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【原神】からかい上手のナヒーダさん #34 - 洞窟脱出【二次創作小説】

洞窟内の上り坂を進みながら、俺は頭の中がぐるぐると回り続けるのを感じていた。先ほどまでの会話の余韻が、まだ心の中に残っている。


(キス、か……)


 ナヒーダの唐突な提案は、いまだに俺の思考を乱している。学術的探究心からという言い訳をしながらも、彼女の頬が赤くなっていたような、なっていないような絶妙な様子が目に焼き付いて離れない。そして「また今度、考えておいて」と言われたことが、頭の中でエコーのように響いている。


 俺の少し前を行くナヒーダの背中を見つめる。小柄な体躯ながら、スメールを守る草神としての威厳を感じさせる佇まい。白に近い淡い緑の髪が、薄暗い洞窟内でも不思議と輝いている。


 彼女が振り返ると、いつもの穏やかな笑顔だった。まるで先ほどの会話など何事もなかったかのように。


「もう少しで出口よ。頑張りましょう」


 普段通りの声色に、少し拍子抜けする。俺の中では大騒ぎが続いているというのに、彼女はいつも通りの様子で洞窟を進んでいる。それとも、これもからかいの一環なのだろうか。


「ああ、そうだな」


 精一杯自然に返事をした。自分でも驚くほど意識してしまう。どう接すればいいのか、どんな話題を振れば自然なのか、言葉を選びながらの会話が続く。


 坂はさらに急になり、足元も不安定になってきた。岩肌には水が滲み出し、所々滑りやすくなっている。ナヒーダが慎重に一歩一歩進む様子を見ながら、俺も注意深く後に続く。


「ここ、滑りやすいから気をつけて」


 彼女の警告に頷きながら、石の隙間を縫うように進む。以前よりも明るくなってきた通路は、出口が近いことを示している。この辺りは見覚えがある。洞窟に入った直後に通った場所だろうか。


 そう思った瞬間、ナヒーダが足を止めた。


「あ、ここは前にあなたが転んだところよね」


 彼女の言葉に少し驚いた。確かにここは洞窟に入って間もない時に、俺が足を滑らせた場所だ。当時はまだ互いに距離を取り、探りながら会話していた頃。それが今では……


「覚えてたのか」


「ええ。あなたが足を滑らせて、私が『手を繋ぎましょうか?』と提案して、あなたが断ったところ」


 ナヒーダの記憶力の確かさに感心する。確かにそんなやり取りがあった。あの時は恥ずかしくて、必死に断ったものだ。


「今回は手を繋いでいった方が安全かもしれないわね」


 彼女の提案に、思わず息を呑む。さっきまでの会話の流れがあるだけに、「手を繋ぐ」という言葉に過剰に反応してしまう。だが、彼女の表情や声色には、からかいの色はない。純粋に安全への配慮のようだ。


(断るべきだろうか……)


 内心で葛藤する。一方では「キス」の話題を出した直後だけに、これ以上距離を縮めるのは躊躇われる。だが他方で、足場の悪さを考えれば、安全のために手を繋ぐのは理にかなっている。


 何より、あの時とは状況が違う。洞窟での冒険を共にし、多くの会話を交わし、お互いをより深く知った今。単なる安全対策として考えれば……


「そうだな、足場が悪いし、リスク管理という意味では合理的かもしれない」


 少し大げさな理屈付けをしながら、俺は同意した。ナヒーダの目が少し輝いたように見えた気がするが、気のせいだろうか。


「ええ、安全第一よ」


 彼女も真面目な表情で頷いた。そして右手を差し出してくる。


 俺はゆっくりと、自分の左手を伸ばした。緊張で少し汗ばんでいるのが気になったが、もう引き返せない。


 指先が触れ合い、そして手のひら全体が重なる。ナヒーダの手は想像以上に小さく、柔らかい。草神の手とは思えないほどの温もりが伝わってくる。


「行きましょう」


 彼女が言い、前に進み始めた。俺も後に続く。最初はぎこちなかった手の繋がりも、数歩歩くうちに自然な感覚になってきた。互いの手をただ握り合った状態で、特別な意味はない。ただの安全対策だ。そう自分に言い聞かせる。


「この先の石は特に滑りやすいわ。気をつけて」


「ああ、わかった」


 普通の会話を続けることで、この状況を自然に受け入れようとする。実際、足場の悪い箇所を一つ一つ慎重に進むには、互いの支えが役立っている。


 ナヒーダの手が少し力を込めてくる時、それは警告の意味だと理解できるようになった。言葉を交わさなくても、次第に呼吸が合ってくる感覚。


「しっかり掴まってね」


「ああ」


 彼女の言葉に頷きながら、俺も少し強めに握り返す。その瞬間、不思議な安心感を覚えた。


(以前と比べて、自分の反応が違う気がする)


 初めてナヒーダが手を繋ごうと提案した時の、あの過剰な動揺。それに比べ、今の自分は冷静に対応できている。その変化に、自分でも少し驚いていた。


 特に難所を通り過ぎ、少し楽な道のりになってきた頃、俺はナヒーダの手に微かな動きを感じた。最初はかすかな、しかし明らかな意図を持った動き。


 彼女の指が、わずかに俺の手の中で動いている。言葉はないが、その仕草には明確な意図があるようだった。


(まさか……)


