デモンストレーション!
スナップ強度テスト。
ウィィィィィィン……。
クレーン車に吊るされた重さ一屯の鉄球がゆっくりと上に向かっていく。
昔、家屋やビルの解体工事などで使われた、フンドウと呼ばれる重機だ。
月守がhoshinaインダストリアルに出向になってから一カ月。
今日はhoshinaインダストリアルのお偉方を招いてのデモンストレーション的なテストの日である。
「だーれも招いてなんかいないっスけど、アメリカのブラック&スミス社の重役が観に来ているんで、気合い入れるっスよ!
よそ者の入る余地がないくらい、ウチが最先端だって、証明すればいい話っス!」
紫藤が部下の整備士を前にはっばを掛けている。
紫藤の情報によると、hoshinaインダストリアル内でもうひとつ『対スィユート兵器開発部所』が作られる動きがあるとのことだった。
それが作られた場合、紫藤たちの部所は第一開発部、ブラック&スミス社と共同で開発を進める部所が第二開発部として発足する可能性があるらしい。
その場合、紫藤たちが作った『スナップ・ペルセウス型試作機ミラム』に使われている技術は、ブラック&スミス社に技術提供されてしまう。
それが、hoshinaインダストリアル上層部がブラック&スミス社と交わした交換条件になっている。
「上はなんにも分かってないんス!
画期的エネルギーシステム、超複合装甲、パワー変換装置、ミラーコート用の波長変換パネル、戦闘支援人工知能ミラム……ウチらの作った技術は、簡単なもんじゃないってのに!
ブラック&スミス社なんかに渡したら、すぐに軍事転用されて、世界のパワーバランスがぐっちゃんぐっちゃんになるってのが分かってないんスよ!」
そうだ! そうだ! と紫藤の部下たちが気勢を挙げる。
「ウチらが作り上げたスナップは、死遊人から人間を護るためにあるんスよ!」
月守は技術的なことは分からないが、この一カ月で、『スナップ・ペルセウス型試作機ミラム』が今までにない戦闘服になることは理解していた。
紫藤の演説を聞くまでもなく、コレが人間相手に使われるなどということは、あってはならないと思っている。
「大丈夫だ。絶対に上手くやってみせるよ!
いや、ミラムの言うことに従っておけば、大丈夫、だろ?」
紫藤とその部下たちを安心させようと、月守は笑ってみせる。
「頼んだっスよ……」
いつも以上に真剣な紫藤の眼差しに月守は大きく頷いた。
クレーン車が回る。取り付けたフンドウに遠心力を足して、重さ以上のパワーを溜めようというのだろう。
「ミラム、突っ込むぞ!」
「イエス、マスター。衝撃吸収ジェルヲ、推定ダメージポイントに集中サセマス」
この一カ月で、人工知能『ミラム』と月守の間には、ある種の信頼関係が結ばれている。
『ミラム』は月守の動きの癖を学習して、最適化、時には動きの補助も行ってくれる。
格闘技経験など皆無な月守だが、それでも『ミラム』に新しく搭載された運動補助機能が、月守の動きを最適化してくれる。
スナップの稼働時間は十二分、重さ百三十キログラムの鎧を着た時だけなれるヒーローだ。
月守が走るように『LTWS』を使い、ローラーダッシュして、クレーン車の射程に入る。
瞬間、衝撃吸収ジェルによって少し膨れた腕が、運動補助機能で持ち上がる。
月守はそれに逆らうことなく、フンドウの衝撃を浴びる。
全身がバラバラになるような衝撃。
体が持ち上がり、吹っ飛ばされる。
月守の体重を足して、重さ二百キログラムに届こうかというスナップが、ゴロゴロと地面を転がる。
観覧用に設えられたテントから、悲鳴とも歓声ともつかない声が上がる。
「くおぉ……痛え……」
紫藤とその部下たちが祈るような仕草で見ている。
