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【原神】からかい上手のナヒーダさん #06 - 思わぬ距離感【二次創作小説】

小さな通路を抜け、少し広めの空間に出た。天井の高さはある程度確保されているものの、足元の段差がそこかしこに潜む面倒な地形が続いている。俺が先を歩き、光るキノコの淡い明かりを頼りに進路を確かめていた。


 岩肌から滴る水滴が時折、肩に落ちてくる。湿った空気と相まって、なんとも不快な感覚だ。


「この先、通路が狭くなりそうだな……」


 キノコの明かりが届く範囲を見渡して、俺は思わず呟いた。洞窟の奥に進むほど、道幅が狭まっていく。二人で並んで歩くことはもうできそうにない。


「大丈夫よ。あなたについていくから」


 背後からナヒーダの声が聞こえる。振り返ると、彼女は両手を胸の前で軽く組み、微笑んでいた。草神でありながら、どこか幼さの残る姿が、この薄暗い洞窟では一層際立って見える。


「ここ、ちょっと足場が悪いな。ナヒーダ、後ろから変に押したりするなよ?」


 冗談めかして言ったつもりだったが、ナヒーダはくすりと笑って、首を少し傾げた。


「押してほしいの?」


 その問いかけに、なぜだか頬が熱くなる。いつもの冗談だ。いつものことなのに。


「いや、押すなって言ってるんだってば!」


 思わず声を荒げたが——その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、背中へふわりと衝撃を受けた。


「わっ、うわああっ……!」


 予期せぬ接触に体勢を崩す。足場の悪さも相まって、バランスを取り戻すことができなかった。なんとか両手をついて踏ん張ろうとしたが、変な角度で倒れ込んでしまい——


(あれ……?)


 視界にちらりと白いものが見えた。


(白い……?)


 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。目の前に広がる白い何か。洞窟の壁ではない。岩でもない。柔らかな生地の向こうに、かすかに肌の色が透けて——


(——って、おい、これって……!)


(な、ナヒーダの……スカートの中……!?)


 霧の中に差し込む一筋の光のような衝撃映像に、一瞬で顔から火が出そうになる。心臓が喉元まで飛び出しそうだ。慌てて視線をそらし、後ろに飛びのくように体を引いた。


「なんでもない!何も見てない!」


 半ば自分に言い聞かせるように叫んだ。そんな俺を見下ろすナヒーダは、どこか困ったような、でも確かに楽しそうな笑みを浮かべている。


「大丈夫? ケガはない?」


 ナヒーダは平静を装いながらも、スカートの裾を軽く押さえている。その仕草がまた、先ほどの光景を思い出させて、頭がぐるぐると回る。


「……ある意味ケガよりタチが悪いダメージを負った気がする……」


 俺はこそこそと呟きながら、急いで立ち上がる。ズキズキと痛む箇所はないが、気まずさはマックスだ。なるべく自然に見えるように努めるものの、動きがぎこちないことは自分でもわかっている。


 ナヒーダは小さく首を傾げていた。その瞳には、どこか探るような光が宿っている。


「本当に平気? 顔がいつもより赤いわよ」


 彼女の言葉に、余計に顔が熱くなる。いつものナヒーダなら、もっとからかってくるはずだ。でも今は、やけに遠慮がちだ。それって、もしかして——


(もしかして、俺が見てしまったことを気にしているのか……?)


 その考えが脳裏をよぎり、さらに混乱する。


「平気、平気……もうこの話は終わりだ!前に進もう!」


 早く話題を変えなければ。俺は無理やり明るく言って、先に歩き出そうとした。


「ねえ、旅人」


 一歩踏み出したところで、ナヒーダの声が聞こえる。振り返りたくないのに、反射的に顔を向けてしまった。


「ごめんなさい。あなたの背中で前が見えなくて」


 ナヒーダは言い訳とも謝罪ともつかない言葉を口にする。その表情は少し曖昧で、本当に見えなかったのか、それとも——


(最初からわざとだったんじゃないかな……?)


