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13. 王妃になる覚悟

 一体どんなことを聞かれるのだろうか。


 身構えるレリアをよそに、ロベルタは悠然とメイドを呼びつけ紅茶のおかわりを告げる。

 ロベルタはメイドが去ると、大皿の上から一つの菓子をつまみあげた。クッキーというには丸っこいその菓子をレリアは初めて見た。


「この焼き菓子は、エドが子どもの頃に好きだったものだよ。うちのオリジナルでね。エドがここに来る度にこれを作ってやったものさ」


 そう言うと、ロベルタはそれをぽいっと自分の口に放り込む。


「あんたもほら」


 レリアも勧められるがままにつまんで口に入れる。外はさくっとしているのに中はふわっと柔らかい。素朴な甘さが舌の上でとろける。不思議な食感だった。


「なんだか面白い食感ですね。でも、優しい味で好きです」

「それはよかった」

「――エドガルド殿下は、そんなにしょっちゅうこちらへいらしていたんですか?」


 レリアは気になったことをロベルタに尋ねる。

 レリアも一応王女だったが、母親の実家に行った記憶などほとんどない。


「あの子は三番目だったからね。比較的自由だったんだよ」


 エドガルドが生まれた際、既に上に王子が二人いた。しかもすぐ上の兄のバジーリオは正妃の息子だ。


「というのはいい言い方で、正直なことを言うとあまり期待されてなかったんだ。まあ、魔族の血が濃いってことが判明してからは、逆にちょっと面倒なことになったけど」


 エドガルドの魔法耐性の高さは近年まれに見る特性だった。そこに目を付けて、エドガルドを担ぎ上げようとした者たちもいたらしい。が、それを拒むようにエドガルド、そしてトリエステ伯爵家は第二王子の支持を表明する。そして、エドガルドは兄を武力の面から支えると公言し、騎士の道を選んだのだ。政治の中枢から離れるために。

 武功を上げたけれど、バジーリオさえ健在であれば問題にならなかったはずだ。

 そういえば、エドガルドも後継者教育を受けていないと言っていたではないか。


「そのときは、まさかこんなことになるとは思わなかったからねえ」


 そう言ってロベルタはため息をついた。バジーリオの急逝のことを言っているのだろう。

 第二王子のバジーリオは、エドガルドほどではないが魔族の血も濃く、優秀で、人格的にも優れていたらしい。


「単刀直入に聞こう。レリア姫。あんたは王妃になる覚悟があるかい?」

「――え?」


 思いもしなかったことを問われて、レリアは目を丸くした。ロベルタは非常に真剣な顔をしている。


「あんたがアブストラートに来てからまだ日が浅いのは知っている。それでも、ニコロ殿下とエドの話は耳に入っているはずだ。あんたはニコロ殿下が王になれると思うかい?」

「それ、は……」


 レリアは答えられなかった。一度だけ会ったニコロの印象は必ずしもよいものではなかったのは確かだ。ニコロは尊大だし――想像力が足りない。

 それがロベルタに対して答えになったのだろう。ロベルタは続けた。


「バジーリオ殿下のときと違って消去法かもしれない。でも、エドの前にある道は一つしかない。陛下が沈黙を守っているのは、ニコロ殿下の資質を見るためじゃない。エドが自分でそれに気づく――つまり覚悟を決めるのを待っているからだ。そしてたぶん、あの子も陛下の意図に気づいている。馬鹿ではないからね」


 ニコロが王にふさわしくない以上、残る王子は一人。単純な引き算だ。

 ――エドガルドは王になるのだろうか。ニコロを敵として認識しているにもかかわらず、レリアは自分があまりその可能性を考えていなかったことに気づく。

 レリアはあくまで事態が落ち着くまでの『お守り』だから、現状を把握すれば十分だと思っていたのだ。本人も王になりたくないと言っていたし。


「……あんたをシランドルから連れてきたと聞いたときには、ついに覚悟を決めたのかと思ったんだけど、一向に王太子の話に進捗がない。だから、直接様子を見たかったんだ」

「ロベルタ様はエドガルド殿下に王になってほしいんですか?」


 レリアが思いきって尋ねると、ロベルタは大げさに肩をすくめて見せた。


「まさか。私だって可愛い孫の意思は尊重したいさ。あの子はきちんとした後継者教育を受けたわけでもないからね。勝手なことを言うなっていうあの子の気持ちもわかる。けど、これは個人の感情で片付けられる問題じゃない」


