表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

ベータテスト


 車を使えば十分と掛からない距離に野浜市のその駅はある。

 月守は心臓の高鳴りを感じながら、ようやくあの子たちの仇が討てるかもしれないと気が逸る。


 月守は携帯のライブ配信動画でニュースを掛けながら、車を飛ばす。

 目指す駅はベッドタウンに繋がる駅で、駅正面には昔ながらの商店街が軒を連ね、大型バス用のロータリーもある。

 怪人は商店街通りに居るようで、配信カメラは集まり始めた警察車両に遠ざけられ、怪人の姿を映すことはない。

 ただ、時折、ガラスの割れる大きな音が響き、誰かの悲鳴がこだまする。


「あ、警察側に動きがありそうです!

 機動隊がプラスチックの盾を並べています。

 突入でしょうか?

 現状、警察官たちの使う拳銃弾は死遊人(シユート)相手にはほぼ無効とされていますが、それでも突入するというのでしょうか!?」


 リポーターが状況を説明する。


 月守は助手席に置いた、タオルで包んだ包丁を見る。

 白龍怪人の目を覚えている。

 全身を鎧のようなもので覆っていたが、目はある。

 唯一、装甲で覆われていない目が狙えれば、と考えている。


「突入ーっ!」


「突入、突入です!

 無謀とも思える突入ですが、これ以上、市民への被害は看過できないとの判断でしょうか?

 未だ、商店街通りには逃げ遅れて商店内に隠れる人々がいます。

 その人たちの安否が気遣われます……」




「はははっ!

 ちょろい、ちょろい!

