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12.何の罰ゲーム

 仕立屋が来てから十日弱。


 レリアはエドガルドと共に馬車に乗っていた。王族が非公式で出かける場合に使うという馬車は、紋章もないどこにでもありそうな箱型馬車だ。この馬車を外で見かけても、誰も王族が乗っているとは思わないだろう。ただ、見た目によらず作りはかなり強固なのだという。

 向かっているのは、王都セラータの郊外にあるエドガルドの祖母の屋敷。


 国王の第三妃であるエドガルドの母は、伯爵家の出だ。国内の政治バランスを鑑みて国王のところに嫁ぐことになったらしい。完全なる政略結婚だけれど、仲はそんなに悪くないという。レリアも一度挨拶をしたけれど、おっとりとした美しい女性だった。


(まあ、政略結婚とはいえ、相手を尊重すべきなのよね)


 レリアの両親も政略結婚だった。そして、お世辞にもその仲はいいとはいえなかった。

 父の性格上、妃はしっかりした年上の女性がいいだろうと、祖父は姪である母を選んだらしい。母の方は貴族の責務として割り切っていたようだけれど、納得しなかったのが父だった。子どもの前で取り繕うという発想すら父にはなかった


 そんな両親を見ているので、レリアは正直あまり結婚に夢がない。兄の決めた相手で兄のためになるなら誰でもかまわない、と考えているのもそのためだ。

 ただ父とは違い、相手のことは最大限に尊重しようと思っているが。


 何せ、父は結婚前からドロテ妃と関係を持っていたのだ。祖父は「婚約者がいると知っていながら取り入る令嬢にろくな人間などいない」と側妃にすることすら嫌がったが、最終的にドロテ妃の妊娠がきっかけで渋々認めたという。

 嫌なことを思い出してしまった。もっと楽しいことを考えよう。


(そういえば、私、馬車に乗るのずいぶん久しぶりだわ)


 母が健在の頃は、夏には避暑地にある別邸で過ごしていたから、その移動で馬車に乗っていた。が、母が亡くなって以降、王宮に外に出る機会がなくなっていた。

 アブストラートに来る際は、馬車に乗る気満々だったのに、まさかの転移魔法。

 レリアは窓の外に視線を走らせる。王都セラータの賑やかなところを走っているのか、とても活気があるように見えた。


「今は、どこを走っているんですか?」


 向かい側に座っているエドガルドに尋ねる。エドガルドも今日は騎士服ではない。黒い上着とズボン。ただ、ウェストコートが落ち着いた青と色味があるのでそれがおしゃれだと思う。

 ちなみにレリアは、この前の仕立屋が特急で仕立ててくれた水色のデイドレスを着ている。エドガルドが楽しそうに選んでいた服の一つだ。確かに自分のサイズに仕立てられた服というのは、特別な感じがする。

 エドガルドが「似合う」と褒めてくれたのが嬉しかった。


「セラータの大通りだな。どちらかというと貴族や富裕層向けの気取った店が多い。この前来てもらった仕立屋も、ここの通りにあるんだ」


 レリアは外の光景に釘付けだった。

 大通りは景観のために建物の外観は白で統一されているらしい。大きく目立つ看板。店先には目を引く色とりどりの品物が置いてある。服飾系の店が多そうだ。

 考えてみれば、自分の故郷であるシランドルの街すらろくに見たことがない。


「すごく活気があるんですね」


 馬車の窓からも、多くの馬車や人が行き交っているのが見てわかる。許されるならレリアも馬車から降りて街をじっくり見学したい気分だ。もちろん無理なのはわかっている。


「アブストラートで一番大きな通りだからな。ただ、面白いのはここじゃない。この先を左に曲がったところにある通りでは毎朝市場が開かれている。アブストラートだけじゃなく、近隣国の品物も多く並んでいるんだ。掘り出し物も多くあって面白いぞ」

「そうなんですか!」


 レリアは目を輝かせながらエドガルドを見た。とっても気になる。

 エドガルドがほんの少し呆気にとられたように口をあけてから、それからごほんと咳払いをした。


「ああ。今すぐは無理だが――落ち着いたら姫も一緒にでかけようか」

「本当ですか! 楽しみにしています」


 エドガルドの言う市場とはどういうものなんだろう。考えるだけでわくわくしてくる。

 レリアはすぐに馬車の窓に視線を向けたので、エドガルドがまぶしいものを見るように目を細めたことに気づかなかった。

 大通りも王宮から離れるに従って、人通りが少なくなる。完全にのどかな田園風景になる。

 しばらく走ったところで、立派な屋敷が見えてくる。そこで馬車が止まった。




 エドガルドにエスコートされて、馬車を降りる。あらかじめ屋敷の人間には話がついていたのだろう。執事と思われる中年男性が客間に案内してくれる。

 黒と木目調を基調に落ち着いたトーンでまとめられた客間で待ち構えるように迎えてくれたのは、気品のある老齢の女性だった。なんとなく目元がエドガルドに似ている、気がする。


