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第1話

 ラインハルト帝国には美しく魔力豊富な3人の王子がいる。王太子であるディルク・レイ・ラインハルトは頭脳明晰且つ性格が良く、少し身体が弱いこと以外は何の問題もない。よって国の将来を含め、安定の信頼を寄せられている。

 

 これに対し第二王子のライネル・セイ・ラインハルトは脳筋であり、少々頭が足りない。第三王子のレイン・ルド・ラインハルトは文武どちらにも秀で、ありとあらゆる才能に恵まれてはいるが、いかんせん性格が終わっていた。それこそ自身の婚約者が家出を決行するに至っても楽しめてしまうくらいには、残念ながら性格が才能に寄り添ってくれなかった。


 性格が終わっているとは言っても、それ以外は完璧であるため、本人達にその気がなくとも、第三王子を王にしたいと考えるものは多かった。それを狙った第三王子派の家から自身の娘を近づけさせるものもいた。中には既成事実を事故を装って作ろうとするものまで出たため、どこの派閥にも属さない中立を貫く家柄の令嬢を何人か婚約者候補として見繕われたのだ。その中の一人に今回逃げた令嬢もとい、婚約者として選ばれたロゼッタがいたのだった。


 婚約者候補は付き人兼護衛のニールがピックアップを行い、茶会という形で引き合わせることとなった。


「ねぇ、ニール」


「何でしょうか、レイン殿下」


「選べる気がしないのだけど」


今回候補として呼ばれる予定なのは8人の令嬢。伯爵家から侯爵家まで家柄、人柄、礼儀作法、その他諸々ある程度の水準をクリアした令嬢が招かれる。つまり、選ぶ基準が統一化されていて選択の余地がないという主張をしているのだ。


「お一人ずつと話されて、気に入った方になされば良いではありませんか」


「気に入る、ねえ」


「こう、ドキッと来た方とか、そういうフィーリングで」


「フィーリング、ねえ」


「愛情など、その後からいくらでも育めますから」


「まあいずれにせよ私なりのやり方で大切にするつもりではあるよ?」


その含みのある笑顔での返答に、ニールは嫌な予感を覚えた。



 レインは性格が宜しくない。それは、ニールをはじめ兄2人や両親、近しい者にとっては周知の事実である。幼い頃から人の困っている姿が好きなのか、悪戯が絶えず、やらかすことが非常に多かった。かといって、本気で相手が嫌がることはしない。加えて、揶揄いやすいかそうでないか、そのあたりの見極めはかなり慎重に行なっていた。

 公式の場で王家の一員として振る舞うときには完璧な貴公子を演じられるのだから、ある意味では身内だけが被害を被るという形だった。したり顔で悪戯が成功した時のその顔は誰もが何よりも楽しそうであると評価していた。そして、そのためならば緻密な策を練る努力、情報集め等、公務の傍ら一切手を抜くことなく行なってきていた。


 そのような男の婚約者、いずれは妻になるということは、その人物の苦労は計り知れない。今までは完璧な貴公子の部分しか見えていなかったのが、いきなり揶揄うのが大好きな性格最悪男に変化するのだ。精神的苦痛と衝撃はとてつもないだろう。


 だからこそ、ある意味では悪魔に捧げる生贄のようなものだからと、精一杯レイン以外の人間は婚約者となった令嬢を優しく温かく迎え入れようとしていた。願わくば、王子がまともな愛情を向けられるか、揶揄い甲斐のない令嬢を選ぶことを祈って。


 そして、茶会当日を迎え、レインが選んだのは自身の心を最高に満たしてくれる、揶揄い甲斐のある女性だった。あろうことか、その満たされる感覚を、レインは愛情だと認識していた。


「これは、恋だよ、愛だ、愛情だ。こんなにゾクゾクするものだなんて思わなかったよ」


「いや、待ってください殿下。それは、ちょっと何といいましょうか、」


「違うって言いたいの?それはないよ、ドキッとしたし、会えるのは楽しみで仕方ないし、何なら胸も苦しくなったし、ニールが前に言っていたようなことと同じでしょう?」


レインはあのしたり顔を超えて、もはや興奮している様子があまり隠せていない。


 以前ニールが言ったこと、それは

「誰かに対し、好意を抱いている状態というのはドキドキしたり、会えると分かるとワクワクしたり、会えないと胸が苦しくなったりするものですよ」

という内容だ。


 強い執着を抱いたのは間違いない。ただ、その実情は愛情的執着ではなく、好奇心的執着なのが問題だった。オマケに本人はそれに一切気づいていない。


 結果として見事なまでの生贄選択になってしまった。


 その生贄が逃げたとあれば、執着が爆発している真っ最中のレインがどんな手段を使ってでも追いかけないわけはない。

 