「ミラム……立ち上がるぞ……」
「イエス、マスター」
月守は運動補助機能の助けを借りつつ、立ち上がると、マッスルポーズをしてみせる。
「「「おおーっ!!」」」
観覧席からどよめきが聞こえた。
破壊力テスト
月守の後ろには厚さ一メートルのコンクリートの塊が置かれている。
テストコースを回って、このコンクリート壁をぶち破るというのがテスト内容だ。
観覧席の前では、同じ物が用意され、それを巨大な鉄製ハンマーで殴るデモンストレーションが行われる。
ガキンッ! と音を立ててコンクリート壁の表面が削れるが、それだけだ。
「ミラム、LTWS起動!」
「イエス、マスター」
それはまるで風のように、ローラーダッシュを使い、月守は一気に加速する。
滑らかにカーブを曲がり、加速。
最高速に乗るまで、わざと遅らせて、優雅にも見える直線を通り、さらに、カーブをふたつ超える。
「ミラム、最高速だ」
「イエス、マスター」
最後の直線。
それは一瞬の出来事だった。
月守は走りながらも全身の回転を足元から腰、肩、腕へと伝えていき、腕を伸ばしきった状態で止まる。
爆砕と言っていいだろう。
インパクトの瞬間の、その完璧な振り抜きは肉眼で捉えられる者が何人いるだろうか。
厚さ一メートルのコンクリート壁は粉々に砕け散り、月守の移動を邪魔するものは、すでに無かった。
振り抜いた姿勢のまま、月守はゆっくりと止まる。
数秒の間の後、観覧席から息を呑む音がして、その後、盛大な拍手が巻き起こった。
「ミラム、お疲れさん」
「イエス、マスターモオ疲レ様デシタ」
「最高っス!
月守さん、最後の一撃は完璧だったっスね!」
無線で紫藤が叫ぶ。
「いや、ミラムに身を任せただけだよ。
褒めるなら、俺の動きを完璧にサポートしてくれたミラムだ」
「まあ、ソレを作ったのはウチらなんスけどね」
「ああ、それもそうか。
じゃあ、技術屋のみんなに、ありがとうだな!」
開発部の面々が月守の言葉に歓声を挙げる。
今回のお披露目は、これ以上ないほどに成功だと言える出来だった。
テストコースの外部用スピーカーが、少しのハウリングを起こして、電源が入ったことを報せる。
「あー、あー、取締役の星名正一だ。
開発部諸君、良くやってくれた。
スナップの原型としては最適な出来だと思う。
素晴らしかった!
ここで、ブラック&スミス社のジミー・カース氏に感想を聞いてみよう。
ジミー、頼む……」
「オーケー、ショーイチ!
ハーイ! ジミーだよ!
とてもグレートなショーだね!
ただ……ワン、リクエストしたい!
ウチのストレングステストを受けて欲しいんだ!
hoshinaのスナップなら、簡単にクリアしてしまうかも、だけどね!」
「ミスター、ジミー?」
マイクは取締役、星名正一とジミー・カースの会話を拾う。
「ノープロブレム、だろ、ショーイチ。
スナップはパーフェクトなプロテクターだ。
手間はとらせないよ!
用意はして来たんだ、サプライズ!」
「は、はは……はじめからそういうつもりか……オーケー、やってみようじゃないか!」
「フゥー! さすがショーイチ!
話が早いね!
さあ、エビバリ! ショーイチにクラップユアハンド!」
ジミー・カース氏の音頭に合わせて、あちこちから拍手が湧き上がる。
月守は意味が分からず、紫藤に聞く。
「なぁ、テストクリアじゃないのか?」
「くっそ! 専務にも内緒にしとくなんて……ジミー・カース……やってくれたっス……」
紫藤は悔しそうに帽子を地面に叩きつけた。
「全面戦争っス!
全員、ミラムのバックパック交換!
不具合、チェック!
月守さん、急いで戻って欲しいっス!」
開発部の面々が慌ただしく動き始める。
どうやら、今回のテストは一筋縄ではいかないようだった。