第4話「素手で巨獣と対決」
「はぁ...はぁ...」
汗だくになりながら、さくらは必死に魔法の練習を続けていた。
特訓開始から一週間。基礎的な体術や、プロレスの基本技は順調に習得できたものの、魔法の扱いだけはさっぱりだった。
「もう一度! 感じるんだ、お前の中に眠る魔力を!」
指導役のベテランレスラー、ダイナマイト☆けんじの声が響く。その体から赤い炎のオーラが立ち昇り、周囲の温度を上げている。
(すごい...いつか私も、あんな風に...)
「はい!」
さくらは両手を前に突き出し、精神を集中させる。
体の中心から、何か温かいものを引き出そうと必死に念じる。
(来い...!)
しかし、指先から放たれたのは、かすかな火花だけだった。
「う...ダメか」
がっくりと肩を落とすさくら。目に涙が浮かぶ。
(このままじゃ、みんなに追いつけない...美咲には永遠に及ばない)
「焦るな、さくら」
けんじが優しく声をかける。炎のオーラを消し、さくらの肩に手を置いた。
「魔法の才能は人それぞれだ。お前は体術が素晴らしい。それを活かせば、必ず道は開ける。俺もな、魔法に目覚めたのは30歳を過ぎてからなんだ」
「え? そうだったんですか?」
「ああ。だから諦めるな。お前ならきっと...」
その時だった。
「さくらちゃーん! 大変だよ大変だよ!」
明るい声と共に、ドアが勢いよく開く。
「りんごちゃん?」
入ってきたのは、さくらの同期で、妖精族のりんごだった。小柄で、背中には透明な羽がある。その羽が慌ただしく震えている。
「街に...街にね、とんでもないヤツが出たんだって!」
「落ち着け、りんご。何があった?」
けんじが冷静に尋ねる。
深呼吸をして落ち着いたりんごが説明を始めた。
「街の中心部に、巨大なモンスターが現れたの! しかも、『次元の裂け目』じゃなくて、いきなり出現したんだって!」
「なに? いきなり?」
けんじの表情が曇る。
「そんなことって...」
さくらが不安そうに尋ねると、けんじが説明を加えた。
「通常、モンスターは街外れにある『次元の裂け目』から迷い込んでくる。それを上級レスラーが対処するんだ。だが、街の中心部にいきなり出現するなんて...これは只事じゃない」
「じゃあ、早く対処しないと!」
立ち上がろうとするさくらを、けんじが制した。
「待て。今日は多くのレスラーが遠征中だ。俺も怪我でまともに動けん。さくら、悪いが様子を見に行ってくれないか? 無理はするな。状況確認だけでいい」
「分かりました。行ってきます!」
さくらは迷わず走り出した。
その背中を、けんじが心配そうに見つめている。
街に出たさくらは、すぐに騒ぎの中心を見つけた。
そこには、巨大な熊のような姿をしたモンスターがいた。全身が青い毛で覆われ、背中には鋭い棘が生えている。その目は、不気味な赤い光を放っていた。
(これは...あの時の!)
さくらが異世界に来た時に遭遇した獣と、よく似ていた。
しかし、その大きさは比べものにならないほど巨大だ。
街の人々は逃げ惑い、建物にはモンスターの爪痕が残されている。
地面には大きな足跡が刻まれ、そこから紫色の霧のようなものが立ち昇っていた。
(あれは...魔力?)
さくらの脳裏に、けんじの言葉が蘇る。
「魔法は、この世界に満ちているエネルギーを操る技術だ。それを感じ取り、自分の力にする。それがマジック・レスリングの基本だ」
(今なら、少し分かる気がする...)
さくらは深く息を吸い、周囲のエネルギーを感じ取ろうとする。
すると、かすかに体が温かくなるのを感じた。
(これが、魔力...?)
しかし、考えている暇はなかった。
モンスターが、新たな建物に牙を立てようとしている。
(このままじゃ...!)
