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16. うれしい誘い

 翌朝。「驚異の回復」を見せたエドガルドに医者は驚いていた。怪我もたいしたことはないが念のため今日一日は安静にしているように、と告げて部屋を去って行く。


 医者は特に不審に思わなかったようだ。隣でファビオと共に診察を見守っていたレリアは、ほっと一息をつく。

 ファビオがレリアに視線を向ける。


「本当にレリア殿下がいてくださって助かりました」

「いえ。お役に立ててよかったです」

「殿下もこれに懲りて、無茶をするのは自重していただけると助かるんですが」


 ニコロはちらりとまだベッドの上にいるエドガルドを見る。


「少しは考えるようにする。確かに姫がいなかったら危なかった」

「下手したら死んでいたかもしれないんですよ」

「ああ。だから、少しは考えると言った」


 反省の色があまり見えないエドガルドに、はあとファビオがため息をついた。諦めたように小さく首を振る。


「レリア殿下に十分感謝して、今日は一日ゆっくりしてください」


 そう言ってファビオは部屋を出て行ってしまった。

 レリアとエドガルドが部屋に残される形になる。

 ふと視線が合うと、エドガルドがふっと笑った。


「本当に姫のおかげで助かった。感謝する」

「いえ。昨日も言いましたが、これが私の役目ですので。礼なら兄に――」

「だが俺を直接助けてくれたのは、君だ。何度も礼を言っても足りない。ファビオの言うとおり、命の危険もあっただろう。俺が今ここにこうしていられるのは君のおかげだ」


 レリアの言葉を遮って、エドガルドがきっぱりと言い切る。琥珀色の双眸がレリアを捉えた。じっと見つめられて、思わずどきりとしてしまう。


 「礼といってはなんだが――来月の舞踏会、俺のパートナーとして参加してくれないか?」

「舞踏会、ですか?」


 思いがけない申し出にレリアはまばたきをした。

 レリアは婚約者という名目でアブストラートに来ているが、それはあくまでかりそめだ。一年を目安に、事態が落ち着いたらレリアは国に帰ることになる。

 公の場にレリアを誘ってくれるとは思っていなかったのだ。


「ああ。もともと陛下には君を誘うように言われていたんだ。その、君を婚約者だと正式に発表するわけじゃないから安心してほしい。ただ、来月の舞踏会は王家主催の大きなものだ。あくまで国賓として参加して楽しんでほしいんだ。陛下もそれを望んでいる」


 エドガルドがレリアの様子をうかがうようにじっと見つめる。


(舞踏会――)


 レリアは胸がいっぱいになるのを感じていた。

 華やかな社交界は、ずっとずっとレリアが指をくわえてみていたもの。

 今は耐えるときと言い聞かせて、ひたすらに自分の心を押し殺していた。

 まさかの誘いにレリアは言葉がなかなか出てこない。


「もちろん気が進まないなら――」

「いえ。出ます!」


 レリアは慌てて答えた。思ったより大きな声が出てしまって、エドガルドが目を丸くしている。どうしよう。恥ずかしくなってレリアはまくし立てる。


「いや、その、誘っていただいて――とても嬉しいです」


 ぷっとエドガルドが吹き出した。


「喜んでいただけて何よりだ」

「ただ、本当に私が殿下のパートナーとして参加してもいいんですか?」


 婚約者と明言はしていなくとも、エドガルドが隣国の姫を伴って舞踏会に出席したら意味深ではないだろうか。


「俺のことを気にしてくれるのか? もちろん、姫のような美しい女性をエスコートできるのは光栄だ。俺から誘ったのに迷惑なわけがないだろう?」


 エドガルドが嬉しそうに微笑む。その表情の柔らかさにレリアの鼓動が小さく跳ねた。


「ならよかったです。ただその、一つ懸案があるのですが――」


 レリアは恥を忍んで勇気を振り絞る。

 エドガルドはユベールの友人だ。レリアの置かれていた状況も把握しているだろう。ここで下手に見栄をはってはいけない。


「私、実は舞踏会に出るのが初めてなんです」


 十五のとき、少しだけ社交の場に顔をだしていたけれどお茶会レベルのものだ。婚約者だったクレトとは躍ったこともない。そして本格的な社交デビューの前にレリアは離宮に引きこもっている。


「問題ない。まだ舞踏会まで二週間以上ある。講師を手配するから復習すればいい」


 案の定、エドガルドの反応はあっさりとしたものだった。


「ありがとうございます。助かります。その、一通り教育は受けているんですけど、やはりちょっと心許なくて」

「気にするな。こちらからお願いしているんだから。君が気兼ねなく楽しめるのが一番だ」

「そう言っていただけると助かります」


 ほっとするレリアにエドガルドが微笑みかける。


「――姫。君と踊れるのを楽しみにしている」


 琥珀色の瞳に、熱のようなものが浮かんだように見えた、気がした。




 * * *



「エドガルドが狙われた?」


 ニコロの元に、エドガルドが毒に倒れ――そして回復したという知らせを運んできたのは第二騎士団の騎士だった。

 ニコロはわざとらしくならないように驚いてみせる。だが、内心は歯がみしたい気持ちでいっぱいだった。


(――失敗したのか)


 安くない金を払ったというのに。

 もちろん、心の中で渦巻く憎悪を相手に悟らせるようなことはしない。


「それで犯人は?」

「実行犯は捕えましたが、本当の雇い主までは知らなかったようで、今のところ黒幕まではたどり着いておりません」

「そうか」

「エドガルド殿下個人が狙われたのかどうかも含めて現在調査中です。王族を無差別に狙ったという可能性もありますので、ニコロ殿下もお気を付けください」


 心配しているそぶりを見せながらも、騎士がニコロに向ける視線は探るようなものがある。第二騎士団。エドガルドの部下だ。つまり、ニコロを疑っているのだろう。

 だが、そんなことで動揺する人間だと思われているのであればなめられたものだ。


「わかった。私も十分気をつけよう」


 さっさと去れとばかりに軽く手を振ると、騎士は一礼して執務室を去って行った。

 ばたんと扉が閉まったことを確認すると、ニコロは顔を歪めて爪を噛む。


(何故失敗した?)


 計画はうまくいったという報告を受けていた。

 さすがのエドガルドも子どもまでグルだとは思わなかったのだろう。。

 エドガルドに毒を与えることができれば、それでニコロの勝利は確定だった――はず。


 使ったのは遠い国から手に入れた新種の毒。複雑な調合がされていて、一般的な解毒剤はほぼ効果がない。浄化魔法を使えば簡単に解毒できるので、毒はあくまでとどめとして利用することが多い。だがエドガルドに魔法は効かない。それを逆手に取った計画だった。

 なのに。

 まがい物を売りつけられたのだろうか。いや、目の前で効果を確認しているからそれはない。


(凶器に塗っただけでは量が足りなかったということか)


 ニコロはそう結論づけた。

 エドガルドたちは今回の件を調査するだろうが、あいにく、そう簡単に足がつくようなことはしていない。あとはしらを切り通してしまえばいいだろう。

 本当はさっさと終わらせてしまいたいが、周囲が騒がしくなりそうだし、しばらくは大人しくしておくべきか。


(まあいい。もう一つ、毒は残っている)


 もちろん、昨日エドガルドに使った毒とは別物だ。

 忌々しいが少しの間大人しくして――一気に片を付けてしまおう。

 そうだ。エドガルドの婚約者を使うのもいいかもしれない。

 そうと決まったらあとは仕事だ。とはいえ、ニコロは上がってきた報告を確認するだけだ。そのための部下なのだから。



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