。


「王家の宝石は、彼女の今日の服装に似合うと思って正規の手続きを経て借りました。陛下の許可も得ています。防犯の意味があったのは否定しませんけどね。追跡魔法がかかっていますから。万一のことを考えなかったといったら嘘になります。でも、用心するのは当然の状況でしょう? まさか本当に活用することになるとは思いませんでしたよ」


 そうだ。王家の宝石には追跡魔法がかかっている。だから、落としても大丈夫だと侍女が言っていたではないか。


「王都内に隠れ家を持っていたんですね。気づきませんでした。灯台もと暗しというやつですか。まあいい。さあ。レリアを返してもらいましょうか」


 エドガルドが一歩踏み出す。ニコロが一歩下がる。

 こうして二人が対峙していると、人物としての器の差がはっきりとわかる。

 覇気があふれるエドガルドと、それに圧倒されているニコロ。どちらが王にふさわしいかなど、明白だ。アブストラート王がエドガルドに王位を継がせたいと思っても無理はない。

 じりじりとエドガルドがニコロを追い詰めて――。


「ふふふ、ふふふふふ」


 不意にニコロが身体を震わせ笑い始める。

「兄上?」


 エドガルドが怪訝な表情を浮かべた。

 追い詰められて気がおかしくなってしまったのだろうか。レリアはそんなことを思ってしまう。

 ニコロは顔をあげて、さっと髪をかき上げる。


「失礼。私もちょうどお前に会いたいと思っていたところだったんだ」


 ニコロの表情は余裕を取り戻していた。


(……なぜ?)


 騎士のエドガルドに対して、ニコロは文官。そしてエドガルドは騎士団を率いてきたという。ニコロが雇っていたらしき男たちは、何の反応もないことからおそらくエドガルドに倒されるなり、騎士団に捕まるなりしているのだろう。

 ニコロが有利になる筋道が全く見えない。なのに。

 戸惑うレリアだが、ニコロの手が上着のポケットに向かっていることに気づいた。


(もしかして……)


「呼び出す手間が省けた。礼を言う」


 その直後、ニコロはポケットから瓶を取り出す。先ほどレリアに見せた毒の入った小瓶だ。

 その蓋を開け、エドガルドに向かって何かを投げつける。

 エドガルドはひょいとそれをよけるが、直後、液体が入った瓶が、エドガルドの胸元あたりに降りかかる。

 床に落ちた瓶が割れる。

 最初に投げたのは蓋で、囮だったのだろう。

 胸元が濡れたのがはっきりとわかる。


「殿下! 触ってはだめです! 毒です!」


 濡れたところに触れようとしたエドガルドに対して、レリアは慌てて声を上げた。

 反応した彼がさっと手を離した。が、おそらく少し遅かったのだろう。

 エドガルドがわずかにレリアに視線を向ける。レリアは小さくうなずいて、目立たないように浄化術を唱え始める。


「毒か」


 エドガルドが毒に触れたのを見て、ニコロの唇が弧を描いた。


「残念だ。ぺろりと舐めてくれてもよかったんだが。首の辺りにも直接かかっただろう? まあ、経口摂取より効き目は悪いが、経皮摂取でもそれなりに効くはずだ」


 つまり触れただけでも危険と言うことだ。

 エドガルドが琥珀色の目を見開く。

 直後、エドガルドがその場に膝をついた。


「特別に調合してもらった強力な毒だ」


 ニコロが追い打ちをかける。その声音はどこか楽しげだ。

 レリアはニコロに悟られないように浄化魔法を唱える。

 ほんの一瞬、エドガルドの周囲が光った。それを見てニコロが嘲笑する。


「往生際が悪いな。お前に魔法が効かないことは、お前が一番わかっているだろうに」


 どうやらエドガルドが自分に浄化魔法をかけたのだとニコロは考えたらしい。

 にやり、とニコロは笑うと、折りたたみナイフを取り出した。


「機転を利かせた甲斐が合った。お前の動きさえ鈍くできればかまわない。さすがに普段なら勝ち目はないが、お前が動けないなら別だ。お前さえいなくなれば、あとはどうにでもできる」


 ナイフがてらりと光る。不自然な光り方なのは、毒を塗ってあるからかもしれない。

 ニコロは動けないエドガルドの前へ行くと、ナイフを振り上げ――。


「え?」


 エドガルドがニコロの腕を掴む。そのまま立ち上がると力任せにニコロの手を握り、耐えきれなくなったニコロがナイフを落とす。

 さらにエドガルドは膝でニコロの腹を蹴り上げる。うっといううめき声と共に、ニコロの身体が折り曲げられる。床に倒れる。それでもニコロがなんとかナイフの方へ手を伸ばそうとしているのに気づくと、エドガルドはナイフを蹴り飛ばした。

 元々エドガルドは騎士で、ニコロは文官だ。圧倒的な力の差だった。

 あっという間にニコロはエドガルドによって制圧されてしまう。


「何故……あれは確実に毒だったはずだ。それも新しい」


 エドガルドに押さえつけられたニコロは、床にうつ伏せになったままうめく。


「さあ。入っていた内容物が間違っていたのかもしれませんね」


 エドガルドはしれっと答えた。

 正解はレリアの浄化術だ。だが、それを教えるつもりはない。

 無事に効いてよかった、とレリアはほっとする。


「兄上。国賓の誘拐と王族への危害はかなりの重罪ですよ。覚悟してください。さすがのあなたもこれで――終わりです」



 最後通牒だった。



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