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18. いざ舞踏会へ

 ――舞踏会当日。


 エドガルドとは、あのダンスの練習以降会っていない。

 気になるのは、この一週間ほどでにわかに王太子の件に動きがあったという噂が王宮を駆け巡っていることだ。誰、とは明言されていないのだが、皆、当然のようにエドガルドが次の王だと思っている。

 いわく、次の舞踏会で発表になるらしい、と。

 素直によかった、と思うものの、王太子に決まったのならそれをエドガルドの口から直接聞きたかったなとちょっとさみしくなってしまう自分もいる。複雑だ。

 こうなるとニコロの動きが気になるが、テレーザ曰く「不気味なほど大人しくしている」らしい。

 緊張で昨晩はあまり眠れなかった自分に、子どもかとレリアは苦笑してしまう。


 今日行われる舞踏会は、年に一度、アブストラート中の貴族を集めて行われる労いの意味が強いものらしい。

 舞踏会は夕方からだというのに、昼前にはもう侍女が部屋にやってきて入浴を促された。身体の隅々まで丁寧に洗われた後、香油を使ったマッサージを受ける。それからようやく着替えだ。

 アブストラートに来た当日のことを思い出す。あのときも、国王陛下にお目通りするということで、かなり準備に力が入っていた。


(舞踏会のたびにこんな大事になっているなんて、世の中の令嬢は体力勝負なのね)


 エドガルドから昨日届いたばかりのドレスに袖を通す。

 エドガルドがレリアのために生地から選んだというドレスは、レリアの瞳の色を意識した目が覚めるような青色のドレスだ。上半身はレリアの身体のラインに沿うようになっている。下に黒いチュールを何枚も重ねたスカートも膨らみ自体は控えめで、上半身からなめらかにラインが続いていた。共布のフリルとリボンがアクセントにところどころ飾られているが、甘すぎるということはない。

 銀色の髪は、横の髪を少し垂らしつつ、後ろは編んできっちりまとめる。

 アクセサリーはサファイアのイヤリングとネックレス。ドレスがシンプルな分、シルバーの土台に宝石がちりばめられたネックレスはデコラティブなデザインだ。

 この装飾品は二つとも――アブストラート王家に伝わる品物だ。エドガルドは宝石まで見立てる時間がなかったようで、どういう流れか王家のものを借りることになってしまった。正規の手続きをしているから大丈夫ですよ、と侍女が笑っていたが、そういう問題ではない。まだ買ってもらっていた方が気が楽だったかもしれない。というか、絶対楽だった。


「なんだか緊張するわ」


 キラキラと輝く胸元の宝石を見ながら、レリアがぼやく。


「大丈夫ですよ。たとえ落としたとしても追跡魔法がついてますので」


(それは安心していいのかしら……?)


 鏡に映るレリアはいっぱしの姫君のように見えた。これなら麗しいエドガルドの隣に立っても、それなりにつり合いがとれるような気がする。


「おきれいですわ。きりっとしたお顔立ちがよく映えるドレスですわね」

「さすが。殿下はレリア様のよく似合うドレスをわかってらっしゃる」


 侍女たちが褒めるように、エドガルドの贈ってくれたドレスはレリアによく似合っていた。しかもデザインにさりげなくフリルやリボンなどの甘さがあるところがレリア好みだったりする。こんなこと、言ったことはないはずなのに。

 ちなみに今日はテレーザも貴族令嬢として舞踏会に参加するのでこの場にはいない。


「いよいよレリア殿下のお披露目ですね」


 レリアは曖昧に微笑んだ。

 今日は「国賓であるレリアを第三王子エドガルドがエスコート」という図式なのだが、どうも婚約発表を行うと思っている人が多いらしい。エドガルドが次期王太子に決定したことと同時に婚約も発表されるのではないか、と思われているのだ。

 少なくとも婚約発表の予定はないので、なんだか申し訳なくなってくる。

 支度が終わったので、侍女に一度下がってもらう。

 初めての舞踏会。気分が高揚しているのには変わりない。


(社交界デビュー、お兄様にも見てもらいたかったわ)


 兄とは手紙のやりとりをしているが、ドロテ妃が絶対に監視しているので当たり障りのない内容しか書けない。ただ、社交界デビューについては、ファビオがシランドルへ行く用事があるということだったので、そのときに直接伝えてもらっている。


 シランドルの貴族令嬢は、通常十六で社交界デビューを行う。

 レリアが十六になったとき、本当はユベールが社交界デビューに向けて動いてくれたのだ。母の実家に掛け合い、ドレスを用意する算段もした。

 でも、それを頑なに固辞したのがレリアだった。

 レリアがデビューすることになったら、ドロテ妃が確実に邪魔してくるのは目に見えている。ただでさえ婚約破棄と無能王女の名でレリアの評判は地に落ちていた。兄に余計な心労をかけなくて済むなら安いものだ。

