スナップ
月守頼人の肩書きは、『スィユート特別対策室付、特務派遣員』である。
『スィユート特別対策室』の要請に従って、特殊な任務に派遣される人員ということになる。
特務派遣員の主な仕事は、スィユートの現地対策員としての役割だ。
簡単に言えば、『囁き病』患者の中でも、ミュータント化を果たした『覚醒者』たちによる怪人撃破を目的とした特殊部隊員だ。
しかし、怪人撃破に必要なスキルを持たない月守には、別の役割が与えられた。
Hoshinaインダストリアル。
元々、重工業系の会社であり、裏では死の商人と囁かれていた、国内兵器産業の筆頭である。
戦車や航空機から始まり、銃器にまで手を広げ、今では重工業、軽工業、化学薬品など手広くやっている巨大複合企業である。
そのHoshinaインダストリアルが開発する対『スィユート』戦用パワーアーマー『STAR.Name.Armor.PROJECT』通称『スナップ』。
月守はその死なない特性を活かして、hoshinaインダストリアルに出向という形でテストパイロットを務めることになった。
「月守さん、本当にいいんですね?」
南海の念押しに、月守は頷きをもって答えた。
月守の目標は『死遊人』への復讐である。
しかし、月守に『死遊人』を殺すような力はない。
しかし、hoshinaインダストリアル謹製の『スナップ』の話を聞き、これに賭けることにしたのである。
『スナップ・ペルセウス型試作機ミラム』
宇宙服よりも重い、総重量百三十キログラムでフル充電状態ならば連続十二分の稼働を可能にした、人間大の、着るパワーアシストアーマーである。
そのパワーは一撃でコンクリート壁を粉々にし、足元に装着した『LTWS』はいわゆる、ローラーダッシュシステムを採用していて、ミラーコート装甲は周囲の背景を投影するモニター機能とレーザー系光線兵器を反射する機能まで備えている。
「んじゃ、最高速度測りますんで、限界までぶん回しちゃって下さい!」
整備士の紫藤が『ミラム』を着込んだ月守に告げる。
「も、もう?」
いきなり最高速度を出せと言われても、『ミラム』を着るのに、三人がかりで三十分。
テストコースのスタート地点まで台車に載せられ運ばれて、エンジンスタート、ようやく台車から降りたところだ。
「ほらほら、若いんだから、ドーンと逝っちゃって下さいよ!」
月守からすれば、二十歳前後にしか見えない小娘の紫藤が手を振り回すのを見て、動揺するしかない。
「いや、俺は四十八で、若いのは見た目だけ……」
「ん? 四十八って言いました?」
「ああ、言った……」
「OKっす!
無線は良好! んじゃ、年の功ってやつで、ドーンと逝っちゃって下さいよ!」
未だ珍しい女性の整備士は、元々、月守の年齢など気にしていないようだった。
テストパイロットはテストパイロットという部品とでも思っているのかもしれない。
暖簾に腕押し、これ以上は無駄だと悟った月守が「始める……」と告げると、紫藤はストップウォッチを構えた。
「LTWS、起動……」
足元のローラーが立ち上がる。
地面を噛むようにして、ローラーが回り、前に進み始める。
月守は少しよろけながら、何とか身体を安定させようとする。
「ノロノロ走行はいらないんで、ぶっ飛ばしちゃって下さ〜い!」
紫藤が無線で伝えてくる。
「ちょ、ちょっと待ってく……」
月守もどうにかバランスを保とうと必死だが、紫藤から追撃が来る。
「外部から操作しますか?」
できるらしい。
しかし、そんなことをされるくらいなら、自分でやった方がマシと、月守も覚悟を決める。
「ミラム、最高速度までアップだ!」
「イエス、マスター」
『ミラム』はこのアーマーに組み込まれた人工知能だ。
音声認識によって、『LTWS』が一気に最高速度まで上がる。
キュルキュル……とローラーが空転する一瞬のタイムラグがあり、速度に併せて出るローラーの爪が地面を噛んで、急加速を見せる。
一周二キロメートルのテストコース、その壁が月守の目前にグングンと迫る。
バランスを取ることすら難しかった月守には、テストコースのカーブを曲がるのも難しかった。
ただの直進。
立てられたタイヤブロックに正面から突っ込む。
「のおおっ!
大事なミラーコート装甲がっ!」
紫藤が悲鳴を上げた。
「ちょおおっ、体、傾けて曲がる努力くらいして下さいよ!」
「無茶言うなっ!
走り方すら教わってないんだぞ!」
「国から鳴り物入りで出向してきたテストパイロットのくせに、そんな事もできないんすか!」
月守は若返ったとはいえ、感覚は未だ四十八歳のままだった。
肉体と感覚、このふたつを擦り合わせるには、まだ時間が必要なのだろう。
「俺の取り柄は簡単に死なないことくらいなんだよ!