 そんな疑いが頭をよぎる。だけど、ナヒーダの顔を見ていると、その答えはわからない。彼女は知恵の神だ。もし本当にからかうつもりだったなら、もっと堂々としているだろう。


「いや、まぁ……俺も不注意だったし」


 なぜ自分が謝っているのかわからないまま、言葉が口から出てくる。


「とにかく先に進もう。慎重にな……」


 そう言って、再び前を向いて歩き始めた。


 ふと、空気の変化を感じた。少し歩いたところで、なんとも言えない不快感が胸に広がる。まるで何かに監視されているような、得体の知れない感覚だ。


「……気のせいかな」


 だが、その違和感は消えない。むしろ、前に進むほどに強くなっていく。


「感じたわね」


 突然、ナヒーダの声が聞こえた。振り返ると、彼女は真剣な面持ちで前方を見つめていた。


「この先に死域があるわ」


 死域——その言葉に、背筋が少し冷たくなる。スメールの地下に残された、草神の敵である「禁忌の知識」の残滓だ。


「ああ、なんとなく嫌な感じがしてた。死域の気配か」


 俺は頷きながら答える。これまでもいくつかの死域を浄化してきたが、その度に感じる不快感に慣れることはない。


「おさらいしておきましょうか?」


 ナヒーダは少し教師めいた口調で言った。


「いや、知ってるよ」


 ナヒーダは満足げに微笑んだ。しかし、すぐに真剣な表情に戻る。


「そうね。でも油断は禁物よ。死域の浸食攻撃は内部から精神を侵すもの。体を守るシールドでも防げないわ」


 その言葉に少し身構える。確かに、以前の死域駆除では、凶暴化した魔物に苦戦した記憶がある。


「もし、あなたが体調不良になって意識が錯乱したとしても……」


 ナヒーダが一歩近づいてきて、真面目な顔で続ける。


「決して私に剣は向けないでね。近距離戦ならあなたに勝てないのだから」


 その言葉に、一瞬ハッとする。だが、彼女の口元が微かに笑みを含んでいることに気づき、少し安堵する。また、からかっているんだな。


「そんなことするわけないだろ」


 照れ隠しに強めの口調で返す。だが、確かに彼女の言う通りだ。ナヒーダは中距離からの攻撃や草元素の操作に長けているが、近接戦闘は得意ではない。


「つまり近距離以外なら俺に勝てるってことか?さすが知恵の神様だな」


 そう返すと、ナヒーダは軽く肩をすくめた。


「でも、もしも私が精神を汚染されてあなたの敵になったら……どうする?」


 突然の問いかけに、言葉に詰まる。その想像すらしたくない光景だった。


「そんなこと……想像したくないよ」


 言葉を選びながら、真剣に答える。


「攻撃することなんて、できない」


 真剣な眼差しで伝えると、ナヒーダは少し意外そうな表情を見せた。そして、優しく微笑む。


「優しいのね、あなたは」


 そこまで言って、一度小さくため息をついた。


「でも、汚染された私を放置しておけば、テイワット全土の脅威になってしまうわ。そうなったら……ひと思いに討伐してね?」


 冗談めかした口調だが、その瞳は真剣だった。


 頭に浮かぶのは、禁忌の知識と一体化してしまったマハールッカデヴァータのことだ。ナヒーダの前身でありながら、悲劇的な末路を辿った存在。


(そんな悲劇は、二度と繰り返させない)


 俺は拳を強く握りしめた。ナヒーダはその表情の変化を見逃さなかった。


「真剣な顔……頼もしいわ」


 彼女の言葉に、少し照れくさくなる。しかし、表情は崩さなかった。


「久しぶりの死域駆除だけど、ナヒーダがいれば心強い」


 素直にそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。でも、油断は禁物よ。じゃあ、行きましょうか?」


 ナヒーダは先に立って歩き始めた。その小さな背中を見つめながら、俺は決意を新たにする。彼女を守るために、そして共に任務を成し遂げるために。


 不快感はまだ続いている。前方には確かに死域がある。だが、今は妙な高揚感もあった。ナヒーダと共に戦うという確かな自信。


 光るキノコの間を縫うように、俺たちは洞窟の奥へと進んでいった。

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