「よくいらっしゃいました。殿下」


 上品に微笑む女性に向かって、エドガルドがため息をつく。


「いつもそんな呼び方しないでしょうに。普通に話してください」

「ああ。じゃあ、遠慮なく」


 女性はいたずらっ子のようににやっと笑う。


「姫。彼女が俺の祖母のロベルタ・トリエステだ」


 痩せ気味だが背筋はきちんと伸びており、いたって健康そうだ。髪の毛は大半が白くなっているが、黒が混じっている。目の色は赤みがかった茶色だった。

 レリアもマナーに則って自己紹介を行う。

 が、ロベルタはレリアをじっと見つめてくる。何か粗相があったのかとレリアは身構えてしまったが、隣にいたエドガルドがぽんと励ますように肩を叩いてくれたので力を抜いた。


「お祖母様。姫をそんなに見つめないでいただけますか。穴が空きます」

「いやあ。悪いね。かなりべっぴんさんだったから驚いたんだ。気を悪くしないでおくれ」


 かっかっかっと笑うその姿は、第一印象とはかなり違う。かなり豪快な人のようだ。


「我が孫ながら、こんな美人を嫁に出来るなんて幸せものだ」

「まあ、それは認めますが」


 エドガルドがあっさり肯定するものだからレリアが反応に困っていると、ソファに座るように勧められる。すぐにメイドが紅茶とお菓子を運んできてくれた。

 エドガルドと並んで座る形になるが、もともとのソファがそんなに大きくないのか、距離が少し近い。ロベルタがエドガルドを見て意味ありげにため息をついた。


「必死だね。エド。まあ、面白いからいいけど」

「放っておいてください」

「放っておけないよ。やっと、という話だからね」


 やっと、というのはエドガルドにやっと婚約者が、ということだろうか。レリアからすれば二十一はそこまで遅くないと思うが、ロベルタの時代はまた違ったのだろう。

 エドガルドは咳払いをすると、まっすぐ視線を祖母へと向けた。


「お祖母様。申し訳ありませんが、余計なことは仰らないでもらえますか? 彼女はこちらに来ることは了承してくれましたが――今は俺が口説いている最中なんです。なので、お披露目ももう少し待っていてください」


 ロベルタは大げさに目を見開いて見せた。


「なんて情けない。せめて私に迎えが来る前にお披露目しておくれよ」

「何を言っているんですか。あと百年は生きそうじゃないですか」

「お前、口説くのに百年もかける気かい?」

「そういう話じゃありません」


 反論を諦めたのか、エドガルドがため息をつく。

 この二人の会話はテンポがよくて面白い。やり込められているエドガルドがなんだか新鮮に感じて思わず口元が緩む。

 それからも二人の会話はめまぐるしく続いていく。王宮の近況になった。エドガルドの母親の話のあと、ふとロベルタの顔が真面目になる。


「まだ、陛下は静観しているのかい?」

「……俺は何も知りません」


 ロベルタが指しているのが王太子の件だと気づいたのだろう。途端にエドガルドの表情がこわばった。


「お前の目から見て、ニコロ殿下は王になれそうなのかい?」

「……不用意な発言は控えます。兄上なりに努力はしているはずです」

「そうかい。私としては国民のことを考えて政治をしてくれる王であれば、誰でもいいよ」


 しん、とする。

 二人の会話が途切れたのは、これが初めてとも言ってよかった。

 なんとなく居心地の悪さを覚えてレリアが視線をさまよわせていると、ばちっとロベルタと視線が合う。


「えっと……」


 にこっとロベルタが笑った。


「せっかく来ていただいたんだ。こんなつまらない話より、あんたのことを聞くべきだったね」


 どうやら標的は完全にレリアに移ってしまったらしい。


「お祖母様」


 咎めるようにエドガルドが言うが、ロベルタはどこ吹く風だ。


「いいじゃないか。お前が聞けないようなことまで私が聞き出してやるよ。どうせお前のことだから、うじうじして肝心なことは何も言えてないんだろう」


(うじうじ……)


 エドガルドはこの国の英雄的な存在だ。そのエドガルドに向かって「うじうじしている」なんて評せるのはきっとロベルタだけだろう。


「それで、レリア様。ズバリきくよ。エドガルドの顔についてどう思う?」


(いきなり来た!)


