ゲームマスター
そこは異次元空間の情報交換の場。
可視化したところで、光と波がお互いに振動しながら、交わったり、打ち消しあったりしている様にしか見えないので、あえて三次元、『テラバース』方式で再現するとしよう。
そこは歪んだ会議室だ。
会議室と言っても、そう堅苦しい場ではなく、まるでカフェテラスのような場所で四人の男女が顔を突き合わせている。
獅子のような鎧を着たギャリオ。
狐のような鎧を着たテルシャン。
蜘蛛のような鎧を着たアラカネザン。
龍のような鎧を着たハクダーリュ。
本来は言語化不可能な長ったらしい名前だが、便宜上そう名付けておく。
「テラバースは面白い場に育ったが、ゲームとしては不完全だ」
ギャリオが顎を撫でながら言う。
「ギャリオと同意見ね。
歯応えが無さすぎるわ……」
アラカネザンがつまらなそうに足を組み替えた。
「千近く殺しまくったアラカネザンがそれを言う?」
テルシャンがおちょくった調子で笑う。
だが、アラカネザンもそんなテルシャンを嘲笑うように答える。
「あら? テルシャンは満足だったの?」
「まさか! まあ、ストレス発散にはなったけど、スリルは足りないし、PVPをメインコンテンツにするにしても、そこに至るまでの過程は大事だよね!」
「つまり、NPCを強化すると?」
それまで三人の会話を静かに聞いていたハクダーリュがまとめた。
「見る限りではNPCたちは我らを外敵と看做して、排除する動きに出そうではある……ただ、進化を待っていては納期に間に合いそうもないってのが現状だな」
「では、進化の幅を残しつつ、貴方たちの言うスリルの種を撒いてきましょうか」
「スリルの種?」
テルシャンが聞く。
「魔王因子を使いましょう。
大きな感情の振れ幅によって育つ例のアレです。
感情データの蓄積量も増えますし、VRなら問題ないでしょう」
「あら、貴女の口からそんな言葉が出るなんて、意外だわ……」
アラカネザンの含みのある言い方に、ハクダーリュは薄く笑みを浮かべる。
「そうかしら?
私にも遠い魔王因子が少しは残っているということかしらね?」
それを聞いて、アラカネザンは軽く肩を竦める。
「まあまあ、どちらにせよ僕らの嗜虐心の発露はVR内で留めておくべきだよ。
自滅の道なんて嫌だからね!」
「ええ、その為にも、納期は遅らせられないわ」
テルシャンが場を諌めて、ハクダーリュはそれに乗ることにしたようだった。
「それにしても、ヒトね。
面白い進化をしたわね」
ハクダーリュはその進化の方向性に興味があるようだった。
「そう? 進化の途上で退化する種でしょ?
次元上昇の可能性を持っていた時期もあったのに、わざわざ何度もやり直すなんて、無駄じゃないかしら?」
アラカネザンはヒト種に対して否定的だ。
「まあ僕らだって、次元上昇の前は似たような歴史だったって聞いたけど?」
テルシャンは情報を拾い上げて言う。
「物質的な法則だけを真実として見る種らしいからな。
肉体に縛られる状態が心地良いとでも考えているんだろうよ」
ギャリオが馬鹿にしたように鼻で嗤う。
「ふはっ……でも、僕らもわざわざ肉体なんて重い枷を嵌めてまで、ストレス発散に勤しむ訳だ。良く効く皮肉だね!」
「でも、その意味を知っているかどうかで、結果は随分と変わってくるものよ。
私たちのさらなる次元上昇には必要な過程だわ」
テルシャンの笑いにハクダーリュが諌めるような口調で言う。
「そうだぜ。欲望は満たすものだが果てがねえ。
器を自らで律することができなきゃな」
「分かってるよ!
僕だってゲームマスターの一員だぞ!
馬鹿にするなよ!」
「ふふふ……若いっていいわねぇ……」
「アラカネザンまで、僕を馬鹿にするのか?」
「あら、違うわよ。
これは期待。まだ倦まずにいられるもの……」
「そうね。
テルシャンは我らの世代が生み出した、新たな希望。
次元上昇の扉を開くのは、テルシャンかもしれないものね」
「ふん、言ってればいいよ……」
「あら、本当よ。
極大まで拡がった古い方たちは、極大のさらに先に次元上昇があるとお考えだけれども、今の考え方の主流はそちらに無いもの。
おそらくは別の角度、それが何かは分からないけれど、私はアナタなら解けると思っているのよ」
「それが僕をゲームマスターに選んだ理由?」
「それとこれとは別よ。
ゲームマスターに選んだのは、テルシャン、アナタが優秀だったからよ」
テルシャンは俯いて、もごもごと口の中で呟く。
どうやら、照れながらも納得したようだった。
「魔王因子が花開くまでは、下手に触らない方がいいかな?」
ギャリオが少しつまらなそうに言う。
「そうでもないわよ。
定期的にAIの観察はするべきだわ。
進化は魔王因子だけとは限らないのだから」
「よし、じゃあ、今度は僕が観て来るよ!」
ハクダーリュの言に、テルシャンが手を挙げる。
ギャリオとアラカネザンはそれが子供特有の褒められて、やる気に満ちる状態だと知りながら、わざと素っ気なく道を譲るのだった。