 いい場所引いたぞ!」


 『アリ・スプライトシリーズ』の鎧を着たヒライクは槍を片手で振り回しながら、そのNPCたちの脆さに、呵呵大笑した。

 『スプライトシリーズ』は無課金でも手に入れられる鎧だが、課金用『トーテムシリーズ』に比べて、そこまで劣るとは思っていない。

 きちんと育てれば、『トーテムシリーズ』にも通用するくらいのポテンシャルはあるとヒライクは考えている。


 『テラバース』で遊ぶためには、最低でも10レベルは必要で、その為には闘技場でプレイヤー同士の対戦を繰り返さなくてはならない。

 10レベルまでは、ろくな装備もなく、スキルもない、純粋なプレイヤー同士の技量勝負になる。

 その闘技場対戦をヒライクは最短で上り詰め、10レベルになった瞬間に『テラバース』行きを決めた。

 往々にして、こういうゲームはリソースの奪い合いだ。

 鎧に拘ることなく、スキルに拘ることなく、一刻も早く良い狩場を独占する。

 その結果が今なのだ。


 クモ鎧のアラカネザンの記憶フラグメントを観たヒライクはワクワクが止まらなかった。

 千人殺し。

 次から次へ、流れるような動きでNPCを倒す様は、流麗と言ってもいいものだった。

 あれくらい動けたら、絶対に楽しいだろうとヒライクは夢を見る。


 そのつもりで槍を突き出し、横に振る。


 だが、いくらヒライクが技量に優れていようと、それは他のプレイヤーと比べての話だ。

 普段は肉の身体を持たない精神生命体であるが故に、その動きはNPCから見ると、雑なものだ。

 レベル補正と鎧の能力補正のお陰でそれなりになっているに過ぎない。


 しかしながら、人知を超えた怪力と防御力、それだけでも人間にとっては脅威だ。


「突入ーっ!」


 あからさまに訓練された動きとお揃いの服装、装備。


「お、どれどれ、経験値はどんなもんだ……」


 ヒライクは警官隊の突入を真正面から受け止めるべく、槍を構える。

 透明な盾、盾だろうか。

 槍をひと振り。

 バキバキバキッと簡単に割れる。


「うわぁ、脆い装備……」


「撃てーっ!」


 拳銃弾がヒライクの腕や足に当たる。


「おっとっと……ノックバックさせられるな、クソッ!」


 ダメージはほとんど無くとも、動きを制限されるこの金属弾の攻撃はムカつかされる。

 ヒライクはレベルアップで得た【蟻酸噴流(アシッドシャワー)】を使う。


 アリ怪人の腕、そこに沿うようにノズルが持ち上がったと思うと、そのノズルから毒液が噴出する。

 その毒液は、なにもかもを溶かしていく。


「うおっ、あつっ……」


 一滴が拡がり、頬に穴が空き、拳銃がボロリと落ちて、腕が、足が、胸が、腹が溶けて、汚い液体になって地面に染みを作り、それでもまだ足りぬと、地面まで侵食していく。


「うわぁっ! と、溶ける……」


「いやだっ! 死にたくないっ!」


「た、助け……」


 一瞬でそこは阿鼻叫喚の地獄と化した。


「おおぉ……強力……このスキルはやべぇ……ぬおっ、MPがもうねえっ……強力なだけに消費が激しかったな……」


 ヒライクは鎧の中で、もごもごと呟く。

 だが、ニヤニヤと笑ってしまう。


「ほら見ろ……無課金鎧だって、育てりゃ強えじゃねえか……」


 自分の目論見が当たったと確信したようだ。

 その内に、肩を震わせる笑いが込み上げて来た。


「くっくっくっ……あっはっはっはっはっ……ここら辺一帯を俺の狩場として囲うのもいいな……そんで後発のやつらを一網打尽にしてやるか!」


 NPCたちの悲鳴を心地好く聞きながら、ヒライクは自身の残虐性が慰められるのを感じる。

 ゲームを閉じれば、新たな未来と調和への思索、さらなる先の次元への上昇を試みる仕事が待っている。

 ここで存分に邪念を落としておけば、現実の仕事も捗りそうだと喜んでいた。


「【モラル・リング】!」


 それは和菓子屋の片隅に隠れていた青年から発せられた。

 指先に集められた光弾。

 それをスキルとして放って来たのだ。


 ズギュルルル……。


 ヒライクの肩に穴が空く。


「くおっ……なんだ!?」


 振り向いたヒライクの目に飛び込んで来たのは、さっきまで蹂躙していたNPCの中の一人だ。


 青年は、カタカタと歯を震わせながらも、それをなんとか押し殺して、立っていた。


「わ、分かったぞ……僕にこんな力が宿った意味が……」


「痛え……そうか、肉体がある弊害ってやつか……」


 ヒライクはその初めての衝撃に、まじまじと自分の肩の穴を見る。


死遊人シユート……お前たちを倒せるのは、僕だ! 【モラル・リング】!」


 青年の指先に光が集い、それがまた放たれた。


 ヒライクはその光弾の先を見て、慌てて身体を伏せた。

 ヒライクの頭上を光弾が掠める。


「あぶねえ!

 ……そうか、お前がNPCの中に混じるエネミーか……」


 ヒライクは『テラバース』を始めるに当たってあった説明を思い出した。


 多少のスリルを味わえるようにNPCの中に敵性存在が混じっています。

 魔王を倒して、豪華報酬をゲットしましょう!


「そうか、そうか……こいつはおもしれぇ……」


 ヒライクは槍を両手で構える。

 肩の痛みが動きを阻害しているが、それがまたヒライクを興奮させる材料だ。


 ずんずんと歩くヒライクに、青年は逃げ出した。


「はぁ……はぁ……そんな、外れるなんて……まずい……計算外だ……」


「はははっ、待てよ、エネミー!

 楽しもうぜ!」


 まさしくヒライクは狩人気分でゆっくりと青年を追い詰めるつもりだった。


 商店街を抜けようとすると、警察の包囲網が囲んでいる。


「どいて! どいてくれ!」


「早く、こっちだ!」


「発砲許可! スィユートの胴体を狙え!」


 走る青年の後ろに向かって、散発的に警官たちの銃撃が放たれる。


「クソッ、またノックバックか……【大顎飛槍(アントジャベリン)】!」


 ヒライクは槍を警官隊に向けて投げつける。

 槍は『アリ・スプライトシリーズ』の鎧から生み出された物で、口元の大顎を折りとるとMPが続く限り新しい槍が作れる。

 槍はエネルギー波を発しながら、七、八人の警官たちを巻き込むように、地に刺さると爆発した。


 【大顎飛槍(アントジャベリン)】を数発。

 それだけで包囲網を作る警官隊を蹴散らすには充分だった。


「うわっ……」


 後ろから来るエネルギー波のその余波だけで、青年は吹き飛ばされそうになり、なんとかその場で踏みとどまった。

 目の前で爆発が起きる。

 警官たちが吹き飛ぶ。

 途端に目の前が開けた空間になってしまう。


 青年は自分が遊ばれていることを知った。


「死遊人……」


 その言葉が青年の体にまとわりつく。


「おい、もう諦めるのか?」


 ヒライクが槍を片手に立ち止まって言う。

 しかし、『アリ・スプライトシリーズ』の鎧はそれをまともな言語として発させてくれない。

 モゴモゴとした音、語るはその態度のみである。

 白龍怪人がまともに話していたのに、アリ怪人は音声を音声として発せない、それは白龍怪人の着る鎧はイベント報酬用の『レジェンドシリーズ』だからであり、NPCとコミュニケーションを取ることは特別な報酬として用意されているからだった。


 知ることで得る恐怖と知らぬことで得る恐怖、それをこのゲームの運営はコントロールしたいという意図が見え隠れしている。


「い、嫌だ……こんなところで死ぬ訳には……」


 青年が踵を返す。

 それを待っていたと言わんばかりにアリ怪人は槍を投擲する姿勢に移行する。


 その時、青年の耳には爆走する軽トラのエンジン音が聞こえた。

 そして、それはすぐに見える。




 月守が観るニュースサイトでは、警官隊が突入した。


「ここからでは、状況が見えませんが、激しい銃撃音が響いております!」


「下がれ! 下がって!」


 警察車両の防衛線が慌てたように下がる。

 それに押されるように、ニュースサイトのカメラも下がる。


「ここも危険になるようです。

 商店街の奥から負傷した警察官たちが、次々と運ばれて来ます!

