第10話「秘密の特訓、月下の決意」
「はぁっ!」
さくらの気合いの声が、真夜中の裏庭に響く。月光が青白く地面を照らし、その中で二つの影が激しく動き回っていた。
「まだまだ甘いわ! そんなんじゃ、四天王どころか中堅レスラーにも通用しない!」
美咲の厳しい声と共に、炎の拳がさくらの頬を掠める。髪の毛が焦げる臭いが鼻をつく。
「くっ...!」
さくらは後方に跳び、すぐさまムーンライトパワーを発動。重力を操作して美咲の足元を狙う。
「そう、その調子! でも—」
美咲の体が突如として青い炎に包まれる。今まで見たことのない、より強烈な炎だった。
「こんなのはどうかしら! ブルーフレイム・トルネード!」
青い炎の竜巻が、さくらを包み込む。
「きゃああ!」
さくらの体が宙に舞い上がる。しかし、その瞬間—
(待って...この感覚は...)
竜巻の中で、さくらの体に不思議な変化が起きていた。ムーンライトパワーが、いつもとは違う反応を示している。
「何!?」
美咲が驚きの声を上げる。
さくらの体が、青白い光ではなく、银色に輝き始めたのだ。そして—
「うあああああ!」
さくらが竜巻を内側から破った。重力を操作したのではない。何か別の力で。
「これは...まさか」
美咲の表情が変わる。
さくらは地面に着地すると、自分の手を見つめた。まだかすかに银色の光が残っている。
「今の...何だったんでしょうか」
「...新しい段階かもしれないわね」
美咲が、複雑な表情で答える。
「新しい段階?」
「ムーンライトパワーには、いくつかの進化段階があるの。あなたが今使ってるのは初歩的なもの。でも今のは...」
美咲は少し考え込む。
「『シルバームーン・モード』の兆候かもしれない」
「シルバームーン・モード...」
さくらが呟くように繰り返す。
「でも、まだ不安定ね。下手をすると暴走する可能性もある」
その言葉に、さくらは不安を覚える。
「暴走...?」
「今日はここまでにしましょう」
美咲が炎を消す。
「明日も来るの?」
「はい! 必ず来ます!」
さくらの返事に、美咲は小さく微笑んだ。
「そう。じゃあ、気をつけて帰りなさい」
さくらが去った後、美咲は一人空を見上げる。
「シルバームーン・モード...まさか、こんなに早く」
その表情には、期待と不安が入り混じっていた。
◇◇◇
翌朝、食堂でりんごがそわそわしていた。
「さくらちゃん、最近なんだか疲れてない?」
「え? そんなことないよ」
さくらは慌てて否定するが、確かに睡眠不足だった。
「でも、目の下にクマができてるよ?」
りんごが心配そうに指摘する。
「あ、えーっと...本を読んでて夜更かししちゃって」
嘘をつくのは心苦しかったが、美咲との特訓はまだ秘密にしておきたかった。
「そうなんだ...でも、体調管理も大切だよ?」
「うん、気をつけるね」
その時、食堂に美咲が入ってきた。いつものように凛とした表情で、他の選手たちと挨拶を交わしている。
さくらと目が合うと、美咲は軽く頷いた。それだけの仕草だったが、さくらには特別な意味があるのが分かった。
(今夜も...頑張らないと)
りんごは、そんなさくらと美咲のやり取りを見逃さなかった。
(なんだか...さくらちゃんと美咲さん、最近よく目を合わせてる気がする)
小さな胸に、もやもやとした感情が湧き上がる。それが嫉妬だとは、まだ気づいていなかった。
◇◇◇
その日の午後、さくらとりんごは通常の特訓を行っていた。
「フェアリーダスト!」
りんごが光る粉を撒き散らす。
「ムーンライト・グラビティ!」
さくらが重力を操作して、粉の軌道を変える。
二人の息はかなり合ってきていたが、どこかぎこちなさが残っていた。
「うーん、なんかタイミングが合わないね」
りんごが首を傾げる。
「そうだね...もう一回やってみよう」
しかし、何度やっても上手くいかない。
「さくらちゃん、なんか集中できてない?」
りんごの指摘に、さくらははっとする。
「ご、ごめん...ちょっと考え事してた」
実際は、昨夜の银色の光のことが頭から離れなかった。あの力は一体何だったのか。
「何考えてるの?」
「え...えーっと...」
さくらが言い淀む。
その時、けんじが現れた。
「おーい、二人とも。調子はどうだ?」
「あ、けんじさん」
「うーん、なんだか息が合ってないな」
けんじの鋭い観察眼に、二人は驚く。
「やっぱり分かっちゃいますか...」
「当然だ。お前ら、何か隠してることでもあるのか?」
その言葉に、さくらとりんごは顔を見合わせる。
「い、いえ! 何も!」
「そうだよね、さくらちゃん?」
りんごがさくらを見つめるが、その目にはかすかな疑いの色があった。
「う、うん...」
さくらは、罪悪感を覚える。親友に嘘をついているという事実が、重くのしかかる。
「まあ、若いうちは色々あるもんだ。でも、タッグは信頼関係が命だからな」
けんじの言葉が、さくらの胸に刺さる。
(信頼関係...私、りんごちゃんを裏切ってる?)
◇◇◇
その夜、さくらは迷っていた。
(今夜も美咲さんのところに行くべきかな...でも、りんごちゃんとの関係が...)
