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9. 魔法が効かないということ

(なんだか妙に目立っている気がする……)


 レリアは侍女のテレーザと共に騎士団の訓練場へ向かっていた。

 今日は、月に一度行われる騎士団の模擬試合の日。気を利かせたファビオが見に来ないかと誘ってくれたのだ。第二騎士団の団長であるエドガルドももちろん参加するらしい。


 今日レリアが着ているクリーム色のデイドレスは、裾にひっそりと黒いレースがあしらわれているシンプルなものだ。銀色の髪はハーフアップにして後ろにリボンを結んでいる。

 テレーザはもう少しドレスアップさせたかったようだが、夜会に行くわけでもないのでこれで十分だと思う。

 そんなテレーザも今日は紺の侍女のお仕着せではなく、柔らかい黄色のドレスを着ている。


 妃教育は王宮の居住区やその近くを使うことが多く、こうして王宮の建物の外まで出てきたのは初日にエドガルドに敷地内を案内してもらって以来のことだ。

 そのせいだろうか。どうも周囲から視線を感じて落ち着かない。

 騎士団の訓練場へと続く渡り廊下は人の行き来も多いこともあるのだろう。


「テレーザ。なんだか見られてない?」

「レリア様の銀の御髪はとても目立ちますからね」


 思わずテレーザに耳打ちをすると、彼女がにこにこと答える。


「レリア様はまだ正式にお披露目されていませんが、エドガルド殿下がシランドルから婚約者を連れてきたことは有名ですから」


 なるほど。初日にあれほど婚約者だと主張していれば、噂が駆け巡るのも時間の問題だろう。王宮に噂が広がるのが早いことは、レリアは身をもって知っている。そしてそれは場所が違ってもそう変わらないはずだ。


(ここでも銀髪が目立つことは確かなのよね)


 アブストラートは、黒髪の人間が圧倒的に多い。黒髪は魔族の名残だと言われている。もっとも、最近は血が薄くなったこと、周辺国との人間と子をなす者が増えたことで、少しずつではあるが様々な色を持つ人間が生まれているそうだ。といってもまだ少数派。


 レリアの銀髪はよそ者の証。つまり、レリアが普通に歩いているだけで「エドガルドの婚約者」だとわかるのだ。

 見られるのは気になるが、シランドルの王宮を歩いているときに感じたような侮蔑を含んだ視線はない。純粋な好奇心のようだ。


(まあ、誰だって自国の王族の婚約者は気になるわよね)


 レリアはそう割り切ることにした。


 騎士団の訓練場に着く。

 訓練場といっても闘技場に近い作りで、観客席がきちんとあり、既に多くの座席が埋まっていた。目立つのはきらびやかなドレスを着た令嬢だ。なんとなくテレーザがレリアを飾り立てたがった理由を理解する。

 アブストラートには第一から第四まで四つの騎士団があるのだが、模擬試合はその四つの騎士団すべてが参加する合同演習のようなものらしい。騎士団の力を外に知らしめる意味もあって、申し込みさえすれば誰でも見られるようになっている。


「最近は人気がありすぎて、一般席は抽選らしいですよ」


 おそらくレリアより楽しみにしていたテレーザが弾んだ声で言う。

 レリアが案内されたのは、特別な客のために用意されたスペースだった。屋根があり席も一般のものよりゆったりしている。少し高い場所にあるので、訓練場全体の様子がよく見えた。


「始まりますよ。レリア様」


 隣に座るテレーザは、目をきらきらさせながら訓練場の方を見ている。

 出場者は騎士団内で選抜された実力が確かな者ばかり。新人騎士にとって、この個人の戦いに出ることが一番初めの目標になるらしい。


 二人の騎士が訓練場に入ってきた。令嬢たちからわあっと歓声が上がったことから察するに、それなりに人気がある騎士のようだ。

 ちなみに二人とも黒い騎士服だが、制服につけているバッジ色でどの騎士団所属かわかるのだという。紫と青――つまり第一騎士団と第二騎士団だ。言われてみれば、エドガルドも青いバッジをつけていた気がする。

 試合が始まった。


(すごい……)


 レリアが騎士の模擬試合を見るのは、もちろん初めてだった。想像以上に迫力がある。

 魔族の血を引くアブストラートの国民は、普通の人間よりも多く魔力を持っている。なので、騎士といえば基本的に魔法騎士なのだという。

 時折魔法を交えながら、激しい剣戟が行われる。

 一人は火炎魔法、一人は水魔法が得意なようで、水魔法が火を呑み込んだと思えば、逆に火炎魔法が水を蒸発させてしまうこともあった。そのたびに会場が沸く。

 もちろん、訓練場にはあらかじめ結界が張ってあり、客席の方まで被害が及ばないようになっている。

 レリアは手に汗握りながら、固唾を呑んで試合の行方を見守る。


(攻撃魔法ってこんなにもすごいのね……)