「か、顔ですか」

「まあ、私がいうのもなんだけどね、この子、顔だけはいいと思うんだよ。王家とトリエステ家のいいとこ取りだ。だから、昔から『口説きたい女性が出来たら、その顔を存分に生かせ』って言ってきたんだけどね。ただ、あんたは他国の出身だから、美に対する基準が少し違う可能性もある。エドの顔が生かせるかを知っておきたい」

「えっと……」


 隣のエドガルドまで、少しそわそわしているのがわかる。ここは受け流すか、むしろロベルタをたしなめてもらわないと困るところなのに!


(どう反応するべきなの?)


 しばし迷って、レリアは結論をだした。

 ここは嘘をつくべきではないだろう。素直に答えるまで追及は終わらない気がする。それに、ロベルタは、エドガルドの顔について聞いているだけであって、本人について聞いているわけではない。うん。そうだ。


「その、すごくかっこいいと思います」


 レリアは腹をくくって正直なところを答えた。


「へえ。それはよかった」


 ロベルタは面白そうにエドガルドに視線を向けた。


「そうなのか? 俺はユベールとかなり顔の系統が違うと思うが」


 エドガルドがレリアの方を見て、少々勢い込んで尋ねてくる。まさかエドガルドがこんな風に食いつくとは思わず、レリアは非常に戸惑った。


「君はユベールみたいな男が好みというわけではないのか?」

「まさか。お兄様はお兄様ですよ。エドガルド殿下は甘さは少ないですがそれが精悍でいいというか、その、エドガルド殿下の方がかっこいいと思うというか……」


 恥ずかしさをこらえてレリアは答える。何の罰ゲームだ。


「そうか。よかった」


 レリアの回答を聞いてエドガルドは心底安堵したように微笑んだ。


「……」


(特に笑顔が反則級……だからどきどきしちゃうのよね。絶対言わないけど)


 それからもロベルタの質問は続く。最初に爆弾を落とされたから警戒していたレリアだけれど、それ以降の質問は、アブストラートの印象や今興味があることなど、至ってまっとうなことばかりだった。


 そんな風に話をしていると、廊下からせわしない足音が聞こえてくる。

 こんこん、と焦りを表しているような荒々しいノックがした。

 立ち上がろうとするロベルタを制して、エドガルドがすっとドアへ向かう。高齢のロベルタを思いやってのことだろう。

 レリアは身体をひねってドアの方の様子をうかがう。

 どうやらもともとエドガルドに対して用事があったらしい。エドガルドの顔が厳しくなったのがわかった。


「わかった」


 少し固い声で答えると、扉を閉める。


「お祖母様。すみません。仕事で急用が入りました」


 それでは急いで王宮まで戻らなくてはならないだろう。レリアも腰を上げようと思ったときだった。


「お前も大変だね。じゃあ、レリア様はこちらに置いていっておくれよ」

「は?」


 エドガルドのように声にこそ出さなかったが、驚いたのはレリアも同じだった。


「その方が早いだろう。一人なら単騎でも戻れる。馬なら貸してやるよ。早く終わりそうならお前が迎えに来ればいいし、無理そうならば別途迎えを手配してやればいい。違うかい?」


 エドガルドは渋い顔をしていたが、ロベルタの言っていることは間違っていないと思ったのだろう。わかりました、とうなずいた。


「なるべく早く終わらせて、姫を迎えに来ます。姫はそれでも?」

「はい。かまいません」


 どうせ王宮に戻ったって特別やることがあるわけでもない。それに、レリアはロベルタに好感を持ち始めていた。たまに回答に困る質問を投げてくるけれど。


「私はここでエドガルド殿下をお待ちしています」


 エドガルドはほんの少し目を見開いて「そうか」と言う。


「わかった。なるべく早く終わらせて迎えに来る。お祖母様、姫のことをよろしく頼みますよ」

「当たり前だよ。お前の将来の嫁だからね。丁重に扱うさ」


 エドガルドは慌ただしく部屋を出て行った。


「まったく、騎士っていうのも大変なものだねえ。休日くらいそっとしてやればいいのに」


 エドガルドが去った部屋で、ロベルタが大げさに息を吐き出す。


「仕方ありませんよ。それが殿下のお仕事ですから」

「そうやって物わかりのいいフリばかりしているとあとが大変だよ」


 ロベルタが肩をすくめたので、ははは、とレリアは乾いた笑いを浮かべた。


「まあ、エドもいなくなったし、いい機会だ。いろいろあなたに聞きたいことがあるんだよ。エドの前では聞けないような話がね」


 ロベルタがにやっと笑う。なんとなく、背中に冷や汗がつたう。

 さっきの質問はかなり手加減していたということなのだろうか。

 もしかして、レリアは選択肢を間違えてしまったのかもしれない。ほんの少し笑顔が引きつったことを自覚した。

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