 彼女が家出したという知らせを受け、ニールと共にいち早く駆けつけ、そしてロゼッタの自室で直筆であろう書き置きを見つけたのだ。


 そこからの行動は早かった。


「ロゼにあげた魔石が転がっているね、しかももうほとんど魔力が残ってない。転移の魔法でも使ったのかな」


魔力量が少ないことを気にしていると知って、レインは以前大量に魔石を渡していた。それこそ、城が3つは建てられるほどの価値になる量をである。ロゼッタが驚きではなく、引いた態度を取り始めたのはあの頃だったと思い出し、レインの頬が緩む。


「顔がヤバイですよ、レイン殿下」


「失礼だな、思いを馳せていただけじゃないか。まあ早くしなければ、痕跡も消えてしまうだろうし、思い出に浸るのはこれくらいにしておくよ」


魔法は使えば一定期間痕跡が残る。使用する魔力が多ければ多いほど魔法の跡は模様として空間に色濃く残るものだ。通常は見えないそれを見えるようにするには、全神経を目に集中させる必要がある。


「転移の魔法に似てるけど、ちょっと違うね。それに、使われている魔石の量とロゼ自身の魔力量を考えてもただの転移にしては消費が多すぎる」


「国外にお逃げになったわけではない、ということでしょうか?」


「どうだろうね、まだ何ともいえないかな。同時に転移の魔法が連続的に発動するようにしておいた可能性もあるからね」


通常は術者の魔力のみで魔法が発動されるため、どのような効力を持ったものなのか、突き止めるのは簡単だ。ただ今回はロゼッタの魔力量が少ないことが災いした。魔法の痕跡は残っていても、魔石の魔力がいくつも合わさって、解析に時間がかかる。しかも、痕跡は刻一刻と消滅していく。いつ、多くの魔石の魔力の中に紛れるロゼッタの魔力が消滅してもおかしくない。術者の魔力が消えてしまえば、辿るのはほぼ100%不可能となる。つまり、完全に時間との勝負になる。


「早く解析を済ませて辿らないと、手遅れになるだろうね。全く、本当にロゼは飽きないなあ」


「どうなさいますか。このまま解析を続ければ目に対する負荷がかかりすぎると思いますが」


「そんなの、構わず続けるに決まっているでしょう?悪いけど、ニールは王宮に戻って準備してね」


「まさか、国を離れるおつもりですか?」


「察しが良くて助かるよ。ちょうどいい機会だし、ディルク兄上に自分探しの留学にでも行った事にしておいてもらってよ。20分以内でよろしく」


言い終わった瞬間、抗議しようとしたニールを完全に無視して、王宮へと転移魔法で送ってしまった。


 お小言が止まらない従者を送ったレインは若干目が痛むが、解析へと集中していく。このままの勢いで続ければ、目には10倍負荷がかかる。解析時間はもってあと15分〜20分。それ以上続ければ、良くて血涙、最悪失明だ。


「やっぱり転移魔法には似た痕跡だけど、違う部分がいくつかあるな。何かで見た模様な気もするけれど、何だったかな」


魔法の痕跡は模様としてその場に残る。その模様の形で何の魔法かを突き止めていくのだ。


「せめて、使った魔力がロゼのだけなら分かりやすいんだけど」


痕跡の模様は使った魔力の種類が多ければ多いほどより複雑になっていく。単純な形は何だったのか予測すること自体もかなり難しい。


「転移ともう一つ、何かを組み合わせた魔法だろうけど、さらにそれにプラスで手が加えてあるな」


レインは自身の膨大な記憶を辿るが、同一と考えられる痕跡の模様は見つからない。


「ひょっとして、反転してあるのかな」


魔法を発動させる際に、模様を反転させた場合、その効力も反対になる。そして、反転させた模様から浮かび上がったのは、予想外過ぎる魔法だった。


「本当に、ロゼは僕を飽きさせないなあ」


もう少し遅ければ、答えに辿り着かなかった可能性すらあるその魔法は、ロゼッタの逃亡の本気度が窺える。もはや待ちきれず、王宮からニールを無理矢理戻し、ロゼッタの痕跡を元に追いかける形で同じ魔法を発動させる。


「ちょ、レイン殿下!!まだ、15分も経ってないです!!」


「ごめん、ごめん、事情が変わった。ロゼはやっぱり面白いよ」


「はい?どうしたんですか、っというか何の魔法ですか!!」


「まあまあ、慌てないで。ちょっと異世界に旅行するだけだから」


「はい!?異世界!?」


そう、この王子の婚約者が逃亡先に選んだのは異世界だった。存在するかどうかも分からない異世界。どの世界に飛ばされるかも分からない、異世界だ。

 ロゼッタが使ったのは異世界から勇者召喚をする魔法の反転魔法。つまり、逆に自分を異世界に召喚する魔法だ。レインはロゼッタの残る魔力から辿り、同じ異世界に行けるように手を加えて逆異世界召喚の魔法を発動させた。

 そして、着いた先に広がっているのは、自分達の国とは全く異なった文化を持つ、婚約者が逃げた先かもしれない異世界、


 地球の中にある、日本という国だった。

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