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【原神】からかい上手のナヒーダさん #01 - スラサタンナ聖処にて【二次創作小説】

※本作は、HoYoverseのオープンワールドRPG『原神』を基にした二次創作小説ライトノベルです。


 スメールの「スラサタンナ聖処」。風雨にも揺るがぬ古の石壁には、植物を模した細やかな彫刻が幾重にも連なっていた。高窓から差し込む陽光がそれらを照らし出すと、緑の光が微かに宿り、まるで生きているかのような神秘的な陰影を作り出す。かつてこの神聖な場所も、禁忌の知識がもたらした混乱と喧騒に包まれたことがあった。だが今は嘘のように静かな空気だけが漂い、世界樹の恵みを象徴するかのような優しい光が床に落ちている。


 そんな厳かな雰囲気のなか、俺――旅人は神経を張り詰めながら辺りを見回していた。スメールの危機からはや数日。過酷な戦いの疲れもようやく取れてきたが、ここは神様の住まう場所。不躾な態度は許されない。


(突然背後から声がかかったら、きっと驚くだろうな……)


 そう思い、思わず振り返る。案の定、誰もいない。ほっと胸をなで下ろす。


(いや、相手が神様ならいつの間にか横に立たれても何ら不思議じゃないか……それに世界樹とつながっているナヒーダなら、今の俺の考えすら読み取れるかもしれない)


 そんな考えが頭をよぎった瞬間――


「ふふっ、来てくれたのね」


 柔らかな声が鼓膜をくすぐった。僅かな風の動きとともに、その声は俺の心臓をとんと跳ね上げる。


「わっ……!」


 驚きで声が裏返る。慌てて振り向くと、そこには小柄な少女――いや、草神のナヒーダが優しく微笑んでいた。


「お、驚かせるなって……」


 胸元に手を当て、呼吸を整える。まったく、予想していたのにこれだ。元素視覚で察知できるはずなのに、彼女の前では意味をなさない。


 ナヒーダはいつ見ても幼い見た目をしている。しかし、その翠色の瞳には大人びた知性と、どこか好奇心に似た光が宿っていた。五百年もの時を世界樹に縛られた彼女は、その儚げな佇まいの奥に測り知れない深さを持っている。


「ふふっ、あなたの表情、いつ見ても面白いわね」


 白に近い薄緑の髪が風もないのに僅かに揺れ、彼女の足取りはまるで風に乗るかのように軽やか。気がつけばすぐ近くに立っていた。


「あなたに頼みたいことがあって、ここへ来てもらったの。わざわざ時間を割かせて申し訳ないわね」


 彼女の声は相変わらず穏やかだった。知恵の神に相応しい、深い知性を感じさせながらも、どこか親しみやすい響き。だが近づいてくる彼女の足音がまったく聞こえないことに、今更ながら背筋が震えるのを感じた。


「いや、別に構わないさ。困ってるのなら手伝うのが当然だろ」


 精一杯、平静を装って答える。だが実際のところ、草神、それも「知恵の主」と称される賢神から直々に呼び出されるなんて、どんなに慣れていても緊張するのが当たり前だ。


「……で、具体的には何をすればいいんだ?」


 用件を尋ねると、ほんの少しだけナヒーダの唇がいたずらっぽく弧を描いた。一瞬だが見逃さなかった。彼女のこういう表情を見ると、ついつい嫌な予感がするのは、これまでの冒険で散々翻弄されてきたからだろう。


「実は……人里離れた地下洞窟の死域を駆除したいのよ」


 ナヒーダは瞳を真剣に細め、声のトーンも少し落として続けた。


「知ってのとおり、スメールの危機は去ったけれど、死域自体は勝手に消えるものではないの。地上に残った死域はレンジャーたちが対応して数も減ってきているけれど、地下に潜む死域は特に厄介で、浄化が難しいのよね」


