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19. 夢のようなダンス

 アブストラートの大広間はとてもきらびやかに飾られていた。魔法師たちがとびきりの幻想魔法で花が舞い散る空間を華やかに仕上げている。


 レリアはエドガルドのエスコートで舞踏会の入り口に立った。スポットライトがあたり、貴族たちの注目が集まったのがわかった。エドガルドとレリアの名前が読み上げられる。ひるみそうになるけれど、レリアはぴんと背を伸ばし、エドガルドの隣にいるのは自分しかいないという心持ちで歩く。これはマナー講師に習ったことだ。


 エドガルドとレリアは王族席の一番隅に立つ。

 他の王族たちも続いて会場に入り、最後に国王陛下と正妃が入場する。もちろんニコロもいた。すました顔で入場している。


 まずは国王陛下の簡単な挨拶。特に王太子に関する言及はなかったが、レリアについてシランドルから来ている姫だと紹介される。内心心臓がバクバクしたが、レリアは優雅に礼をした。

 そしてダンスの時間になる。


 王家主催の舞踏会の場合、一曲目は国王陛下と正妃が踊ると聞いている。


「今日は、エドガルドとレリア殿下に踊ってもらおう」


 なので、国王陛下がそんなことを言い出したときには、非常に驚いた。何も聞いていない。

 エドガルドが父親の方を見てなんとも言えない顔をしていたので、きっと彼も同じなのだろう。だが、腹をくくるのはエドガルドの方が早かった。


「姫」


 エドガルドが手を差し出してくる。その手を取って、レリアはエドガルドと共にフロアの中央に行く。彼と向き合って、ワルツの姿勢を取った。レリアの背中にエドガルドの大きな手が回る。


 エドガルドの顔を見上げると、彼がにこりと笑いかけてくる。

 楽団が一斉に楽器を構え、前奏が始まる。奏でられたのはワルツ曲としては定番の「夢のワルツ」だった。舞踏会の始まりにふさわしい明るく軽やかな曲だ。


 ワルツが始まる。やはりエドガルドのリードはとても巧みだった。彼と一緒に踊った女性は、みんな自分がワルツの名人になったような気分を味わえるだろう。

 視線が合う。エドガルドが笑みを深くした途端、レリアの身体がくるんときれいに回った。魔法師がそれに会わせてきらびやかな幻想魔法を演出する。周囲からほうっというため息が漏れた。


「……!」


 まさか、こんな他の人たちがいる前でもするなんて! レリアは驚きのあまり口をパクパクさせるしかない。うまく成功したからよかったものの、失敗したらどうするつもりだったんだ。

 レリアは軽くにらみつけたが、エドガルドは涼しい顔をしている。


(向こうがその気なら……)


 レリアは逆にエドガルドをリードするように動き始めた。しかし、すぐにエドガルドはそれを察してレリアに合わせてくる。なかなか彼から主導権を奪うことは難しいようだ。


「どうした姫」


 そう小声でささやきかけてくるエドガルドはとても楽しそうだ。

 ダンスをしながら――身体を密着させた状態でこうして話すのは、なんだか内緒話のようでわくわくする。


「私も殿下を驚かせたいと思ったんです」

「十分驚いているよ。君はどんどん印象が変わっていくな。いつも予想を裏切られる。が、最後のいいところは俺に譲ってくれ」


 ワルツはクライマックスに入っている。主導権は完全にエドガルドに渡った。レリアが身体をきれいに一回転させたところで、彼が強くレリアの腰を引き寄せる。レリアが大きく背を反らせたところでワルツが終わった。

