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月守の遺恨


「神様、仏様……もうなんでもいいから、俺にあの子たちの仇を討たせて下さい……そうじゃなければ、アイツらに天罰を与えて下さい……」


 そこは小さなお社で、祈る男も何が祀られているのか分からない。

 そもそも、なんでもいいからなんて言う男に神様が答えてくれるとも思えない。


 男は天立第一中学校の用務員をしていた。

 月守頼人(つきもりらいと)、四十八歳。

 していた、と過去形なのは、その学校がつい先日、廃校になったからだ。


 月守は子供たちが大好きだった。

 多少のヤンチャも居るには居たが、そういう子でも、きちんと話せば分かり合える。


 花壇を荒らすには、理由がある。

 親が自分を見てくれなくなっただとか、目立ちたかっただとか、むしゃくしゃしてただとか、理由になっていない理由も、立派な理由だと考えていた。

 大抵、そういう場合は何かの代わりに花壇を荒らす。

 時間をかければ、ぽつり、ぽつりとその子が求めているものが見えてくる。

 そうして、理由を話してくれる子は、花壇を荒らしてはいけない理由も聞いてくれる。

 その理由に筋が通っているなら、ヤンチャな子だって分かってくれるのだ。

 だから、月守はもう二十何年という月日を用務員として暮らして来た。


 学校の先生方は忙しい。

 そんな先生方のように勉強が教えられるほどの学はないが、困っている子に声をかけて、話を聞くくらいはできる。

 だから、自分にとって用務員は天職だと思っていたのだ。


 しかし、務めるべき学校が無くなってしまった今、月守はその悔しさをどうにも埋められずに、ふらふらと学校近くの寂れたお社に参っていた。


 学校が無くなった理由は簡単だ。

 事件があったからだ。

 ある日、学校に突如として現れた不審者は、応対に出た体育教師を殺して、校舎内に侵入、生徒も先生も無差別に五十六人を殺して、多数の負傷者を出して、忽然と消えてしまった。


 後に『ライオン怪人、天立市襲撃事件』と呼ばれたこの惨劇で学校は無くなった。

 余りにも血が流れ過ぎた。

 子供たちにも、先生方にも、深いトラウマを植え付けた学校が使われなくなるのは自然な成り行きだった。


 月守も被害者である。

 その時、ちょうど月守は夏に使うプール後のシャワーのためのボイラー室の点検をしていて、すぐには気づかなかった。

 学校中で悲鳴が上がり、何事かと駆けつけた時、つまらなそうにライオン怪人が投げつけた生徒の体に強かにぶつかられて、気を失う直前、ライオン怪人が粒子のようになって消えていく姿を見たのだ。


 ライオン怪人は後に他の怪人も含めて、ヘブライ語で悪夢、『スィユート』と名付けられたが、今ではネットミーム発祥の『死遊人シユート』の方が通りが良くなっている。


 あの一件以来、日本では何かが狂ってしまった。


 『死遊人シユート』は他の地域にも現れ、それはキツネ怪人だったり、クモ怪人だったりしたが、現れれば必ずその地域に血の雨を降らせた。

 それから、『光の雨事件』。

 隕石が日本上空に降ってきて、大気圏内で突如として爆散、日本中に謎の光の雨が降るという出来事が起き、さらにはその光を浴びた人たちに謎の奇病『囁き病』が蔓延した。


 幸いと言ってもいいのか、月守も光の雨を浴びた一人ではあるが、『囁き病』の発症には個人差があるらしく、特に問題は起きていない。

 『囁き病』は声なき声が聞こえて来るというもので、若者の方が発症は早いと言われている。

 声なき声がどういうものか、統合失調症による幻聴が近いらしいが、『囁き病』は答えると身体に異変が起こるらしい。


 『死遊人シユート』については色々と言われている。


 世界では破滅の時だとか、ハルマゲドンが、ラグナロクが、ギガントマキアが……と騒いでいるが、所詮は日本という限られた地域でのみ起きている出来事と、そこまでの危機感はないようだった。

 むしろ、『死遊人シユート』などは日本で研究していた生物兵器なのではないかなどと槍玉に挙げる国も出てきて、小さな島国はあちらこちらに爆弾を抱えたような状態になってしまった。