いきなり知らない機械の塊を着せられて、動かせと言われて、動かせるもんか!」
「はあっ!?
なんスかそれ!?
もうちょい使える人材寄越してくれてもいいのに……」
「悪かったな!
使えない人材で!」
言ってから、自分の半分も生きていない小娘相手に、何をムキになっているんだ、と月守は反省する。
「仕方ないっスね。
あるもので何とかするのもプロの仕事っスから……」
「あ〜……すまない。
俺は学が無くてな……こういうのも詳しくないんだ……」
「ちょ、ちょ……いきなり弱気にならないで下さいよ!
調子、狂うなぁ、もう……」
「いや、自分より半分以下の年齢の子に、ムキになるのは、さすがに大人げないと思ってな……申し訳ない」
「はあ?
四十八ってマジな話っスか?」
「へ?」
「いきなり、かましてきたから、それなりの態度で返さないとナメられるじゃないっスか……」
「俺はその……囁き病で肉体が変異して……」
「囁き病!?
あの、角が生えたとか、エラ呼吸になったとか、飛べない翼が生えたとかの?」
たしかに、初期の囁き病はそのような報道がされていた。
南海曰く、囁きを上手く聞き取れないまま返事をすると、そのようなことになる、とのことだった。
どうやら紫藤には、その辺りの情報は伏せられているのだろう。
「大丈夫なんスか?」
「あ、ああ……肉体的に若くなっただけだから、健康に問題はないはずだが……」
「いや、そうは言っても囁き病で変異した人たちって国の病院で隔離されるって……」
月守は、はたと気づく。
そうなのだ。世の囁き病患者の中でも変異が酷い者は、国の保護という名の隔離病棟送りになり、そこで集中治療という名の研究材料にされている、というのが一般的な陰謀論で、その実、スキルに目覚めた『覚醒者』は『スィユート特別対策室』にスカウトされているのは、秘密事項に当たる。
「ああ……自己申告で囁き病と言うだけじゃ、認定されないらしい……整形で若返る可能性もあるしな……」
「見た目がもっと変じゃないと、国の保護対象にならないってことスかね。
世知辛いっス……」
「まあ、おかげでこうして、職にありつけたってのもあるけどな」
こうして話している間も紫藤は他の整備士たちと忙しく立ち働いていた。
『スナップ』の装甲に傷がないか確かめたり、電源が切れるのを見越して台車を用意したりだ。
「さて、じゃあ、なんとありつけた職で、仕事するっスよ」
『スナップ』の電源が生きている間ならば、脱ぐのはそれほど困難ではない。
専用の台車に座れば、駐機は完了する。
そうして、専用のパイロットスーツ〈薄くて丈夫、動きの邪魔にならない、ちょっと先鋭的なピッタリスーツだ。月守が全身タイツみたいだと思ったのは、あながち間違いではない〉姿になった月守は、紫藤に呼ばれる。
少々、いや、だいぶ気恥ずかしい気持ちの月守だったが、また、すぐ『スナップ』に乗るから、気にしてる余裕ないっスよ、との紫藤の指示を受けて、呼ばれるままに紫藤の前に立つ。
座学、というには余りにお粗末な、青空教室で、紫藤は意外にも懇切丁寧に身体の動かし方を指導する。
「スキーの直滑降は安定するっスけど、次の動作に繋げるのが難しくなるっス。
パワーを生かすには、スケートの要領で常に足を動かしながら、目標に向かって、こうっス!」
シュッ、と紫藤のパンチが空を切る。
月守はそれを真似しながら、腕を伸ばす。
「あ〜……格闘経験とか……」
「……ないな」
「……っスよね。
ミラムの改良点が見えたっス」
ここで言う『ミラム』はAIのことであろう。
紫藤は当初、警察関係者などが『スナップ』を使うのだろうと想定して、開発を進めて来たが、テストパイロットとして一般人を寄越して来たことから、そういう使い方、例えば駅に置かれる『AED』のような使い方も考慮に入れるべきだと考えたようだった。
『スィユート特別対策室』からの要望は、『スィユート』に対抗できる、重火器とは別の方向性の兵器、誰かを護れるような、周囲への被害が最小限で済む兵器の開発だった。
それがどのように使われるのか、運用方法などは知らされていない。
もっとも、現行の『ミラム』は開発段階の試行品、まずは『スィユート』に対抗できるだけの性能が求められている。
量産化などは、まだまだ先の話だ。
とはいえ、月守は『スィユート特別対策室』が示した運用方法のヒントだ。
月守が動かしても『スィユート』に対抗できる兵器、ソレが望まれているのだと紫藤は頭にインプットするのだった。
かくして、月守のテストパイロット生活は始まるのだった。