表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

目覚め

荒廃した世界の大地で、少年は名も記憶も持たず目を覚ます。手がかりは、胸の痛みと「YOL-0039」と刻まれた鉄のタグだけ。かすかに響く“声”に導かれるように、彼は文明の亡骸が眠る都市へと足を踏み入れる。そこで出会ったのは、機械の弓を背負う銀髪の少女リノ。記憶を失った彼女もまた、「巡り人」と呼ばれる存在だった。


崩壊した世界、謎の声、迫り来る「何か」。

過去を忘れた彼らの旅が、今、静かに始まる――。


音がした。

だがその音を誰も聞くことはできない。

音は空間の奥で震え、やがてかすかな震動となって大地を揺らし、冷たい大気に覆われた。

それでもなお、人の耳には届かず、ただ世界の皮膚の下で鼓動を打っていた。

少年は、砂に埋もれた岩の上で目を覚ました。

頭の奥に釘を打たれたような鈍い痛みがあったが、それでも彼は起き上がった。

空は灰色に染まり、太陽はまるで自分の存在を忘れたかのように姿を隠していた。

男には記憶がなかった。

自分が誰で、ここがどこで、なぜ倒れていたのかもわからなかった。

ただ、指先の感覚、冷たい風、そして胸に残る微かな焦げ跡のような痛みだけが、現実であることを証明していた。

足元に、鉄でできた小さなタグが落ちていた。

拾い上げて見ると、「YOL-0039」という刻印が刻まれていた。

「ヨル....俺の名前なのか?」

彼はつぶやき、自分にそう名づけた。

視界の果てに、建物の残骸が見えた。

歪んだ骨格のように空へ突き出す鉄骨、それに絡まるように黒ずんだ蔦が巻きついていた。

まるで、かつてここに文明が存在していたと主張するかのように、死んだ都市は今も立ち尽くしていた。

ヨルは歩き始めた。

何かが彼を呼んでいた。

風が吹いた。

砂を巻き上げるような強い風だった。その風の中に、言葉のようなものが混ざっていた。

「起きろ、”巡り人”よ。お前の旅が、再び始まる。」

咄嗟に振り返っても誰もいなかった。

だが確かに、声は耳ではなく心に響いた。

ヨルは立ち止まり、空を見上げた。

雲は低く垂れ込め、星は一つも見えない。

けれど、その奥に何かがあると感じ、歩みを止めなかった。

しばらく歩くと都市に入った。

そこはかつて人々が暮らし、笑顔が絶えないであったであろう場所。

だが今残っているのは崩れた家々、焼け焦げた壁、割れたガラス、そして…

「生きてるの?」

声がした。反射的に振り返ると、廃墟の影から一人の少女が姿を現した。

髪は銀、瞳は淡い紫。

背負った機械の弓を見た瞬間、胸の中で何かが疼いた。

なぜかはわからないが、声をかけなければいけない。反射的ににヨルは声を出した。

「だれ…」

「……まだここにいるってことは、あんたも“巡り人”か」

「”巡り人”?」

聞き覚えのある言葉だった。

少女は近づいてきて、鋭い目つきでヨルを値踏みするように見た。

「あんた、記憶がないでしょ?何もかも、夢みたいに」

何もわからなかった。

でも、ヨルはまた咄嗟に声が出た。

「……ああ」

「やっぱり、そうだ。あんたも同じ、私もそうだった。覚えてたのは、自分が巡り人ってことだけ。何もかもわからない。」

「ここは……どこなんだ?」

少女は空を指差した。

「それは私にもわからない。」

「……」

「でも私は長いこと...いやなんでもない」

「あんた、名前は」

「ヨル…」

少女はなにかに気づいたような顔をし、その瞬間瞳から一粒の涙が流れた。

「あれ、おかしいな。なんで私泣いてるの。」

「ごめんね、私リノ。よろしく、ヨル」

リノはそう言い、涙を手で拭い背中の弓に手を添えた。

「とにかく、急ごう。もうすぐ“やつ”が来る。」

「……やつ?」

「うん、あんたもいずれ知ることになる。ここじゃあ、死ぬよりも恐ろしいことがある」

リノはその何かを恐れるように走り出した。

自然とヨルもその後を追った。

吹き抜ける風の中で、聞こえたような気がした。

「今度こそ、守り抜け...」

けれど、振り返ってもまた誰もいなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