tRACK[4] = cASABLANCA dANDY//カサブランカ ダンディ(アンタの時代は良かった)
/*この街について /*
≪上州デフラグシティ≫はオモテ――この街の外の世界では、アメリカの大手IT企業アイティス社のネットワークチームによって作られたとされる。
理由について公開されているものとしては、
「アイティス社の新規産業として所持した学校法人に対し、"完全なVR教育"を提供するため」とされた。
VR教育とは、教育現場に仮想現実の世界を用いて擬似的な体験をさせる授業体系で、初期にはHMD(VRゴーグル)を使用した視覚的な仮想現実が導入されたのは多くの人間の記憶にも残っている。それが数年後、視覚だけではなく全体の神経をインターフェースとした、人間の五感を使用する"フルダイブ機"たる装置に昇華された。
しかし、これは殆どの現場では導入に至らなかった。
神経をインターフェースとする構造上、マイクロ波による脳への干渉は、一部を除き使用者への負担が大きく、特に記憶回路に障害を来たす事例(2039年の、米国のリンカン州で発生したロボットボーイ事故、アダンロンジュ砂漠で発生したブラックムーン実験等)が報告されたため、これらによって、フルダイブ技術の見直しを余儀なくされ、後に3rdプロダクト――"fALL"が開発された。
"fALL"とは、脳の海馬に連結されたMCH神経(睡眠時の夢を目が覚めた時に抹消する神経)という神経のみにより微弱な信号を発信し、フルダイブと同様の状態を作り出す技術であり、局地的記憶領域の形成、つまり記憶のサンドボックス化を可能にしたとされる。
※サンドボックスは、一時的に内部に作られた保護された新規領域の事で、外部からダウンロードしたソフト等をセキュリティ的に問題がないか確認する時に使われる機能。
一般家庭のパソコンにも搭載されている。
このサンドボックスを人間の記憶部に作成して、今までの記憶を除いた新規領域を作り出して脳の負荷をそのサンドボックス内で済ます手法は、もちろんフルダイブと同様身体脳内系へ負荷は掛かるが、干渉する神経が少ない事、仮に記憶部に障害が発生してもサンドボックス内で済ませて、後の被験者の記憶との齟齬を少なくし、干渉による障害を最低限に押されられるといった点が強く、本格導入の実現化を期待された。
が、やはり神経への干渉は問題が多く、精度は高くない事が判明。改善を余儀なくされた。
そこで、不安定事項の多い"fALL"の技術を安定させた4thプロダクトの開発が進めれる事になったが、ここで多数の人的な"実験マウス"によるサーベイが必要になった――
そのために作られたのが、この≪上州デフラグシティ≫
だから、この街に来るまでの記憶を持たない人間が、多い。
どうやってここに来たのか、家族は、学校は、仕事は、友達は――そのような不要な情報はなるべく漂白されて、いつの間にかこの街に存在していた、という状態で生活している。
ある開発者はこう唱えた。
「現実の記憶を遮断し、新たな記憶域という箱の中に"砂"のような記憶を入れさせる。さすれば、例え爆発が起きても全て"砂"が吸収し、箱は壊れない」
※なお、中にはこの街に来る前の記憶を持っている者、または思い出せる者も存在するが、詳細については――
###sWITCH(mAIN_sCENARIO)###
//メインシナリオに戻ります
この街は何ヶ所かのエリアに分かれている。俺らの住む住宅地は≪デッド町≫。ベッドタウンと掛けてる通りで、シアイから帰ってきて夜寝るためだけの場所という感じの面白みのないところだ。アリスのやっている店"アリスポット"や、個人経営のコンビニ、cOLの支所もさっき行った廃ビルだけで、生活するために最低限の物しか存在してない。
次いであるのが≪S.O通り≫。治安はあまり良くない大きな通りで、よくクラブ同士で小競り合いが起こっている。シアイが行われる≪ビジネスパーク≫に行くにはここを抜ける必要がある。
