第2話「謎の光に包まれて」
眩い光が消え、さくらの目の前に広がったのは、見たこともない幻想的な景色だった。
「ここは...どこ?」
周囲を見回すさくらの足元には、柔らかな青緑色の草が広がっていた。その草は、踏むとかすかに光を放つ。頭上には、紫がかった空に二つの月が浮かんでいる。一つは青く、もう一つは赤い。
(夢...? いや、違う)
自分の腕をつねってみる。痛みはちゃんとある。現実だ。
突然の状況に戸惑いながらも、さくらの心の中で小さな期待が膨らみ始めていた。
(これが...異世界? まさか本当に...)
スマートフォンに表示されていた「NEW WORLD」。冗談のように思えたアプリが、本当に彼女を別の世界に連れてきたのだ。
恐れと興奮が入り混じる中、さくらは深呼吸をした。
懐かしい練習前のルーティン。それを思い出し、少し落ち着きを取り戻す。
周囲をよく観察してみると、遠くに未来的な街並みが見えてきた。
光る建物が立ち並び、空中を飛ぶ車のようなものも見える。建物の間を縫うように、巨大なローラーコースターのような軌道が張り巡らされている。
(すごい...まるでSFの世界)
呆然と立ち尽くすさくらの耳に、突然、轟音が響いた。
「ガオォォォ!」
振り向くと、巨大な獣が目の前に立っていた。
全身が青い鱗で覆われ、背中には鋭い棘が並ぶ。牙をむき出しにし、赤い目でさくらを睨みつけている。
「ひっ!」
思わず後ずさりするさくら。しかし、獣は一歩一歩近づいてくる。
(どうしよう...逃げても追いつかれる)
さくらの頭の中で、様々な思考が駆け巡る。
そして、ふと気づいた。
(そうだ...私には、レスリングがある!)
長らく忘れかけていた闘志が、さくらの中で再び燃え上がる。
あの日の挫折。それを乗り越える機会が、今ここにある。
獣が飛びかかってきた瞬間、さくらは体を捻って避け、獣の脚に抱きついた。
「せいっ!」
鍛え上げた腕の力で、獣の体を持ち上げる。
そして、大きく後ろに反り返り、獣を頭から地面に叩きつけた。
完璧な背負い投げだった。
「ガクッ」
獣は地面に激突し、動かなくなった。
「はぁ...はぁ...」
激しい呼吸を繰り返すさくら。しかし、その顔には久しぶりの高揚感が浮かんでいた。
(やった...やれた!)
右手首の痛みもない。むしろ、体が軽く感じる。
まるで、あの怪我が嘘だったかのように。
「ブラボー! マニフィセント!」
突然の大声と拍手に、さくらは驚いて振り向いた。
そこには、派手な衣装を身にまとった男性が立っていた。
金色に輝くスーツに身を包み、頭には王冠のような帽子。手には杖を持っている。
「君、素晴らしいねぇ。あんな大型獣を素手で倒すなんて! 実に痛快だ!」
男性は、まるでショーの司会者のように大げさなジェスチャーで話す。
「え...あの、あなたは?」
さくらが尋ねると、男性は華麗にクルリと回転してから一礼した。
「失礼、自己紹介が遅れました。私はマイク・ファンタジア。この世界最高のプロレス団体、『エターナル・リングス』のオーナーにして、夢と希望の伝道師さ!」
「プロレス...?」
さくらの頭の中で、様々な疑問が渦巻く。
地球とは違う世界。なのに、プロレスがある?
しかし、マイクは楽しそうに話を続けた。
「君のような才能ある選手を探していたんだ。どうだい? うちでプロレスラーになってみない? 君なら、きっと観客を熱狂させられる!」
「え? でも、私はレスリング選手で...」
突然の誘いに、さくらは戸惑いを隠せない。
プロレスは、レスリングとは違う。ショー要素が強い。
それに、まだレスリングへの未練も...
マイクは、にっこりと笑いながら手を差し伸べる。
「さあ、新しい世界で、新しい夢を掴もうじゃないか。君の持つ力を、もっと多くの人に見せられる。そして、君自身も新しい可能性を見出せる。それがプロレスさ!」
その言葉に、さくらの心が大きく揺れ動いた。
(プロレス...か)
レスリングとは違う。でも、格闘技としては近い。
そして何より、この異世界で新しい一歩を踏み出せる。
(もしかしたら、ここなら...)
地球では叶わなかった夢。
それを、別の形で実現できるかもしれない。
深く息を吸い、さくらはゆっくりとマイクに手を差し伸べた。
「お願いします。プロレスラーになります!」
マイクの笑顔が更に広がる。
「イエース! これから君の新しい人生が始まるよ。さあ、『エターナル・リングス』へ行こう! 君を待つ、熱狂の舞台へ!」
マイクが杖を高く掲げると、二人の周りに光の粒子が舞い始めた。
こうして、さくらの異世界プロレス生活が幕を開けた。
彼女の目には、新たな希望の光が宿っていた。
異世界で、プロレスラーとして生きていく。
予想もしなかった展開に、さくらの心は期待と不安で満ちていた。
しかし、この選択が彼女の人生を大きく変えることになるとは、
まだ誰も知る由もなかった。