tRACK[2] = wHEN wORLDS cOLLIDE//チャーハン(地球最後の日)
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プロトコルとして、各情報を以下のように特定の記号を付けて表記している。
≪場所≫
※街の名前や、地区名を表す。
<クラブ名>
※各クラブ(プレイヤーの集団)の名称を示す。
各クラブの名称は、そのクラブのエースプレイヤーの名前から捩って命名されている事が多い。
襲名制を採用しているクラブもある。
【デッドエンドレコードに関する単語】
※プレイヤーたちが参加する、【デッドエンドレコード】に関する表示。
要はフンイキ出し。
"強調したい単語等" 『用途色々』
※あまり意味はない。
###sTART(mAIN_sCENARIO)###
//メインシナリオを始めます
最適化。
そのワードを基に構築されたこの街の名は非常に安直に≪上州デフラグシティ≫。過度な色合いのビルディング群と幅の広過ぎる街路がどこか都市部の様相を感じさせるが、娯楽施設や飲食店は殆ど見受けられないのが実質"素"な街。都内のオフィス街の方がよっぽど色めきだっているし、住みやすいとさえ思う。この街がこんなんな理由はやっぱりお得意の"最適化"だそうだが、何でもかんでも無くせ減らせで人間が生活を営めるか、正直本質を見失っている。前からだ、この街は。謳い文句が人間に最適化出来てない――だが、関係ない。だってこの街はゲームの舞台なのだから。我々はゲームに登場するプレイアブルなキャラクターでしかないのだから――
「いやぁ昨日は危なかったな。セッケイが先行してくれなかったら死んでたかも」
戻る意識。遠くにあった思い耽りが現実を認識していく。
「ああパンクス、起きたのか」
「ついさっきな。ったく、走り過ぎたせいで足がいってえのなんの」
冷蔵庫から取り出した毒々しい色の炭酸飲料。それを腰に手を当てて一気飲みしたボサボサ頭が俺にスマホを投げて寄越した。我がアジト(築40年のプレハブ家)に住う人間たちは、何故こうも物の扱いが雑なのだろう。このスマホはうちの備品なんだ。昨日も流してた曲がうるさく鳴っていて顔を顰めた。
「で、撮れたのか」
「チリバツ」
寄越されたスマホの画面を確認してみると、そこにはハッキリと"目的"の写真があった。物の扱いは酷いが、こういうエビデンスを撮る作業はお手の物だ。さすが元運び屋パンクス。俺より2年長く生きて悪事ばっかやってただけはある。褒める気はない。
俺はエビデンスに問題ないかの確認を一通り終えると、スマホを机に置き、外套を羽織って外出に必要な諸々をポケットに突っ込んだ。くっそ、また部屋が散らかってやがる。これはあのボクっ子のせいだろう。適当に足でどけて玄関を開ける。
「ん、いつもんとこにおでかけか?」
朝食用に買ったのだろう、やたらデカいハンバーガーを電子レンジにぶち込みパンクスが尋ねる。
「"ゴースト"の情報料は高値で売れる。換金はさっさとしないとな」
「り。んじゃ、今日のランチはデリバリーでピザを」
「お前のメシ代にするつもりはないからな」
デカいゲップの音をドアで掻き消して道路へと出る。毎食ジャンクフードと炭酸ばっか飲んでどうなっても知らないからな、あのボサボサ頭――しかし外は寒い。今は日本じゃ、霜月師走の狭間くらいの季節。地方によっちゃ雪がチラつく頃で、大の寒がりの俺としては非常に辛い時期だ。俺の事をセッケイ――雪渓なんて誰が呼び始めたんだか……本当ナンセンス。パンクスか、はたまたあのボクっ子か、俺の本名は雪日向渓國。縮めて雪渓とかいう自己紹介。ま、どーでもいいかな、こんなの。
空は暗い。どこまでもどこまでも黒に塗りつぶされている。だがこれは一般的に言う夜ではない。単に"空"がないのだ、この街には。