 周囲からすさまじい量と拍手の歓声が生まれた。


 どうやらファーストダンスは成功したらしい。

 隣のエドガルドと顔を見合わせると、自然と笑みがこぼれた。

 大役が終わって、肩の荷が下りた。



 ――が、舞踏会初心者のレリアは、これがまだ社交の始まりでしかなかったことを知らなかった。


 二曲目以降は他の者たちにワルツを譲り、エドガルドとレリアは場所を移る――つもりだったのだが、途中で貴族たちに囲まれてしまう。


「素晴らしいダンスでした。お二方のご婚約はいつ発表されるのですか?」

「もしかして、王太子殿下の決定と共に発表ですか?」


 エドガルドは次の王と目されている。なるべく早く顔を売っておきたいのだろう。

 エドガルドは、レリアのことを抱き寄せたまま、薄い笑みを貼り付けて対応している。回答は要するに「まだ自分に答えられることは何もない」だ。

 レリアに矛先が向くと、すかさずエドガルドが代わりに答えてくれる。それが貴族たちにはエドガルドが過保護になるほどシランドルの姫を溺愛している、と映るらしい。


「エドガルド殿下。私もレリア殿下にダンスを申し込んでもかまわないでしょうか?」

 不意にそんなことを言われて、レリアは驚いた。相手は二十代半ばくらいの青年だった。黒髪に金糸の刺繍が入った黒いジュストコールがよく似合っている。

「申し訳ない。彼女は今日、私としか踊らないことになっているんだ」


 エドガルドが穏やかな笑みを浮かべたまま言う。おそらく、エドガルドは自分のもとからレリアが離れないようにという配慮でそんなことを言ったのだろう。わかっているけれど。


(言い方! もっとあるでしょうに!)


「それは大変申し訳ありません。では次の機会にぜひ」


 青年は生温かい目をしながら、すぐに引いてくれた。

 レリアはエドガルドに小声で言う。


「殿下。少しくらいなら他の方と踊っても――」

「だめだ」


 すぐに却下されてしまった。

 そのあとも、ひっきりなしにエドガルドのところには貴族がやってきた。レリアが申し訳なくなるくらいにエドガルドが対応してくれているのだが、やはりそもそもレリアはこうした人が多いところになれていない。にこにこ愛想笑いを貼り付けながらも、だんだん疲れを感じるようになってきた。


「姫。大丈夫か? 顔色があまりよくないが」

「少し疲れてしまったようです」


 ここで見栄を張っても仕方ない。レリアがそう答えると、エドガルドは対応していた貴族に対してレリアの体調が悪いことを告げ場を離れたいと告げる。貴族もすぐに理解してくれた。


「そうか。では外へ――」


 そのときだった。国王陛下の侍従がエドガルドのところへやってくる。どうやらエドガルドに用事があるらしい。

 エドガルドは小さく舌打ちをすると、近くにいた巡回中の騎士に声をかけた。その騎士はエドガルドの部下で、レリアも何度か護衛をしてもらったことがある。


「陛下の相手は俺がしてくる。君は少し休んでいるといい」


「ありがとうございます」

 エドガルドの気遣いが嬉しかった。

 未練がましくなんどもこちらを振り返るエドガルドに苦笑しつつ、その後ろ姿を見送る。


「では行きましょうか」


 護衛騎士に声をかけたとき、なんだか鋭い視線を感じた気がした。

 ぱっとそちらを振り向くが、特に怪しげな人物はいない。まあ、いきなり次期王(見込み)のパートナーとして現れた王女に嫉妬の視線が向けられても仕方がないだろう。そう思うことにした。


 騎士に庭へと案内される。

 舞踏会の最中、レリアと同じようなことを考える人間のために、庭は照明魔法である程度明るくしているのだという。騎士の言うとおり、庭にはいくつかの照明魔法が浮いていた。


 レリアは空いているベンチに座り、ふうと一息つく。騎士は近くに立ってくれた。

 まだ少し時間が早いのか庭にはレリアの他にぽつぽつと人がいる程度。

 会場の熱気がすごかったので、ひんやりとした夜風が気持ちいい。


(舞踏会って疲れるものなのね……)


 ダンスは最初にエドガルドと踊っただけだ。あとは、ひたすらにこにこ笑っていただけ。話しかけてきた貴族たちは、エドガルドが全部対処してくれたといってもいい。なのにこんなに疲労感があるのは、気を張っていたからだろう。


(初めての舞踏会って考えたら、及第点よね)


 とびきりのドレスで着飾って、フロアで踊る。ずっと憧れていたことだ。

 まさかそれが隣国アブストラートでの舞踏会になるとは考えてもみなかったけれど。

 どれくらい佇んでいただろうか。


 ――また、嫌な視線を感じた。レリアはぱっと辺りを見回す。しかし、怪しそうな人影はいない。気のせいだったのだろうか。


(早く戻った方がよさそうだわ)


 レリアは騎士に声をかけようとした。そのとき。うっ、という騎士のうめき声が聞こえた。

 え? と疑問に思う間もなかった。

 後ろから何者かに羽交い締めにされる。声を上げようとした瞬間、鼻の辺りにつんとした臭いのする布が押し当てられた。

 まずい、と思ったときには既にレリアはそれを吸い込んでいた。


「……」


 意識が遠のいていく――。


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