 俺は頷いた。死域――世界の理に背く闇の力。植物を枯らし、生命を浸食する厄災だ。確かにそれらは一つ一つ浄化していく必要がある。


「俺が行ってくればいいのか?」


「いいえ、私も行くわ」


 彼女の言葉に、思わず眉をひそめる。


「え? なぜだ? ティナリに任せるとか、レンジャーに頼むとか……」


 ナヒーダは小さく首を振った。


「ティナリは今、地上の死域駆除で手一杯なの。それにセノは教令違反者の取り締まりで忙しいし、カーヴェは建築の研究に没頭して出てこないわ」


 ナヒーダの説明に思わず「なるほど」と頷く。スメールの実力者たちはそれぞれ忙しい立場にある。だがそれでも……


「でも、わざわざ草神様自らが……」


「あら、私をフルネームで呼ぶの? 『草神様』なんて」


 ナヒーダが小首をかしげ、くすっと笑う。


「あ、いや、その……」


「ブエルの一人目の賢者と認めた人に、そんな呼び方されると距離を感じるわね」


 思わず言葉に詰まる。あの瞬間、俺を「賢者」と呼んだ記憶が甦る。確かにナヒーダは俺を特別扱いしてくれている。過去の冒険で俺たちは強い絆で結ばれた。だが冷静に考えると、やはり一国を支える草神が危険な洞窟へ出向くのは理想的ではない。


「それに……二人きりの方が効率的よ」


 「二人きり」という言葉が、どこかいつもと違う響きに聞こえた。


「ど、どういう意味だ?」


「あら、二人きりが嫌?」


 ナヒーダは瞳を大きく見開き、少し困ったような表情を浮かべる。その眼差しには、どこか試すような色が宿っていた。


「ち、違うって。そりゃ別に嫌じゃないけど……だけど危なくないか? 俺と君だけで洞窟なんて」


 慌てて両手を振って否定する。死域の危険性は、実際に見たことのある者にしかわからない。ましてや人里離れた洞窟となれば、応援も呼べないし、逃げ場も限られる。俺としては彼女の身を案じてのことなのだが……


「大丈夫よ。あなたなら私をしっかり守ってくれるでしょうし、私もそれなりに戦えるわよ?」


 ナヒーダが両手を軽く胸の前で組む。


「忘れたの? つい数日前まで、スメールを襲っていた正機の神と戦った時、私たち息ぴったりだったわよね」


「あぁ、それは……」


 あの激闘は忘れもしない。スカラマシュとの対峙。そのとき確かにナヒーダと俺は完璧な連携を見せた。彼女の知恵と俺の剣が一つになったとき、どんな強敵も前には立ち塞がれなかった。


「二人で行ったほうが身動きが取りやすいし、予期せぬ状況にも対応できるでしょう。まあ……」


 ナヒーダはそこで言葉を切り、ちらりと俺の表情を窺った。


「もしあなたがどうしても嫌なら、何とか他の手段を考えてあげてもいいけれど……?」


 その言い方にドキリとする。まるで俺の答えに影響を与えようとしているかのような言い回しだ。しかもその声には、優しさの中に隠された僅かな強さがある。一国を束ねる者の威厳、とでも言うべきか。そんな気配すら感じた。


 いくら草神とはいえ、返事しようとして言葉がうまく出てこない。どれだけ俺が「嫌」というニュアンスを示したとしても、彼女は悠然と受け流しそうな気配が漂う。そして、何より彼女をがっかりさせたくないという気持ちが先立ってしまう。


「……わかったよ。じゃあ手伝うさ。ただ、ちゃんと危険には注意してくれよ?」


 思案の末、覚悟を決めて答えた。かつて五百年もの時を、神を冒涜した大賢者によって瞑想空間へ縛られ、苦しんだ彼女のことを思えば、その懸念はもっともなはずだ。


「もちろん。ありがとう。あなたがいてくれれば心強いわ」


 ナヒーダは両手を軽く合わせ、満面の笑みを浮かべた。


「さて、さっそく出発する?」


 慌てて状況を整理しようとする。装備はどうする、食料はどうする、どれぐらいの期間を想定しているのか……考えることは山ほどあるはずなのに、ナヒーダはすでに俺の顔を覗き込むようにして「用意はいい?」という視線を送ってくる。