 ロベルタの言うとおりだ。上によって国のあり方は変わる。

 レリアは頼りない父親を思い出した。


「つまり、あんたは将来王弟妃ではなく王妃になる、ということだ。重さが全然違う。あんたがどういうつもりでいるのか、覚悟を問いたかった」

「私は……」


 そもそもエドガルドと結婚する予定はない。『お守り』としてここにいるだけで、ある程度エドガルドの無事が確認できたら自国へ戻るつもりなのだ。そう正直に白状するべきなのはわかっている。でも、ロベルタの迫力に押されて声が出てこない。


「別に今すぐ答えろとは言わないよ。あの子ですらまだ覚悟が決められてないんだ。ただ、あの子の隣に立つということは、そういうことなんだと覚えておいてほしい。せっかく迎えに行った許嫁に逃げられたらあの子もかわいそうだからね」

「わかり、ました」


 レリアはうなずいた。それしかできなかった。


「すまないね。私も孫が心配なんだ」

「いえ。――エドガルド殿下はお身内に恵まれているな、と思いました」


 これは率直な感想だった。本当だったらロベルタはエドガルドに王になどなってほしくなかったという。貴族でそれを言い切れる人間が、どれだけいるだろうか。

 ドロテ妃など、自分の息子を王にするために必死になっているというのに。


「嬉しいことを言ってくれるね。じゃあ、お礼にエドの小さかった頃の話でもしてあげようか」

「本当ですか?」


 にかっと笑うロベルタの話にレリアは飛びついた。純粋にエドガルドがどんな子どもだったのか興味がある。

 ロベルタはレリアにエドガルドが子どもの頃の話をたくさんしてくれた。


 特に興味深かったのは、エドガルドが魔法耐性が高いと判明したときのことだ。もともと魔力は底なしに持っているように見えたが、それだけなら王家の子どもとしてそう珍しいことではなかったそうだ。エドガルドの異母兄二人も同じくらい魔力を持っている。

 判明したのは九歳の時。一緒にいたバジーリオが狙われたのを、エドガルドがかばったのだという。アブストラートの人間は、魔族の血が入っているので、普通の人間よりは若干魔法の効きが悪い。そこでバジーリオを狙った刺客は、最初に魔法を使い武器で追撃するつもりだったらしい。

 突然飛んできた火炎魔法を見たエドガルドは、とっさにバジーリオをかばい倒れた。エドガルドにぶつかった瞬間吸い込まれるように魔法が消えたらしいが、刺客の次の手が迫っていたバジーリオにその理由を確認する暇はなかった。バジーリオはすぐに冷静に刺客からの攻撃を防いで事なきを得る。そして倒れたエドガルドを確認して――彼が無傷だったことに気づく。


 それを聞いたとき、エドガルドらしい、とレリアは思ってしまった。

 この経験があるからこそ、彼は果敢に魔法に向かっていけるのかもしれない。

 エドガルドは自分に求められる役割をよく理解しているのだろう。

 でも。やっぱり胸が痛い。

 ロベルタもエドガルドの魔法耐性については得意げに話しており、レリアと同じような感情は抱いていないようだ。やはり、国民性の違いなのだろう。


 ――どれくらい話をしただろうか。不意に部屋の外が騒がしくなる。たとえエドガルドが迎えにきたとしても、このようにはならないだろう。

 ロベルタが露骨に眉をひそめた。


「いったい――」


 そのとき、おざなりなノックの音の直後に部屋の扉が開けられる。


「レリア様!」


 血相を変えて飛び込んできたのは、ファビオだった。いつもの騎士服ではなく私服であることに胸がざわつく。急に呼ばれた証拠のように思えた。


「大変です。レリア様! エドガルド殿下が重傷を負われました!」




 王宮の客室の一つ。レリアはなるべく平静を装ってノックをした。


 あのあと、レリアはファビオと一緒に馬に乗って王宮へと戻った。馬車よりも少しでも早く戻るためだ。心配そうなロベルタには、エドガルドの容態について落ち着いたらすぐに連絡させると約束してきた。