さくらは迷わず、モンスターに近づいていった。
「おーい、こっちだ!」
さくらの声に、モンスターが振り向く。
その目が、さくらを捉えた瞬間、モンスターの体から強烈な威圧感が放たれる。
(すごい迫力...!)
足が震えそうになるのを、必死に堪える。
(でも、ここで引けない!)
「かかってこいよ、デカブツ!」
さくらの挑発に、モンスターが大きく吠える。
その咆哮で、周囲の窓ガラスが粉々に砕け散った。
モンスターが襲いかかってくる。
さくらは、レスリングで鍛えた反射神経を活かし、なんとか攻撃をかわす。
「くそっ、魔法が使えれば...!」
しかし、さくらの指からは、相変わらず火花すら出ない。
(仕方ない、体術だけで...!)
さくらは、モンスターの動きを見極めながら、チャンスを待つ。
そして、モンスターが大きく振りかぶった瞬間—
「今だ!」
さくらは、モンスターの腕に飛びつき、そのまま背中に回り込む。
「せいやぁぁぁ!」
全身の力を振り絞り、モンスターを持ち上げる。
「背骨落とし!」
大技を決めようとした瞬間、さくらの体が不思議な感覚に包まれた。
「え...?」
気づけば、さくらの体が淡い青白い光に包まれていた。
(これは...魔力?)
驚いている暇もなく、さくらはモンスターと共に宙に浮かび上がる。
「うわぁぁぁ!」
パニックになりそうな気持ちを必死に抑え、さくらは技の体勢を保つ。
(このまま...落とす!)
そのまま、さくらはモンスターを頭から地面に叩きつけた。
「ガシャーン!」
地面が大きく抉れ、衝撃で周囲の建物が揺れる。
紫色の霧が一瞬濃くなり、そして消えていった。
「はぁ...はぁ...」
ゆっくりと立ち上がったさくらの目の前で、モンスターがばたりと倒れた。
「や...やった?」
信じられない光景に、さくらは呆然とする。
自分の手を見つめる。青白い光は消えていたが、確かにさっきの感覚は残っている。
(私、魔法を...使えた?)
そこへ、けんじとりんごが駆けつけてきた。
「さくら! 大丈夫か!?」
「凄い凄い! さくらちゃん、あれ『ムーンライトパワー』だよ!」
興奮気味に話すりんご。
「ムーンライトパワー?」
けんじが説明を加えた。
「重力を操る rare な魔法だ。お前、すごい才能の持ち主かもしれんぞ。しかも、こんな緊急時に覚醒するなんて...」
「え...」
さくらは、自分の手を見つめた。
青白い光は消えていたが、確かにさっきの感覚は残っている。
(私にも、魔法の才能が...)
その時、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
「さぁ、帰るぞ。これからお前の特訓メニューを組み直さないとな」
けんじの言葉に、さくらは大きく頷いた。
街を去りながら、さくらは空を見上げた。
満月が、優しく彼女を照らしている。
(よし、これで私も一歩前進だ!)
さくらの瞳に、新たな決意の色が宿った。
しかし、彼女はまだ気づいていなかった。
この事件が、彼女の運命を大きく変えることになるとは—
遠くの屋根の上で、一人の少女が彼らを見つめていた。
赤い髪が風になびく。
「へぇ...面白くなってきたじゃない」
美咲の口元に、小さな笑みが浮かんだ。
さくらのマジック・レスリング人生は、ようやく本格的に動き出したのだ。
そして同時に、新たな謎も生まれていた。
街の中心部に突如現れたモンスター。
そして、危機的状況で覚醒したさくらの力。
これらの出来事が、どんな未来へと彼女を導くのか。
それは誰にも分からない。
ただ一つ確かなことは、さくらの挑戦が始まったということ。
彼女の前には、まだ見ぬ強敵と、数々の試練が待ち受けているのだ。