「いや、まだ何も準備できてないってば! ちょっとくらい時間をくれよ」


 思わず声が大きくなる。ナヒーダの口元がくすりと上がるのを見て、彼女が楽しんでいるのがわかった。


「ところで、パイモンは?まだ塵歌壺で休んでるの?」


 ナヒーダの質問に、俺は少し苦笑した。


「ああ、あいつなら塵歌壺の中でバカンスを満喫してる。スメールを出発するときに呼ぶって言ってたけど、今回は洞窟での小さな任務だから呼ばなくていいかなと思って」


「そう。パイモンがいないのは少し寂しいけれど、その方がいいかもしれないわね。洞窟での大きな声は魔物を引き寄せやすいし」


 互いに苦笑を交わす。パイモンの活発さは、時に静寂を要する任務では不向きなこともある。


「ふふっ、それじゃあ私はここで待ってるわね。急がなくていいから、慌てて荷物を忘れたりしないように注意してね」


 ナヒーダはそう言って、彼女らしいいたずらっぽい笑みを浮かべた。その表情には「さて、どんな反応をするかしら?」と言わんばかりの色が浮かんでいる。完全にペースを握られていることに気づく。反論するヒマさえ与えられない。俺はひとまず装備を取りに行くため、ナヒーダに背を向けて歩き出す。


(……何だかすごく変な緊張感だぞ。もしかして二人きりで洞窟に行くのって、冷静に考えるとけっこうヤバい状況じゃないか? しかも相手は草神……ああ、なんか頭が混乱してきた)


 そのまま足早に聖処の外へ出ると、一瞬だけスメールの澄み渡る青空が視界を覆う。新鮮な外気を思い切り吸い込み、気持ちを落ち着かせる。


(よし、冷静に考えよう。準備はいつも通りだ)


 携行用の装備を揃えることにした。地図、松明、水筒に、回復料理も多めに。スメールで手に入れたこれらのアイテムは、地下での任務に間違いなく役立つだろう。見知らぬ洞窟内でどれだけの時間を過ごすかわからない以上、必要最低限の準備はしておきたい。


 剣の手入れをしながら改めて考える。死域は下手をすれば深刻な浸食を受ける可能性もある。ナヒーダは神様だといっても、決して無敵ではない。パイモンがいたら、きっとここで「相手が神様でもケガはするんだよ! ちゃんと守ってあげなよ!」と言うところだろう。いざというときはしっかりとサポートしないと。


(もっとも相手は草神様だからな。逆に俺が守られることになるかもしれないが……)


 ふと気づけば、自分が「草神様」と呼んだことにハッとする。さっき彼女はこの呼び方を気にしていた。だが、やはり彼女の正体は「小さな草神」。見た目は幼いが、内に秘めるものはあまりにも偉大だ。


 いざというときは護ってあげたいと思っている自分がいる。ナヒーダは神とはいえ、どこか儚さを感じさせる瞬間が確かにある。全知全能と言われる存在でも、かつては世界樹に縛られ、その身を犠牲にした過去がある。そう考えると「俺が守るのは当然か」と受け止めたくなる。


 だが、同時に「ナヒーダって本当は守られる側より、守る側のほうが似合うんじゃないのか?」とも思ってしまう。あの禁忌の知識と同化した先代草神「マハールッカデヴァータ」との対峙を乗り越えた彼女は、どんな強大な力にも立ち向かう勇気を秘めている。


 そんな考えに至って、苦笑せざるを得なかった。


(なんだか自分でもわけがわからなくなってきた……)


 地下の知られざる世界で、どんな冒険が待っているのだろう。


(まあ、とにかく行けば何とかなるさ。なんたって相棒は一人目の賢者を認めてくれた草神様なんだから)


 そう自分に言い聞かせて、装備を整えるのだった。

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