白龍怪人
貴方はこの世が仮想現実だって知っていましたか?
白龍怪人から出た言葉が月守には一遍たりとも理解ができなかった。
『死遊人』と呼ばれる怪人。
仇を討ちたいと願い、それが無理なら天罰をと願った仇敵。
怒りと共に、渾身の力で投げた椅子は片手で読書の合間に振り払われてしまった。
今は、たまにニュースで見る『死遊人』の蛮行に、恐怖で動きが固まった月守は、必死に動け、動けと自身に願っていた。
「知らないですか?
貴方たちは私たちが作った仮想現実の中で偶発的に発生した架空のキャラクターなんです。
貴方たちに分かりやすく言えば、AIのひとつです」
「……なにを言って、る」
月守はどうにかそれだけを絞り出した。
「ここは私たちのゲームの中なんです」
「ゲーム……?」
「そう。ゲームです。
私たちは、ここをゲームフィールドにして、遊びます。
まあ、遊びを通して、ストレスの軽減をするのが目的です」
白龍怪人は対話をすると言って、本当に対話を望んでいるように感じる。
その白龍怪人の姿も本来は別の姿に白龍を模した鎧のようなものに見えてくる。
瞳の奥には知性の光があり、人間性のようなものすら感じる。
その態度に月守は少しだけ緊張を解きかけたが、相手は人間の命など、なんとも思っていない死をもて遊ぶ者、『死遊人』だ。
多いところでは千人単位の死者が出ているところもある。
慎重に慎重を重ねて、顔を上げた。
すると、白龍怪人は続ける。
「いくら次元上昇したところで、私たちも魔王因子からは逃れられないんです。
肉体が無くても悪徳はなくならない。
他人を害したり、独り占めしたいと思ったり……そう、ちょうど貴方たちと同じなんですよ。
ただ、行き過ぎて種としての限界を迎える瀬戸際にいるだけです」
次元上昇、魔王因子、種としての限界……月守はない頭を振り絞って、なんとか言葉の意味を探ろうとするが、分かることは少なかった。
「もっとも、私たちに悪徳は必要だと考えてはいるんですよ。
本当に清らかな魂なんてものは、逆に躊躇いを生みませんから……まあ、そこでゲームな訳です」
必要悪。少しくらいヤンチャな方が、他人に優しくなれる。
全てはバランスだ。
それは、そこだけは少しだけ分かる気がする月守だった。
「だからといって、人殺しが許されると?」
分かる気がするからこそ、超えてはいけない一線というのはある。
月守は、ふつふつと煮える胸の焔に押されるようにして、白龍怪人に口答えした。
白龍怪人は少しだけ悲しそうな瞳を見せてから、告げる。
「ヒト種からはそう映るのでしょうね。
ですが、この世は仮想現実。
元々がこの為に用意した世界です」
淡々とただ事実を伝えようという白龍怪人の声音は冷たさではなく、温かささえ感じる。
だからこそ、白龍怪人が怪人という種のために動いていることが分かるからこそ、月守にのしかかる絶望は重い。
「仮想現実? この世界が?
触れるし、俺は自分で考えて行動できる。
もし仮に、この世界が仮想現実なんだとしても……俺たちにとっては、この世界こそが現実だ。
理不尽に抗うことも許されず、お前らの快楽のために殺されろと言うのか……」
「いいえ、抗って下さい。
この世界がゲームとして機能するために。
その為の魔王因子なのですから……」
白龍怪人の声音に笑みが混ざる。
月守には分からない。
その分からない顔を見てとったのか、白龍怪人は思い出したように手を打った。
「ああ、まだ、発現していなかったのでしたね」
言って白龍怪人が一本だけ立てた指を、そっと月守の額に当てた。
月守は、その握られた方の指が五本あることに気づいて、ああ、本当にこいつらは神とか、そういう類いの、人類とは別種の生き物だと理解する。
指が触れる。
───貴方は魔王に選ばれました───
囁き声が聞こえた。
「なんだ?」
「魔王因子の発現です。
簡単に言えばゲームギミックです。
これから来る、プレイヤーたちの為の……」
───貴方の性格、行動をスキャンして、基礎的な魔王因子を発現します───
「なるべく、私たちを困らせる魔王になって下さいね」
白龍怪人の声が少し遠く感じる。
月守は急に目眩がして、身体が重くなった気がした。
「待て……俺に、何を……」
「まさかここでNPCに会うとは思っていませんでしたから、ひとつだけ。
感情を解放して下さい。
それが貴方を助ける鍵になるでしょう……」
そう言い残して、白龍怪人は粒子になって消えていく。
月守は身体の異変に、ふらふらしながら手を伸ばす。
だが、その手は何も掴めぬまま、月守は机や椅子を盛大にぶちまけるようにして倒れるのだった。