 日本では『スィユート関連特別対策法案』が可決され、同対策室の設置、対策予算は数兆円規模の大型法案となった。


 今の話題は、思い出したように現れる『死遊人シユート』による殺戮、警察では歯が立たず、自衛隊の重火器を市街地で使うかどうかが議論の的だ。


 あの日から一年。

 月守は日々を悶々と送っている。

 どうにもできない悔しさを抱えながら、時折、あちらこちらの神社仏閣に出掛けては、謎の願掛けをする日々。

 そろそろ別の仕事を探さねばとも思うが、未だあの悪夢から抜け出せずにいる。


 月守が住むのは無くなってしまった学校にほど近いアパートの一室だ。

 今日、学校近くの寂れたお社に来たのは、どうにかトラウマを克服しようとしてだった。

 行きは避けたが、帰り道、月守は学校へと向かう。


「新しい道に踏み出さなきゃな……」


 自分に言い聞かせるように呟いた。


 学校の正門には、立ち入り禁止の黄色いテープが寂しげに揺れていた。

 誰が剥がしたとかではなく、風化して剥がれたのだろう。

 正面玄関は青いビニールシートで覆われたままだ。


 月守はゆっくりと学校の外周を回っていく。

 花壇は荒れ放題で、風で入り込んだゴミが校舎の隅に溜まっている。

 寂寥感。虚しさ。在りし日の姿を思い浮かべて、胸が詰まる。


 五十六人。知っている子も、よく知らない子も居た。

 月守がクッションになって、一命を取り留めた子はどうしただろうか。


 月守はどうにか自分の気持ちにケリをつけようと、学校を見る。

 誰にもどうにもできない事件だったのだ。

 自分がもっと早く異変に気付いたところで何ができる訳でもない。

 ただ、やりきれない想いが増すばかりだろう。


 それでも……と、月守は思わずにいられない。

 逃げろ、と言えれば、五十六が五十五になったかもしれない。


 ふと、一階の窓の辺りに人影を見たような気がした。


 見間違いかと月守は自分の目を擦る。

 空は曇っていて、明かりの点いていない校舎は暗く闇に沈んでいる。


 誰か悪戯に入っているのだろうか。


 月守は自分でも、どうにも理由をつけられない想いで、ふらふらと学校の柵を乗り越えた。


 学校というのは、基本的に隔絶された空間で、外からは中が見えにくくなっている。

 月守はグラウンドに回ると、そこに向かった。

 そこは、最初にライオンの『死遊人(シユート)』がガラスを破って入って来た場所だ。

 自分が病院に運ばれてしまったため、ガラスは直されることなく、ただ青いビニールシートがガムテープで止められているだけの場所だ。


 月守はガラス片の残るサッシをガラリと動かす。

 残っていたガラス片が、カシャンと音を立てて落ちて、サッシを引いたせいで、ビニールシートを止めていたガムテープが剥がれた。

 慎重に残ったガラス片を下に落として、中に入る。


 この時に気付くべきだったのだ。

 学校は戸締りされていて、侵入口はこの割れた窓しかないはずで、そこのビニールシートは取り除かれていなかった。


 だが、月守は何かに突き動かされるように、学校の中に入った。

 曇り空で明かりはないが、何も見えないという訳ではない。

 どちらかと言えば、その誰も居なくなった学校の陰鬱な雰囲気が、暗く思わせているだけで、外の明かりで教室は見渡せる。


 警察の鑑識が入った後なのだろう。

 机や椅子は端に寄せられ、天井や壁に茶色い染みができている。

 床は雑に掃除されていた。


 月守はそれらから目を逸らしながら、ひしゃげた扉の隙間を縫って、廊下に出た。


「おーい、誰かいるかー!」


 廊下にも惨劇の跡は色濃く残っている。

 遺体を運び出したりした都合だろう。

 やはり床だけは雑に掃除されていて、壁や天井は悲惨な状態だ。

 窓は外からビニールシートが貼られていて、薄明かりが青い光になっている。


 ここではない。

 月守が人影を見たと思ったのは、校舎の反対側だ。

 月守は、なるべく足早に廊下を進んだ。

 各教室の扉は閉まっている。


 校舎は正面玄関を挟んで、廊下が折れ曲がり、新校舎へと続いている。

 旧校舎、新校舎の区別は建てられた年代の違いだけで、今となっては全部ひっくるめて、元・校舎だ。


 廊下を曲がったところで、教室の扉が一か所だけ開いていた。


「ここは立ち入り禁止だよ。

 怒らないから出て来なさい……」


 もしかして、この学校の生徒だった子だろうか。

 自分と同じように、この胸に空いた穴を割り切るべく、学校を見に来たのかもしれない。

 そんな考えが浮かんで、月守は優しく声を掛けながら開いている扉に顔を突っ込んだ。


 誰かの教科書を見ていた。

 それは龍人と言えばいいだろうか。

 いや、良く見れば、金属質な鎧を着ている人にも見える。

 姿格好は違うが、それがなんなのか、月守は知っていた。


「シユート……」


 あのライオン怪人とよく似た質感。

 全体的に白を基調としていて、言うなれば白龍怪人だ。

 咄嗟に隠れようとしたが、それは遅気に失した。

 目が合った。


 月守の、ぽっかりと空いた胸の穴に焔が灯る。

 死んだ子供たちの顔が浮かんだ。


「ああああああああああああああっ!」


 その場にあった椅子を持ち上げて、ぶん投げた。

 白龍怪人はソレを軽く振り払った。


「待ちなさい……」


 それから静かに言った。

 月守はさらに机を持ち上げて、殴りかかろうとしたが、白龍怪人のその流暢な話し声に、動きを止めた。

 動きを止めた瞬間、月守には恐怖が襲いかかって来て、それ以上、動けなくなってしまった。


「今、読書中です……」


 月守の背中に冷たい汗が流れた。


「ああ、因子を持っているのですか。

 でも、まだ発現していないようですね……」


 白龍怪人は教科書を閉じて、月守を見ていた。


「……そうですね。

 折角ですから、対話をしましょうか」


 白龍怪人はゆっくりと顔を近づけて来た。


「貴方はこの世が仮想現実だって知っていましたか?」


 白龍怪人は月守にそう聞いたのだった。




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