 うっ……さ、下がろう……」


 リポーターの男性が負傷した警察官を見て怖気付いたのか、カメラマンを押すようにして下がる。


 しばらく、慌てて下がる様子が映されていたと思うと、リポーターが画面の外のスタッフと無言でやりとりする様子が映され、それからリポーターは大きく頷いた。


「えー、ここからでは状況が分かりませんので、当番組では秘密兵器を投入しようと思います。

 画面切り替わります……。

 えー、あ、見て下さい!

 今、こちらドローンカメラの映像ですが、どうやら商店街の反対側へと事件現場が移ったようです!

 これは……一般市民の方でしょうか?

 必死に逃げて来る様子が見て取れます。

 警官隊たちが、必死に逃げて来いと呼びかけています!

 どうか、助かって欲しいです!

 はっ……あ、ああっ……警官隊の防衛線が……あっ……い、今、大きな爆発が起きました!

 け、警官隊の防衛線が……パトカーも爆風に煽られ横転するほどの威力です!

 大きな爆発が三回、ドーン、ドーン、ドーンと起きました……」


 月守は、チラリと画面を確認すると、軽トラのアクセルを踏み込んだ。


 そうしてこの時、月守は目指すモノがようやく遠景に捉えられた瞬間だった。

 黒を基調として赤を混ぜ込んだ怪人。

 それは仇を討つと決めた相手ではなかったが、たくさんの犠牲者を生んだ憎きモノ、そのひとつなのだと理解ができた。


 爆走する軽トラに、青年が慌てて道を譲る。


 月守はブレーキを踏むことなく、それどころか、更にアクセルを踏み込んで、躊躇なくアリ怪人へと突っ込んだ。

 自分は死なない、そう言い聞かせての特攻だった。


 ニヤニヤとその時を待っていたヒライクは、青年が横に逸れたのを目で追いながら、歓喜の瞬間を想像していた。


 魔王を倒して得る豪華報酬は何になるだろうか。


 それはおそらく、まだプレイヤーの誰も成しえていないはずだ。

 ベータプレイヤーとしては一番乗りしたはずだと確信があった。


 そんな油断。


 月守にとっては幸運にも、ヒライクにとっては不運なことに、油断がそれを招いた。


 ドンッ!


 軽トラが限界速度でアリ怪人を攫う。

 ブレーキ音が鳴ることなく、そのまま商店街の壁にぶつかった。


 どがんっ!


 軽トラはその車体を潰しながら、壁を破り、中の商品をぐちゃぐちゃにしながら、内壁にぶつかり止まった。

 月守はエアバッグに埋まり、ひしゃげた車体に押し潰された。

 フロントガラスを突き破って、アリ怪人の顔がすぐそこにあった。

 車が止まった瞬間、反動で座席に強く打った頭が痛い。

 月守の身体から、シュウシュウと煙が立ち昇る。

 この時、月守の上半身と下半身は、ふたつにちぎれた。

 しかし、余りの衝撃に月守はそのことに気付かなかった。

 車内で舞った包丁が、その包みから弾けて、月守の顔のすぐ横に突き立っていた。

 月守が包丁を握る。

 アリ怪人の顔はすぐそこにある。


「ああああああああああああっ!」


 月守は叫びながら、アリ怪人の複眼に包丁を突き立てた。

 上手く力が入らなかったが、それでもアリ怪人の複眼を突き破るくらいの力は出ていたようだ。


 ブジュ、ブジュと気持ちの悪い音を響かせて、何度も何度も包丁を突き立てる。


 アリ怪人が腕を振り上げた。

 アリ怪人の腕は、アリ怪人の形にへこんだ軽トラのシャーシに埋まっていたが、そんなものは関係ないとばかりに、力任せの動きだ。


 軽トラが弾かれたように商店の中で跳ねた。

 シェイクされた月守の上半身がフロントガラスから飛び出て、月守は意識を失った。


「ちくしょー!

 ……はひっ……はひっ……」


 鎧はヒライクのアバターと神経で繋がれている。

 肉体的痛みなど、これまで無縁だったのだ。

 その初めての感覚がヒライクに異常な集中力をもたらした。

 ヒライクの眠っていた衝動に火をつけたのだ。


「殺してやる……全部……全部……」


 ヒライクは軽トラを片手で押し退けて、軽トラが空けた穴へと向かう。

 外の光を本能的に求めた。


 穴の縁に手を掛け、空を見上げた。

 これがゲームだとか、ゲームじゃないとか、どうでもよくなるほどに、ヒライクの片目はその空の青さが憎く思える。


 と、ヒライクが眠っていた本能を開花させようとした時、光弾が彼の胸を貫いた。


 なんだ、と思って視線を下げる。


 魔王だ。特別報酬の持ち主。逃げ回っていたアイツ。

 地べたに転がるように腰を抜かしていながら、その指先だけがこちらに向いていた。


───ゲームオーバー───

───貴方のアバターは失われました───

───レベルはゼロになります───

───次は勝てますように……───


 ヒライクの頭の中で声が響く。


 アリ怪人が一瞬にして塩の塊になり、崩れていく。

 そして光の粒子が立ち昇ったかと思うと、それは解けるように消えていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