一緒にやつらを殺しませんか?
月守は南海に対して、荒唐無稽な話に聞こえると思うが、と前置きした上で、白龍怪人の話をした。
ひと通りのことを話し終えてから南海が言ったのは、次のようなことだった。
「とりあえずは、月守さんが人間で覚醒者だということは、信じておきます。
他の方と符合する部分も多いので。
しかし、白龍怪人ですか……目撃情報はありませんし、シユートが人語を解すとなると、どうなるか分かりますか?」
「どうなるか?
すみません……正直、あまり学がないもので……」
「ああ、いえ、質問の仕方がいじわるでしたね。
世間一般でシユートは我々、人類とは相容れないモノとなっている訳です。
それは何故か?
ネットスラングにもある通り、死で遊ぶ、人間と似て非なるものだからなんです。
だから、私たちは数兆円という予算を組んで、シユートを殺そうとしています。
もし、月守さんの仰っている、シユートとの会話が可能なのだとしたら、必ず誰かが声を上げますよね。
シユートとの和平を望む声を!」
そこまで言われて、ようやく月守は理解した。
『死遊人』の残虐性を目の当たりにした月守は、到底、和平など納得できないが、未だに平和ぼけした人々はたしかに存在するのだ。
大半の人は危機に直面するまで、それを危機だと気づけないものなのだ。
月守が黙り込んでしまい、南海は続ける。
「私はごめんですよ。
和平交渉なんて冗談じゃない……。
調べてみて、嫌でも理解させられました。
アイツらは人間の命なんて、なんとも思ってないんです!」
「ああ、その通りですね……。
白龍怪人なんて居なかった。
俺の妄想だったようです……」
月守は前言撤回して、南海の求める答えに行き着いた。
「そうですか。
では、調書から削除しておきますね」
満足そうに南海は頷き、月守は暗い笑みを浮かべた。
そこからは、月守に何ができるのかという話になる。
「……つまり、ある特定の行動をしないと死なない能力と、知らないことを知れる能力ということですか?」
「ええ、そうなりますね」
「例えば、半田さん……月守さんが助けた人ですけど、彼は指からエネルギーの塊を出す能力、半田さんが言うには【モラル・リング】と、並外れた身体能力、こちらは【英雄の肉体】というそうですが、そのふたつがあるそうなので、持っている能力はふたつということになります。
今のところ、私たちで調査した囁き病患者の能力所持数はひとつか、ふたつ……しかも、囁きが明瞭に聞こえるほど、重症、つまり肉体的な変異が進む傾向にあるようです」
「へえ、その【モラル・リング】というのが、今回のアリ怪人を倒した……」
「そうなります」
───【捨て去る想い】……リング系遠距離射撃スキル、MP3消費───
「あ……」
月守が驚いていると、南海がそれに気づく。
「どうしました?」
「ええと……囁きが……」
「例の能力が働きました?」
「ええ」
月守は【モラル・リング】の説明をそのまま声に出した。
「捨て去る想い、ですか……もしかして半田さんは精神的にも何か影響を受けているということでしょうか?」
南海は考え込むように言った。
「分かりません……」
月守としては、【百科事典】がどういう状況で働き、どれくらい使えるのかも分からない。
「お話を聞く限り、まるで本当に……いえ、それよりも、その能力は任意で使えるものなのでしょうか?」
南海は、この世界がそうだと認めたくないかのように、首を振って、より現実的なことに目を向ける。
「それも良くは分かりません……魔王因子について調べようとした時は……」
───魔王因子……次元上位者より齎される変異因子。ゲーム要素の一部として使われるが、同時に進化の可能性も秘めている。───
「聞こえた……」
「何が聞こえました?」
「魔王因子です」
月守は同じように、魔王因子についてを語る。
しかし、南海は冷静を繕っていながらも、魔王やゲームという単語に眉を顰める。
「今のところ、『魔王』に選ばれたと聞けたのは、月守さんだけです。
皆さん、選ばれました、とだけ聞こえたと仰っています」
「……そうですか」
そもそも、この世界が仮想現実で、ゲームの舞台に過ぎないと言われても、それを信じるのは難しいかもしれない。
やはり、南海はそこには触れずに話を進めようとする辺り、月守も少し揺らいで来る。
それを言ったのは、白龍怪人であり、その白龍怪人たちが振り撒いたとされる『囁き病』の結果であるスキルによって齎されたものだ。
現実世界をまるでゲームのように改変されているという可能性もある。
だが、月守は実際に白龍怪人に会っている。
その白龍怪人から受けた印象は、絶対的上位者の持つ、恐怖と余裕と知的好奇心だ。
わざわざ嘘を吹き込む理由が見つからない。
だからといって、ここで月守が強弁したところで、南海がわざわざスルーした話題だ。
前提に組み込む気がないことは分かる。
「まあ、魔王うんぬんはさておき、問題は月守さんのもうひとつの能力ですね。
特定の行動を取らないと死なない能力……特定の行動というのは?」
「…………。」
「ああ、失礼しました。
言いたくなければ、それで……。
ただ、ひとつだけ。
それは死に方と関係あったりしますか?」
「死に方?」
「例えば、絞殺、刺殺、出血多量、心臓麻痺……そういった死に方です」
「いえ、能力としては、ギミックを解かない限り死なない、らしいですが……それが本当かどうかも分からないんです……」
「今のところ、胴体が真っ二つになっても死なないという実証はありますけどね……」
「はあ……」
月守の記憶はアリ怪人の複眼に包丁を突き立てたところで途切れ、目が覚めてみれば、触手が腹の辺りから出ているところで、南海から銃で撃たれたという混乱の中だった。
死なない、らしいという言葉に、月守の実感のなさが現れている。
「それで、ですね」
南海が改まって座り直す。
「職業欄が無職となっていますけど……」
「ああ……元は天立第一中学校で用務員をしていました……」
「天立……天立というと、あの?」
「はい、教員、生徒、併せて五十六名の死者を出した襲撃事件の学校です……」
「……もしかして、野浜の事件に軽トラックで突っ込んだのは……」
「そう、ですね……仇を取りたかったんです……先生方や知っている生徒さん、名前を知らない子もいましたが、それでもあんな風に殺されていい子たちじゃなかった……自分はあそこで用務員として勤めて、二十年以上になります。
たくさんの子供たちを見送って来ました。
あんな……あんな玩具みたいな殺され方……ライオン怪人の肩が笑いに震えて……許せなかったんです!」
月守は真っ直ぐ前を見据えたまま、それでも溢れて来る涙が落ちるままに、その悔しさを口にした。
逆に南海の方が俯いてしまうような、月守の魂の叫びだった。
南海は静かにそれを告げる。
「……一緒にやつらを殺しませんか?」
月守は目を見張り、それから頷くのだった。