 白熱した戦いが繰り広げられたが、結局、火炎魔法が得意な騎士が勝利した。


 次の試合も始まる。今度は二人とも攻撃魔法ではなく肉体強化魔法の使い手らしい。

 先ほどの魔法をメインとした戦いとは違った迫力がある。会場中を素早く動き回るのは、目で追うのだけでも大変だ。特に力で押しそうな大柄な騎士が、魔法で敏捷性を上げて攻撃に回っているのは見応えがあった。そのまま大柄な騎士が勝利する。


 その後も試合は続く。

 共通して言えるのは、どの試合も騎士たちが真剣に挑んでいるのがわかること。どの試合も非常に見応えがあり、レリアも隣のテレーザも視線が釘付けになっていた。


 そして最後。


「第二騎士団騎士団長エドガルド・モラーレ・アブストラート!」


 参加者の名前として、エドガルドの名前が高らかに読み上げられる。


(ついに、殿下の番だわ)


 対戦者として第一騎士団の団長の名前が読み上げられる。三十代半ばと思われる対戦相手は、がっしりとした非常に筋肉質な身体をしていた。純粋に力比べをしたら相手の方が圧倒的に上だろう。

 人気のある対戦カードらしく、ひときわ高い歓声が会場に上がる。


「レリア様は、戦う殿下を見るのは初めてですか? とても強いんですよ! 魔法だけじゃなくて剣の腕も一流なんです」


 テレーザの顔は少し得意げだ。


「ふふ。殿下の勇姿に惚れ直しちゃうかもしれませんね」

(ごめんなさい。私たちは特にそういう仲じゃないんです……)


 テレーザはエドガルドとレリアがかりそめの婚約者だということを知らないので、なんとなく申し訳ない気持ちになる。


 レリアとエドガルドのやりとりを見たら、甘さがみじんもないことはわかりそうなものだけれど、どうやらテレーザの中ではエドガルドはレリアが大好きということになっているようだ。兄のファビオが仕事を押しつけるせいで、なかなか二人きりの時間が作れないのだ、とぷりぷり怒っていたこともある。たぶん、エドガルドがうまくそう思わせているのだろう。


 楽しげなテレーザに曖昧な笑みを浮かべて、レリアは会場に視線を向ける。

 さすが騎士団長同士の対戦。試合に入る前の雰囲気からして全然違う。

 所定に位置についた二人が、すっと剣を構えた。


 試合が始まる。

 最初は剣戟だった。最初に攻めたのはエドガルド。一歩踏み込み剣を振り下ろす。第一騎士団の団長はそれをギリギリで受け止め受け流すと攻めに転じた。

 素人目には二人の剣の腕は互角に見える。

 剣同士のぶつかる固い音が青空に響く。

 膠着状態が続き――最初に魔法を放ったのは、相手の方だった。

 エドガルドを複数の火炎球が押そう。一つ一つが人間の頭くらいの大きさだ。

 驚くべきことに、エドガルドはそれをよけようともせずに、さらに足を踏み込んだ。


「え?」


 火炎球がエドガルドを直撃する。

 レリアは思わず目をつむってしまった。


「レリア様。そんな顔なさらなくても大丈夫ですよ。一種のパフォーマンスですから」


 テレーザの優しい声に、レリアは恐る恐る目を開ける。

 火炎球は確かにエドガルドに直撃したはずだった。しかし。

 エドガルドは無傷だった。


「殿下に魔法は効きませんからね」


 テレーザが得意げに言う。エドガルドが魔法をものともしないのがとても嬉しいようだ。

 エドガルドに魔法が効かないことはレリアも知っている。実際に、彼が兄の放った風の刃を握りつぶしたところも見たこともある。けれど。


 相手の魔法の攻撃をよけもせずにエドガルドは攻撃を続ける。

 容赦なくエドガルドに当たる魔法。だがエドガルドは顔色一つ変えない。

 そして、周りの皆もそんなエドガルドの姿を見慣れているのか、平然としている。むしろその姿を期待しているようで、エドガルドが魔法を蹴散らすそのたびにわあっと歓声が上がる。


 テレーザの言うとおり、観客の期待を踏まえた上で二人は戦っているのだろう。

 でも、レリアは観衆のように喜ぶことはできそうになかった。


 別に客たちが悪いわけではない。彼らにとって魔族の血を濃く継ぐエドガルドは誇りなのだ。彼の魔族の血の濃さをこの目で見たいと思うのは仕方ないだろう。

 でも。


(エドガルド殿下は何を思ってるんだろう)


 魔法が効かないことはいいことばかりではない。エドガルドはそれを知っている。


「……」


 相手の剣を振り下ろす速度がわずかに鈍ってきたところをついて、エドガルドが勝利した。

 わああっと訓練場に今日一番の大歓声が響く。

 だが、レリアはそれに混ざれそうになかった。大興奮のテレーザがそれに気づきそうにないのが救いだろうか。


「――浮かない顔をしているな。どうした?」


 ふいに非常に側で男性の声がして、レリアはびくりと身体を震わせた。

 いつの間にか、隣の席に見たことがない男性が座っていた。

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