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第4話

 シンプルなマンションの一室に顔色の悪い従者とその主レインは平然とした態度で足を組んでいる。絶賛王太子である兄ディルクに、説教を通信魔道具越しにされている。以前も真面目なディルクからは何度も怒られてきていたが、今回の剣幕は音声のみのはずなのに言い表しようのない迫力がある。


「本当に何をしているんだお前は!!」


「ディルク兄上には関係ありません」


「無い訳がないだろう!! 一体誰が第三王子の不在をごまかしていると思っているんだ!!」


 突発的に異世界に行くことになってしまった二人は、ロゼッタの魔法の痕跡が消えない内に移動してしまったため、碌な説明もしていない。魔道具は基本的に外界に浮遊する魔力を吸収して使うものである。通信用の魔道具は王族全員が携帯しているが、残念ながら転移した先が魔力の存在しない世界だったこともあり、連絡を取れるように改造するまでに既に3日が経過してしまっていた。ニールがディルクへと残そうとしていた書き置きもレインが無理矢理引き戻してしまったがために、さながら王太子の部屋にダイイングメッセージを置いてきたようになっていた。結果として、ディルクがまたレインが何かやらかしたと感づかなければ第三王子失踪事件になるところだったが故のこの剣幕である。


「しかも、帰る手段も何も考えていなかったとはどういうことだ」


「言葉に出した通りの意味ですが」


「いつ帰国するつもりだ」


「未定ですね」


 しれっと答えるレインにディルクの怒りが限界を突破して、呆れ果てる所までにたどり着くのにもはやそう時間はかからない。


「これからどうするつもりだ」


「しばらくはロゼッタの娘の魔力コントロール指導をするつもりですが」


「ほう、カルネリア嬢の娘に指導を……。ちょっと待て、娘とはどういうことだ!! 迎えに行ったのではなかったのか!!」


 また、説明を受けていない事由が炸裂しディルクの脳内を大いに荒れさせた。あまりにもやる気のないレインに代わり、ニールが懇切丁寧に事の次第を説明すると、通信の魔道具からは人の倒れる音が聞こえ、卒倒したことが分かり、強制的に通信は打ち切られた。


「こんなことで卒倒してたら、兄上は早死にしてしまいそうだね」


「誰のせいだと思っているのですか」



 この世界に来てから既に3日が経過しているが、指導を引き受けることにしてから未だ何の連絡もロゼッタ側からは来ていない。


「これは、そっちから突撃してってことかな?」


「お気づきではないかもしれませんが、殿下は割と嫌われているので、直前で正気に戻られた可能性もありますよ」


「ニールは私を何だと思っているの」


 レインは現在、ニールの用意した拠点であるマンションにいる。いろいろよろしくと言われたニールは住居の用意や魔道具の改造等を寝ずに行い、体調があまりよろしくない。見るからに顔が青いこの状態で、共にディルクから数時間の説教を受ければ無茶苦茶な主へと恨み辛みが湧いても何らおかしくない。要するに疲れすぎて言動に気を使う余裕がないのである。恨めしげな視線は確かにレインへと向けられているが、これでしおらしくしてくれるような主ではない。


「さて、行こうか」


「本当に突撃するおつもりですか」


 笑顔の圧をかけ、無言で肯定の意志を伝え、転移魔法でロゼッタ達の自宅へと向かった。二人が飛び込んだ先では、おそらく今さっきまで言い争いがあったであろう雰囲気が漂っている。ニールはまさか一直線で部屋に向かわれるとは思っていなかった。円卓を囲む人物が3人、いきなりの登場にロゼッタとその娘葵は揃って目を丸くしているが、夫であろう人物だけがレインのことを初対面の時と変わらない警戒と軽蔑の視線を向けていた。


「誰ですかあなたは」


「娘の魔力コントロールの指導をしてくれって頼まれたけど、あまりにも連絡が来ないから、こっちから突撃しに来たロゼッタの元婚約者」


「貴方が……」


 夫であろう人物は一瞬驚いたような表情をしたが、直ぐに切り替え間髪入れずに部屋の出口に繋がる扉を開け、レインへと言い放つ。


「出て行ってください、出口はこちらです」


「私は頼まれてここにいるのだけど」


「俺は了承していません」


 至って冷静な態度で対応してくるこのロゼッタの夫は、レインが最も苦手とするタイプである。それを瞬時に察したため、態度を普段とは異なる民衆が知っている王子然とした雰囲気へと変えた。