ニュービーには何を言っているか分からないかもしれぬが、街の明かり以外にこの街に光はない。月も星も、太陽もない。ずっと暗闇。暗闇で覆いつくされているのだ。
理由は、すべて"ゲーム"の世界だから。
暗闇の中でひたすらに生き延びるだけの、"ゲーム"。
が、残念なことに、往年のナンタラオンラインみたいに世界を美しく描写する演算機能は備わってないし、また多種多様なキャラメイクができてカッコイイエフェクトに包まれたバトルは出来ないし、起こり得ない。ついでにログアウトもできない。
リアルに似た、別の世界なのだ。全てが最適化されているため、不要なものは削除されている世界。だから大体の自然物は存在しないし、余計な人間も、警察のような公共機関もない。あるのは、生き残った人間たちと生活に必要なモノ――それだけ。
どういう理由で、どういう理屈で、経緯で、この街に俺らが存在するのかは分からない。気付いたら、こんなふざけた世界に居た。なんのために、何を目的として、そんなの知らされる事もないまま――ケッタイな話かもしれないが、そういうモノとして認識せざるを得ない、残念ながら。だからとりあえず、俺たちはこの街で生き延びる。生きて、この最適化された街から抜け出す。
出口のないこのデスマッチな世界から、なんとしてでも。
「アイヤー。こんなトコで会うなんて偶然でアルな、セッケイ」
ポケットに手を突っ込んでいたら、いつの間にかもう一つの手が入ってきていた。こそばゆいのを我慢して声を掛けてきた(ついでにいきなり触ってきた)似非チャイナに目を向ける。
破壊的に香水臭い。
「ウーハンか。朝からセクハラご苦労」
「アラ、なーに言ってるカ。お姉サンが男の子の寒い手を温めただけアル。アタイがセクハラしたらもっと過激ネ。18禁」
「夜勤上がりのテンションで申し訳ないが、これから換金なんでね。あまり足を止めささないでくれ」
ウーハンは俺らと関わりの深い人間の一人。いつも露出度高いチャイナ服を着ているのが特徴で、街で見掛けたらすぐに目につく女である。実はあまり表立って接触するのは避けたいのは、大きな声で言えない店で働いているってのもあるが、俺らとつながりがあると他人に思われるのは良くないからだ。
不最適。そう判断されたらパソコンのセキュリティソフトよろしく、俺らを排除しにくるやつだっている。ウイルスはウイルスらしく、互いにこそこそするのが大切なのだ。
「そういえばシアイの方も順調みたいダナ。社長から聞いたヨ。さすがアル」
「うちの脳筋エースのお陰でな。で、もう行っていいか。あまり引き止められると人目につくぞ」
俺がウーハンの手を払いながら言うと、何やら怪しげな笑みを携えて顔を近づけられた。耳を貸せって事なんだろう。
「ふふふ、最近、良いエサが釣れたアルネ……なんでも、新手の"ゴースト"、<天倉組>が噛んでるミタイヨ」
「……ほう」
「マ、"元"天倉の人間らしいけどナ。詳しいハナシは店に行って直接聞くとイイ。社長もオマエに会いたがってたシナ」
それだけ言うと、ウーハンは俺から手を離してそそくさと行ってしまった。なるほど、天下の大勢力、<天倉組>ともパイプを持っているとは流石ウーハンなだけある。夜の蝶ウーハン恐るべしって感じか。だが俺らの情報も売られてるかもしれないから、あまり信用すべきではない。
俺はそのまま換金場所である狭い廃ビルへと向かう。路地裏の奥、いかにも怪しげなそこの中には、入り口のところにボロボロのカウンターがあり、そこで数名の男たちがポーカーをしてゲラゲラ笑い合っているのが見えた。
そこの一人が俺に気付く。
「よぉ、<レンダマン>のお頭。本日はオレらと殺し合いでもしにきたのかい」