悩んでいると、ドアがノックされた。
「さくらちゃん、入るよ」
りんごが部屋に入ってくる。
「りんごちゃん...どうしたの?」
「うん...ちょっと話があって」
りんごが、いつもより真剣な表情で座る。
「さくらちゃん、私たち親友だよね?」
「え? もちろんだよ」
「なら、何でも話してくれる?」
その質問に、さくらは困惑する。
「何でもって...」
「最近のさくらちゃん、なんだか変なの。疲れてるし、集中できてないし...何か隠してるでしょ?」
りんごの言葉は優しいが、その目は真剣だった。
「り、りんごちゃん...」
「私、心配なんだ。さくらちゃんが一人で抱え込んでるんじゃないかって」
その瞬間、さくらは全てを話したくなった。美咲との特訓のこと、新しい力のこと、全て。
しかし—
「ごめん、りんごちゃん。でも今は...まだ話せない」
「...そう」
りんごの表情が、少し寂しそうになる。
「分かった。でも、困ったときは必ず相談してね」
「うん...ありがとう」
りんごが部屋を出て行った後、さくらは一人で考え込んだ。
(このままじゃいけない...でも、どうすれば...)
◇◇◇
真夜中。さくらは結局、裏庭に向かった。
美咲は既に待っていた。
「来たわね」
「はい...」
「どうしたの? 元気がないじゃない」
美咲の鋭い観察眼に、さくらは苦笑する。
「りんごちゃんのことです」
さくらは、りんごとの会話を美咲に話した。
「そう...タッグパートナーに秘密を作るのは、確かに良くないわね」
「でも...」
「でも、今はまだ話せないこともある。私も分かるわ」
美咲の理解ある言葉に、さくらは少し安心する。
「美咲さんは、どうしてるんですか? 秘密があるとき」
「私?」
美咲が少し考える。
「私は...一人で抱え込むタイプね。でも、それで失敗したこともあるわ」
「失敗...?」
「昔、大切な人を失ったことがある。その時、もっと信頼して話していれば...」
美咲の表情が、一瞬暗くなる。
「美咲さん...」
「だから、あなたには同じ失敗をしてほしくない」
美咲がさくらを見つめる。
「でも今は、あなたが成長するために必要な時期でもある。難しいところね」
「はい...」
「よし、今夜は気分転換も兼ねて、違う特訓をしましょう」
美咲が立ち上がる。
「今度は、あなたから私に攻撃してみなさい」
「え? でも...」
「遠慮はいらない。全力でかかってきなさい」
さくらは戸惑いながらも、構えを取る。
「では...行きます!」
ムーンライトパワーを発動し、美咲に向かう。
「ムーンライト・グラビティ・スラム!」
重力を操作して美咲を持ち上げ、地面に叩きつけようとする。
しかし、美咲は軽々とその力を振り払った。
「もっと強く! その程度じゃ、四天王には傷一つつけられない!」
「うっ...!」
さくらが力を込める。すると、再び银色の光が現れ始めた。
「そう、その調子!」
美咲の声に励まされ、さくらはさらに力を解放する。
「うああああ!」
银色の光が爆発的に増大し、周囲の重力が大きく歪む。
木々がきしみ、地面に亀裂が入る。
「危ない!」
美咲が炎の壁を張って、暴走するエネルギーを抑え込む。
「はぁ...はぁ...」
さくらがその場に崩れ落ちる。
「大丈夫?」
美咲が駆け寄る。
「すみません...制御できなくて...」
「いえ、むしろ進歩よ。でも、やはり危険ね」
美咲が眉をひそめる。
「この力、『シルバームーン・モード』は間違いない。でも、未完成すぎる」
「どうすれば...」
「時間をかけて、少しずつ慣らしていくしかない。急がば回れよ」
美咲がさくらの手を取って立ち上がらせる。
「でも、焦ることはない。あなたには時間がある」
「時間...」
「そう。でも—」
美咲の表情が急に真剣になる。
「四天王の一人、『雷神ドラグーン』があなたに興味を持ち始めてる」
「え!?」
「彼は新人狩りで有名なの。才能ある新人を見つけては、叩き潰すのが趣味」
その言葉に、さくらは背筋が凍る。
「も、もしその人と戦うことになったら...」
「今のあなたでは勝ち目はゼロよ」
美咲のはっきりとした言葉に、さくらは愕然とする。
「でも、諦める必要はない。シルバームーン・モードを完全に制御できれば、勝機はある」
「本当ですか?」
「ええ。だから、これからもっと厳しい特訓になる。覚悟はいい?」
さくらは強く頷いた。
「はい! どんなに厳しくても、頑張ります!」
美咲が満足そうに微笑む。
「そう、その意気よ。でも、一つだけ忘れないで」
「何ですか?」
「あなたには、信頼できる仲間がいる。一人で抱え込まないで」
その言葉に、さくらの胸が温かくなる。
「はい...」
(りんごちゃん...もう少しだけ、待ってて)
月が雲に隠れる中、さくらは新たな決意を胸に刻んだ。
シルバームーン・モードの完全制御。
そして、迫り来る四天王との戦い。
困難な道のりが待っているが、さくらの目は希望に満ちていた。
なぜなら、彼女には信頼できる仲間がいるから。
そして、自分を信じて導いてくれる師がいるから。
月光の下、さくらの成長はさらに加速していく—
しかし、彼女はまだ知らない。
この特訓が、思わぬ方向へと向かうことを。
そして、大切な友情が試される時が、すぐそこまで来ていることを。
エターナル・リングスの新星の物語は、新たな段階へと突入していた。