「失礼しました、私はレイン・ルド・ラインハルトと申します。ご存じかもしれませんが、ラインハルト王国の第三王子です」


「知っています。俺は羽柴龍城です。貴方のことはロゼの元婚約者でとんでもない人物だというのは聞き及んでいます。それで、態度を変えた理由は何ですか」


 言いながら、開いていた扉を閉めレインの方へと向き直す。


「誤魔化しが効かない相手と判断させていただきました」


 レインが態度を変え、話を真剣にする必要があると考えたのは、二人の娘葵にとって魔力のコントロールができるかどうかに今後の人生が左右されることが予想できるからだった。暴走の被害に遭っていて、それを解消できるであろう人間が偶然現れたのであれば、受け入れるのが普通であるとラインハルトで育っていれば理解できる。だがこの魔法のない世界で育った父親が反発してくるのは予想外だった。

 魔力量は年齢と共に徐々に増加し、25歳前後で総量が確定する。現在20歳のレインもまだ総量は正確には把握出来ていない。まだ12歳の葵がこの先コントロールできずに成長を続ければ、被害がどの程度になるかは想像に難くない。確実にたまたま近くにいただけの人間も大量に巻き込んで死者を出す。それを無視してまでおちゃらけていられるほど、レインの人間性は終わってはいない。だからこそここで、魔法の存在自体を信じていなかっただろう人物を納得させる必要がある。

 無理矢理葵を定期的に誘拐して指導することもレインには容易いが、それをしたら最後、葵の父親は近づけられないよう徹底的に隠してくるか邪魔をする可能性もある。それよりは今、面倒でも話し合った方がマシなのである。


「魔法についてはどの程度ご存じですか」


「存在している、ということはとりあえず認めている程度です」


 それからレインは数時間、ロゼッタの夫龍城の質問に懇切丁寧に答えた。魔力コントロールの重要性、なぜロゼッタが教えるのでは意味がないのか、今葵がどういう状態なのか、これからどのような指導をしていくのか、平均的にはどの程度でコントロールできるようになるのか、ありとあらゆる質問に答え続けたが、それでもあまりロゼッタの夫は納得した表情を見せなかった。


「あなたが、ロゼッタの婚約者だったのは事実ですよね」


「そうです」


「散々な目に合ったと聞いていますが、それを葵にしないとどうしたら信じられると思いますか」


 ここにきて、レインの過去の行いによる信頼の欠如が壁になっている。ロゼッタと龍城が共に過ごしていく中で、築きあげられた元婚約者レインの人物像はおそらく最悪であろう。間違ってもいないし、否定するつもりはレインにもない。

 

「善処します」


「確実にしてください」


 一歩も引かない話し合いは今まで黙って聞いていた葵が口を開いたことで動き出す。


「お父さん、私何度も何度も指導受けたいって言っているのに何でそうなの」


 目線を合わせることなく言う言葉には迫力はないが、父親にとっては力のあるものだった。


「これだけ説明してもらっているのに、何がよくないの。私の知らないこともたくさんあったのに。私が良いって言うのじゃダメなの?」


「この男が言うことは信じられない」


「お父さんじゃなくて、私が良いじゃダメなの?」


 平行線の会話はおそらく連絡のない3日間繰り返されてきたことである。龍城はまともで真面目で堅物である。レインと比べればその性格の真っ当さは一目瞭然だが、だからこそ危険にさらしたくないという心理が働き過ぎている。取るべき選択肢すら消そうとしてしまっている。


「本当にお父さんは、心配ばっかりで何もさせてくれない」


 ポツリと呟いた言葉は誰に届くこともなく響く。誰が一番魔力暴走の悪影響を受けているのか、おそらく葵の両親は気づいていない。気にしすぎないようにわざと明るく振る舞い、良好な家族の形を作ろうとするのはもはや歪である。

 暴走は何がきっかけになって起こるものか判断はつかない。突発的で、原因がさまざまだからだ。暴走するその瞬間膨大な魔力の放出で気づくことはできても止めることはできない。

 今この瞬間は大きな精神状態の揺らぎがトリガーとなり、3日間耐え続けた感情と共にあふれ出た。葵の身体の周りを覆い尽くすように放出された魔力が水に変化していく。


「葵、落ち着け、大丈夫だから、落ち着くんだ」


周りがどれだけ声を掛けようがこうなってしまったら、後は放出しきるのを待つしかない。ただこれは、本来ならばの話である。この場には性格は残念だが才能だけはある男がいる。


「待って、待って、まだ話は終わってないから」


 まるで何でもないことのように辺りを凍りづけにし、不敵に笑うレインがそこにいた。


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