不気味なコープスメイクを施した、リーダーらしき人物が肩を揺らして俺の前に立った。背が高く剥き出した腕の筋肉は過剰に隆々としている。
「いいや。生憎あんたらにケンカ売るほどの戦力はうちにはない。んな事より、そら、"ゴースト"の案件だ。昨日のシアイで見つけた」
「ふん、エビデンスを確認しようか。クソモノだったら金はやらねーぜ? きひひ」
ポーカーをやっていた酒臭い輩たちもこちらに集まり俺の掲げたスマホを見つめる。男たちが互いに画面を覗き込むとケラケラ笑い合いながら手を叩く。
「はは! また雑コラみたいなの撮ってきたなオメーは。んで、写真に写ってるこの丸刈り野郎のプレイヤーネームは」
「KAZ99。シアイ後に声掛けたらあっさり吐いた。所属クラブは<ラスティーボックス>」
「へえ、そういやそんな新設されたクラブがあったな。どこの傘下か知らねぇが、ま、それも吐かせりゃイイ……フセイはよくねえからなァ。おいデブ、上に報告しとけ。<レンダマン>の旦那はその写真をファイル転送してもらうぜ。パスワードはいつものだ」
不気味に口を広げて汚い歯を露わにした男衆たちがカウンターに置かれた小さな端末を操作し、俺の持っているスマホにファイル転送の通知が飛ばす。パスワードの照会が終わると、ほぼ同時にウォレットに"送金があります"のメッセージ。交渉成立って事だろう。金額はまあまあ。これで数週間はシアイをせずとも生活難とはならずに済む。悪くない収益だ。
「cOLも楽じゃないな、"ゴースト"が多いと」
スマホをしまいながら男衆が操作していた端末を一瞥する。あれに運営側は全てを記録しデータセンタに情報を送っている。もちろん、この拠点以外ところからも、大量に。
「全くだ。シアイの提供は仕事だから仕方ねえが、フセイまではどうにもならん。正直どんなにモニタしても手が回らんくてな。運用保守は楽って言うからcOLに雇ってもらった身だが、まさかこんな事をやらされるとはね。ま、ちょこちょこ施設内でガチの殺人を犯すバカもいるから、本部勤務より全然良いけどな。確かこの前も1人死んだな。そいつの場合は自殺じゃねぇのかって噂だけど、どっちにしろ死体処理なんぞたまったもんじゃねぇよ」
「ふん、治安悪いな」
「他人事じゃねぇぞ、お前さんも――それはそうとお前ら最近成績良いじゃねえか。昨日も"ゴースト"混みでガン勝ちだろ? きひひ。このままだとトップ20には入るかもな」
男衆が再びポーカーに興じながら、コープス野郎が気味の悪い笑みを俺に向ける。確かに俺たちのクラブ――rENDAMAMの成績は3人の人員にしては目立っていた。これも殆どあのボクっ子のお陰なんだが、曰く、パンクスと俺との連携があるのが効いてるからとか、ネットに書いてあった。ただ脳筋女の後ろにいるだけだが、それで評価が上がるならそれでいいもんだな。効率的。
「次期にうちの広報から取材が来るかもな。そん時はエース様の事じゃなくて、アンタらの事も喋ってやれよ。お前らの取材なんだから」
「お膝元直々にアドバイスどうも。だが、もう3人で回すのは辛くてな、これ以上の成績は期待できないのが本音だ」
「人員の派遣ならいつでも受けるぜ。金はたんまり貰うけどな。きひひ!」
うるさく騒ぎ出した男衆どもに背を向け、廃ビルを出た。全く下衆なやつらだ。あんなのでよく運営が務まる。
なんとなく、近くの自販機が目に留まって、その中から俺は炭酸水を買い、一息ついた。本当、この街は腐ってやがる。なんで生きるためにはあんな事をしないといけないのか。倫理に反した遊びなんぞ、俺はしたくないのに、こんな事に。
ふと、どこか血生臭い、陰気な風が吹く。着ている外套を突き抜けて俺の体を蝕むように、寒さが増す。ああ、無意味な人生。このゲームの終わりは、いつ来るのか。
このデッドエンドの世界から。