その≪ビジネスパーク≫は、cOLの本拠地でシアイの開催場所。コンビナートのような形の、多くのシアイ用の施設が乱立しており、街の大体の人間はここに居ると言ってもいい。各シアイの模様もここで中継される。もちろん街の外にもここからブロードキャストされている。
で、その≪ビジネスパーク≫の裏通り。ちょっとした繁華街のようなものがあるのだが、そこが
「また来てしまったな、≪セーシュン横丁≫」
≪セーシュン横丁≫
おそらく"青春"を意味してると思うが、基本的に"夜の街関連"の店ばかりなので、性的な方のニュアンスが主。ライトな店からディープな店まで。よくもまあ、≪ビジネスパーク≫の付近だから最適化されないと踏み、こんなとこに作ったな、と思う。オトナな店が軒を連ねてる事もあり、主にここらでは極秘情報のやり取りや、闇取引、はたまた人を売るような行為まで社会的に際どい事が平然と行われている。ウーハンもここの人間だ。俺たちみたいな極小クラブはこういうところを活用しないとやっていけないため、度々世話になっている。
で、早速ウーハンの働く店に着いた訳なんだが。
「相変わらず混んでるな」
時刻的には朝方。閉まりだす店も多いのに、ここだけ一際活気がある。
"社交場 カサブランカ"。
目に痛い他店舗とは違い白色の外装と洒落た店内、そして流れる昭和の歌謡曲が、妙に胡散くさい。
「あ、いらっしゃいませセッケイさん。この前はご指名どうも、16(イム)です。本日は遊ばれていきますか?」
薄くスモークが炊かれたカウンターから、幼げな女の子が声を掛けてきた。ウーハンと同僚のイムだ。16と言いつつ見た目小学生くらいなのに人気ナンバーワンというのだから、この店の客層がわかりやすい。
「いや、単に人員確保の相談で来た。指名はしない」
「あら、残念です。セッケイさんのお相手、またしたいなぁと思ってたのに」
「……何の話だ」
「もちろん下ネタです」
笑顔で言われた。ついでに変なとこを触ってきた。
「……さっさと奥へ通せ。社長はいるんだろ」
「あん、冷たいです。もっと構って欲しいのに」
可愛らしく唇を尖らせるイムを退けて関係者以外立ち入り禁止のドアを開けると、スモークがよりキツくなった大きな部屋に出る。外じゃ見れない古いポスターやレコードが置いてあり、来る度に時代を間違えた気にさせる。ボギー、ボギー、と昭和の歌が部屋の向こうで漏れて聞こえてくる。
「随分と景気が良さそうだな、社長」
スモーク越し、カウチソファでタバコを吸っているそいつに近づく。赤いメッシュを施した髪の目付きの悪い、イムと同じくらい小さな体軀の女と目が合う。
「なァに勝手に入って来てんだよォ、クソガキ」
不機嫌な声音。いつもの事だ。
「ウーハンが言ってたぞ。俺に会いたがってたって。だから来てやった」
「ぶち殺したがってたの間違いだろ。てめぇの顔なんぞ見たかねぇ」
物騒な事を口走るそいつは、この店の店長――もとい、社長だ。この街の裏を牛耳るとまではいかないが、そこそこ名の知れた夜の人間。彼女のバックには俺らじゃどうにもならない連中が居るんだとか。身長は小さいが、そんなヤバい女。
「どーせまた斡旋の依頼だろ。オマエ、うちを案内所だと思ってねぇか。ここは欲望を満たすだけのただの社交場だ。雑魚クラブに人売りなんぞしねー」
「ただでさえ"使えない人材"で溢れてるんだろ。余りくらい寄越せ」
「うるせえ男だな、全く」
ガン、と近くにあった瓶が床に落ち、割れた。すぐに物に当たるこいつの悪い癖だ。
「余りを売っても、おめーのセーヨク満たすだけだろ」
「バカ言え。レンダは大切に扱ってる。戦力にもなってる」
「あぁん? あのガキはこの店じゃ使えねーからくれてやっただけだ。人売りとはちげーんだよ」
"社交場 カサブランカ"。この店の最大の特筆すべきところは、多くの人材を抱えているところだ。情報交換、モノの取り引きなんかは当然だが、ここの人売りは他とは違う。金の無いやつ、シアイをする日常からドロップアウトしたやつ、そしてクラブの解体に伴って路頭に迷ったやつ。そいつらを雇い、レンタルし、時に処分する。そういう店。表向きも裏向きもなく、この狂った街の均衡を保つための溜まり場。そこがここ。レンダもまた、人気銘柄ではあったが、この店経由でうちが買い取った人材。