 ハッと思い出す。以前、ナヒーダの罠に捕まり、拘束された時のこと。彼女が「恋人繋ぎ」について言及していたのを思い出した。指を絡め合わせるという、より親密な手の繋ぎ方。あの時は冗談めかして話していたが、今……


 ナヒーダの指が、さらに明確に動く。俺の指の間に、彼女の指先が少しずつ入り込もうとしている。彼女は前を向いたまま、表情も変えずに。ただ手だけが、その意図を伝えてくる。


 動揺しながらも、不思議なことに、俺の指も自然に動いていた。拒否する意志が働く前に、身体が反応してしまっている。


 指と指がゆっくりと絡み合い始める。小さな指が俺の指の間に滑り込み、俺の指も彼女の指の間に入り込む。徐々に、より深く、より密接に絡み合っていく。


 最後に、互いにギュッと握り合った瞬間、完全な「恋人繋ぎ」の形になった。


 言葉は一切交わさず、ただ手と指の動きだけで行われた暗黙の合意。その静かな緊張感と、完成した時の不思議な安堵感。


 互いに前を向いたまま歩き続けるが、確実に何かが変わった。単なる「手を繋ぐ」行為から、より意味を持った「恋人繋ぎ」への移行は、無言のまま成立していた。


(なぜ、自分はこんなに冷静なんだろう)


 驚くべきことに、俺は予想したほど動揺していなかった。先ほどのキスの話で既に限界まで動揺したせいだろうか、それとも別の理由があるのだろうか。


 ナヒーダのスキンシップに慣れてきたから?確かに、洞窟での日々を通じて、彼女の接近や触れ合いに少しずつ馴染んできた感覚はある。最初は緊張していたことも、今では自然に受け止められるようになっている。


 今のナヒーダはからかってこないから?確かに、今の彼女の様子にはいつものからかいの色はない。純粋な、誠実な雰囲気がある。それが俺の警戒心を解いているのかもしれない。


 今は足元に注意することに意識を割いているから?単純に危険な道を進むという現実的な課題に意識が向いているせいで、感情的な反応が鈍くなっているという可能性もある。


 任務を通して、お互いをより信頼し合える仲になったから?死域の浄化という任務を共に遂行し、互いの力を合わせてきた経験が、より深い信頼関係を築いたことは間違いない。


 どれも一理あるが、決定的な理由だとは思えない。むしろ、これらすべてが重なり合い、そして何より…自然な流れとして受け入れている自分がいる。


 その気づきが、新たな緊張と安らぎを同時にもたらした。抵抗するよりも、この変化を受け入れる方が自然だと感じる自分がいる。それは恐ろしくもあり、心地よくもある複雑な感覚だった。


 洞窟内を進むにつれ、徐々に明るさが増してきた。前方に、わずかながら外の光が見え始めている。


「もうすぐ出口ね」


 ナヒーダの声に、俺も前方を見つめる。確かに、洞窟の終わりが近づいてきている。


「ああ、長かったな」


「ええ、でも充実した時間だったわ」


 彼女の言葉に、思わず手に力が入る。ナヒーダも同じように握り返してきた。恋人繋ぎのまま、俺たちは出口へと近づいていく。


 光はどんどん強くなり、輪郭がはっきりとしてきた。外の世界の鮮やかな色彩が、少しずつ見えてくる。


「もうすぐだな」


「ええ、長かったわね」


 ナヒーダの微笑みを横目で見ながら、俺たちは最後の数歩を進む。


 そして、ついに──


 洞窟の出口から外の世界へと一歩踏み出した瞬間、眩しい太陽の光が視界を覆う。目が慣れてくると、広大なスメールの景色が広がっていた。青い空、緑豊かな植物、遠くに見える街並み。すべてが鮮やかで、生命力に満ちている。


 深呼吸をすると、新鮮な空気が肺を満たす。洞窟の湿った空気から解放され、体全体が軽くなったような感覚だ。


 そして、その瞬間に気づいた。俺たちはまだ、恋人繋ぎをしたままだった。


 洞窟に入る前、俺とナヒーダは適度な距離を保っていた。草神と旅人という、敬意を持った関係。それなのに今は、こんなに距離が近く、こうして手を繋いでいる。


 場面が洞窟から地上へと変わっただけじゃない。俺たちの関係もまた、確実に変わっていった。


(手を離すべきだろうか?)


 一瞬、そう考える。だが、不思議なことに、二人とも自然と繋いだままでいる。強く握りしめるわけでも、意識して続けるわけでもなく、ただ自然に、恋人繋ぎは続いていた。


 横目でナヒーダを見ると、彼女も同じように前を向いたまま、微笑んでいた。その表情には安堵と、何か新しい期待のようなものが混ざっている。


 洞窟の冷たさから解放され、温かな陽光を浴びながら、俺たちは恋人繋ぎをしたまま立っている。この繋がりの意味を、まだ言葉にはできないけれど、確かに何かが変わったことを、二人とも感じているようだった。


 地上の景色を前に、新たな旅立ちの予感が胸を満たしていく。それは洞窟の探索とは違う、二人の関係という名の旅の始まりなのかもしれない。

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