 どうぞ、と落ち着いた男性の声が聞こえてきて、レリアはファビオと共に部屋の中に入る。部屋には白衣の中年男性と、騎士服を着た青年、そして白いベッドの上に横たわるエドガルドがいた。

 エドガルドの上半身は裸で、左肩から肘あたりまで丁寧に白い包帯が巻かれている。


「……」


 決して軽傷とは言わないが、命に関わるような大けがではないように見えた。包帯が巻かれていない箇所にも傷があるが、これは古傷だろう。見える範囲だけでも目立つ傷跡がいくつかあって痛ましい印象を強くしている。

 それよりも目についたのは、彼の様子だった。表情がどことなく苦しそうで、呼吸も浅い。大粒の汗が額に浮かんでいる。まるで高熱で倒れているときを連想させる。


 ――まさか。


「すみません。婚約者のレリア・ラガルト・シランドルです。その、殿下は」


 はやる気持ちを抑えて、レリアは部屋にいた白衣の男に声をかける。声が少し震えた。


「怪我自体はそんなにひどいものではありません。傷跡もそのうち消えるでしょう。ですが――おそらく凶器の刃物に毒が塗られていたのだと思われます」


 レリアはひゅっと息を吸い込んだ。

 毒。考え得る最悪の事態。


「一応浄化魔法をかけてはみたのですが、殿下は魔法耐性が高い方ですので、無効化されてしまいました。今、一応薬師に毒の解析をさせていますが、いつまでかかるか……。立場上、ある程度身体を毒に慣らされていて、さらに体力もある方ですからまだこうして持っておりますが……今晩が峠でしょう」


 医師と思しき白衣の男が重々しく述べる。


(一体、何が起きたの?)


 エドガルドは強い。が、だからこそ自分が前に出てしまう。今回もそうだったのだろうか。

 気になるけれど、事態は一刻を争う。

 レリアはファビオを見た。レリアの精霊術をここで使っていいのか知りたかった。ファビオはゆっくりと首を振る。つまり、だめだと言うこと。


「すみません。私が殿下の側についていてあげたいのですが、いいでしょうか?」


 レリアは医者に尋ねた。


「何かありましたらおよびいたしますので」


 医者はエドガルドの様子が気になるようだったが、レリアの真剣なまなざしに負けたのか引いてくれた。


「わかりました。もし何かありましたら、王宮の医務室まで連絡をください」


 はいとレリアは神妙な顔で答えて医師を見送った。

 次は騎士だ。今度はファビオが口を開く。


「あなたも、殿下のことは私とレリア殿下にまかせて、休みなさい」

「ですが」

「それがいいと思います。あなたの顔色もあまりよくないわ。心配なのはわかりますが、私たちに任せてください」


 抵抗する騎士にレリアは重ねる。一応、エドガルドの部下だけあって、レリアが何者かは把握しているらしい。さすがに他国とは言え王女には逆らえなかったのだろう。渋々と言った風情で部屋を出て行った。

 残されたのはエドガルドとファビオとレリア。


「これで、精霊術を使っても大丈夫、なんですよね」

「そうですね。一応念のために」


 ファビオが呪文を唱えると、結界が張られたのがわかった。


「防音結界です」

「ありがとうございます」


 精霊術と魔法は違う呪文を使う。盗聴対策は必要だろう。レリアに魔法と同じ呪文で精霊術を使う技術はない。

 レリアはファビオに礼を言うと、エドガルドの近くに立った。

 エドガルドは固く目を閉じている。時折苦しそうな声が漏れる。

 早くこの苦しみから救ってあげたい。レリアは強くそう感じた。

 ファビオは佇むレリアのことをせかすこともなく、見守ってくれている。

 浄化術はコルディエの授業で取得済みだ。問題があるとしたら、実践が初めてだということ。

 でも。


(今は、自分を信じるしかないわ)


 レリアは、エドガルドの『お守り』なのだ。ユベールだって、こういう事態をある程度想定していたからこそ、レリアをエドガルドの側につけることを決めたのだろう。

 レリアは両手をエドガルドの胸の辺りにかざす。


(どうか、効果がありますように)


 願いながら、レリアは浄化術の呪文を口ずさみ始めた。


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