「とにかくよォ、売れる人材はいねえ。わかったらさっさと帰ってシコシコしてろ」
「なら話を<天倉組>の事に変えようか」
「あぁん?」
タバコの煙を俺にわざとらしく掛けて、つり目を尖らせる。このあどけない見てくれてでここまで威圧感を出せるのは、ある意味才能だと思う。
「ウーハンから聞いたぞ。<天倉組>で釣れたやつがいるって。その辺の話から聞こうか」
「けッ」
俺は煙を手で払って社長様の隣に腰掛けてやった。仕方なさげにタバコを灰皿に置き、あどけない容姿が口を開く。
「余計な事言いやがってよォ、あのチャイナ。減給してやる」
「そう言うな。せっかくの同級生だ。仲良くしようじゃないか――若葉」
「あー?」
唾を吐く勢いで社長――若葉が苛立った様子を見せる。こうやって馴れ馴れしく話せるのは、若葉が俺と同じ年齢で同じ地元で育ったという情報があるからだ。
真偽は定かではないが、俺ら≪上州デフラグシティ≫の住人には、大きく分けて二つのタイプの人間がいる。
一つは、完全にこの街に来るまでの記憶が無いやつ。
もう一つは、記憶はないが、何かの拍子に過去の記憶を思い出せるやつ。
前者がマジョリティなので大凡過去にまつわる情報を得てもトリガーとならないやつが多いが、俺と若葉のように、一定数の頻度でトリガーに引っかかると過去の記憶を思い出す人間が居る。俺らの場合は初めて接触した際に確認出来るほど分かりやすいモノだったが、正直詳しい関係性までは分からないのが現状だ。ただ分かるのが、お互い"本名"を知ってたという事。それはつまり、面識があった過去を示す。
「気安く名前を呼ぶんじゃねえよ。寒気がする。アタシはここの社長。それだけだ」
「ならそれでいい。<天倉組>について何があった」
「ふん」
不機嫌そうに机の上に置かれたノートPCの操作して、画面を俺に見せる若葉。気まぐれで着けてる黒のサテングローブ越しに器用にキーボードを打つ。
「<天倉組>の幹部が釣れたんだよ。最初は手下がうちに詮索をしに来てたんだが、次第にチャイナ娘にご執心になってな。んで、まんまとデリバリーしてくんねぇかと≪天倉団地≫のクライアントキーを渡しやがって、そこで幹部と接触し、イッパツ吐かせたのさ」
モニタに映し出されたのは店舗の顧客情報。確かにそこには、所属<天倉組>と記載されたデータがあった。続いてクライアントキー、つまり相手のアジトに入るための鍵の画像と、太ったおっさんたちがチャイナ服にがっつきながらベッドに……良い子のためにそこまでしか言えないが、情報を吐いたとされる動画ファイルがあった。
ウーハンのやつ、相変わらず身体張ってんな。
「で、吐かせた情報ってのは?」
「オイオイ、"ゴーストバスターズ"のテメェに見せてやってんだろ。言わせんな」
「ま、"ゴースト"の事だろうな」
苛立ちを全面に出した若葉が俺の肩に腕を乗せ睨み付けてくる。そりゃ分かっていた。ただこうやらないと、こいつは嵌めてくる可能性がある。念のためだ。
「天下のビッククラブ<天倉組>が直々に調べた結果だ。扱いには気を付けろよ」
そう言って再びタバコを咥え立ち上がり、窓の外を眺める若葉。寝てないのか、薄らクマが出ているのを横目で見ながら、特にトラップのようなものは無さそうな事を確認し、その内容に目を通した。
「…………おい、これ」
――それが、これから始まる、面倒な悲劇のハジマリで、俺たちの最悪の過去を蘇らせるのだとも知らずに。
###eXCUTION "ePISODE dATA[sp]"###
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###sTART ePISODE[sp]= "sYNTHESIS_pAIN"###
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