 だがそれを兄が申し訳なく思っていることも知っていた。気にしなくていいのに。レリアさえいなければ兄はもっと自由に動けたはずだ。自分がわかりやすい兄の弱点だった自覚はある。


 レリアはふうと息をつく。緊張で胸がどきどきしてきた。


(大丈夫)


 レリアは鏡に映った自分を見て、そう言い聞かせる。

 先日のマナーの授業でも太鼓判をもらっている。しかも隣にはエドガルドがいるのだ。

 そこまで自然に考えてから、レリアは自分が少なくとも隣にいれば心強いと感じるくらいエドガルドを信頼していることに気づいた。


「用意できたようだな。姫」


 ふいにエドガルドの声がして、レリアは慌てて振り返った。

 既に支度を終えたエドガルドがそこにはいた。


「エドガルド殿下! そのまだ、約束の時間までは少しあるのでは?」

「着飾った姫を見るのが待ちきれなくなったんだ」


 エドガルドがあまりにも真面目に言うものだから、レリアの胸は高鳴る。

 今日のエドガルドは華やかな礼装に身を包んでいた。青地に銀の刺繍が施された上着、カフスボタンにはサファイアが使われていた。明らかに隣に立つレリアを意識しているのがわかる組み合わせに、レリアはなんだか落ち着かない。

 舞踏会ではパートナーとお互いの色を纏うことがある、というのは聞いたことがあるけれど、それはもっと関係が深い者同士がすることのはずだ。レリアは青の下にそっとのぞく黒いチュールのフリルを見ながら思う。こちらは目立たないから気づく人は少ないかもしれない。


「――よく似合う。俺の目に間違いはなかった」


 侍女の手によって華やかに仕上げられたレリアを見て、エドガルドは目を細めた。


「君にはやはり青が一番似合う。何度見ても、姫に俺の選んだドレスを着てもらうのはいいものだな。世の中の男がこぞって女性にドレスを贈りたがる理由が理解できた」


 嬉しそうに微笑むエドガルドのその表情は、どこか満足げでもあった。

 まるで本当の婚約者に向けられるような言葉に、レリアは戸惑いすら覚える。


「そうだ。言うのを忘れていた。久しぶりだな。姫。会いたかった」


 レリアに向けられる琥珀色の瞳はとても優しい。

 レリアとエドガルドは、部屋にあるソファに並んで座った。


「君の顔を見れないのが、こんなにしんどいとは思わなかった」


 エドガルドは大げさにため息をつきながら、こんなことをさらりと言う。

 こういう思わせぶりなことを言うのは心臓に悪いのでやめてほしい。

 ――レリアの胸の鼓動が跳ねたのはきっと気のせいだ。


「お仕事はどうだったんですか?」

「残念ながらあまりうまくいかなかった。なんとか今日までに片を付けたかったんだが」


 エドガルドは悔しそうだ。おそらくニコロのことだろう。

 しらを切るのだけはうまい、とこれもテレーザが言っていたことだ。


「でも、あと一歩というところまできた。本当は何の憂いもなく君とダンスを踊りたかったんだが……焦って敵を逃すことだけは避けなければならないからな。そういうわけで、今日は俺の周りをあまり離れないでくれるとありがたい」

「わかりました。というか、そもそもこういう場は初めてなので、一人でいられる自信がありません。だから、なるべく一緒にいていただけると助かります」


 レリアが大真面目な顔で言うと、エドガルドが嬉しそうに笑う。


「もちろんだ。まあ、姫ならきっと社交にもすぐ慣れるだろうが……それはまたの機会に」

「またの機会……。あるんですか?」

「あるといいと思っている」


 思わず尋ねると、真面目に返されてしまった。なんだか恥ずかしくなって、レリアは慌てて話題を探す。


「そういえば、ここのところ王太子に対して進展があったという噂がありますが、本当ですか?」

「……少なくとも今日発表はないな」


 よかった、とレリアは思う。何が? と自分に問いかけて、知らない間にエドガルドが王太子になっていることがなくてよかったんだと気づく。

 ――どうして?


「どうした? 姫」


 黙り込んだレリアの顔をエドガルドが覗き込んでくる。端正な顔が思ったよりも近くにあって、レリアは驚いた。


「な、なんでもありません!」


 思わず声がうわずってしまう。

 ちょうどそこへ、侍女が呼びに来た。どうやら時間になったらしい。

 エドガルドが身体を起こして――顔が離れてほっとする。

 エドガルドの整った顔が近くにあるのは非常に心臓に悪い。

 そんなレリアの動揺などきっとエドガルドは気づいていないのだろう。そう思うとちょっと悔しい。


「では。姫。行こうか」


 エドガルドの差し出す手をレリアは取った。いよいよだ。


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