【19話】挑発、そして誘い込め
テオとへレイクは、仮の拠点である農村に帰還した。
この村には、兵たちを農民に化けさせて、村の家々に身を隠させている。
義勇軍の所在を〈闇の国〉の賊たちに知られないようにするためだ。
「よくぞご無事で。
賊の様子は、いかがでしたか?」と、出迎えたチルダが言う。
「賊の数は500だ。
しかし、全てが戦闘に長けた強者というわけではない。
私が見たところ、手強そうな賊は100程度。
残りの400は、寄せ集めだ」
作戦は、すでにテオの中で組み上がっている。
5倍の敵に勝つには、敵を分断する作戦がいいと思う。
500の賊から、強者と思える100を本体から切り離し、孤立させて撃破する。
〈テオの眼〉で見たところ、賊の強者は、ほとんどが武力30から40を超える値だった。
しっかりと戦闘訓練を積んだ者たちだという証拠だ。
だが、それ以外の400は、武力10~20の値がほとんどだった。
おそらく訓練も受けていない農民ばかりだったのだろう。
今の義勇軍なら、残りの400は敵ではない。
「90の兵を2つに分ける」
半分の義勇兵を主攻部隊と見せかけて、賊の強者たちを挑発して釣り上げ、本隊から分断させる役割にする。
残る半分の義勇兵は伏兵だ。
逃げ場のない狭い場所に誘い込み、主攻部隊と協力して強者たち100を倒す。
賊100 追撃→ 主攻45 偽退却→
賊100 ←主攻45
↑伏兵45
「強者たちを誘い出して、本隊から引き剥がす役目が一番難しい。
だから、主攻部隊を指揮するのは私しかいないと思う」
「テオ様が直接指揮してくださるなら、作戦は成功すると思います。
残る伏兵は、誰が指揮なさいますか?」
メンサーの問いに、答える人はいなかった。
自分は主の側にいるとばかりに、チルダはテオの背後に立って、わざとらしく目を逸らしている。
チルダが側にいてくれるのは心強いが、できれば伏兵の統率はチルダに任せたかった。
他に兵の統率を、信頼して任せられる人がいないからだ。
「私の身を案じてくれるのはありがたいが、もう一つの部隊を統率する者がいなければ作戦は成功しない。
伏兵の統率はやはり、チルダに」
テオが言い終わらないうちにへレイクが口を出す。
「この老騎士でよければ、お力になりますぞ」
「ですが、あなたは案内役でしょう?
巻き込むわけにはいきません」
「最初は、ワシも関わるつもりはなかった。
案内役など名ばかり。
しょせんは義勇軍の正体を見極めるために遣わされた監視役じゃ」
自分から白状するとは思わなかった。
包み隠さない性格なんだなとテオは思った。
「賊との決戦を目前にして騎士としての気持ちの昂りが抑えきれん。
ワシも戦わせてほしい。
これ以上、奴らに国を好き放題にさせるのは、騎士として忍びない」
ヘレイクはどうしても戦う気のようだ。
その気持は、ありがたい。
テオは、へレイクの顔をじっと見つめた。
へレイクは、何を見られているのか不思議そうにしていたが、何も言わなかった。
「わかりました。ヘレイク殿には、半分の兵を率いて伏兵をやってもらいます」
「さすがじゃな。
うむ。引き受けさせていただこう」
「私達が賊をおびき寄せますので、合図とともに挟撃(挟み撃ち)する、ということでよろしいですか?」
「簡単な仕事じゃ」
おびき寄せる賊の数は、100程度になるとテオは見ている。
ちょうど賊の中にいる強者の数でもあるし、こちらの兵数とも釣り合っている。
「それ以上多くても問題ありませんぞ」
誘い出した敵の数が多いと、こちらの攻撃で殲滅させられないかもしれない。
100は絶妙な数だが、うまく釣り上げられるかは、主攻部隊を指揮するテオの手腕にかかっている。
「敵を誘い込む場所はいかがいたします?」
もう一つの問題。
それは、肝心の敵を殲滅する場所をどこにするべきなのか。
すでに、テオの中で決まっていた。
「私達が仮拠点にしている村がいいだろう。家の中に兵を伏せておける」
「せっかく助けたあの村を戦場にするおつもりですか?」
覚悟を問うようなチルダの口調だった。
「なんの代償もなく勝利が得られるとは思っていないよ。
もちろん、犠牲は限りなく少なくする。
村人たちは事前に避難させておくさ」
「テオ様が、そのお覚悟ならば、我々は安心して付いていけます」
チルダにとって、満点の解答だったらしい。
その後、テオは、村の村長に作戦を話した。
村に敵を誘い込む場所にすると告げる。
ただし、事前に村人は退避させる。安全は守ることなどを約束した。
「遠慮はいりません。
〈闇の国〉を名乗る賊どものせいで、我々は安心して生活が送れませんので。
賊を討伐してくださるのでしたら、喜んで協力いたします」
「限りなく被害は少なくする。
代わりに賊は絶対に討伐する」
村長の許可を得た。
これで作戦は定まった。あとは、実行に移すだけだ。
「メンサーとオットに頼みがある」
出発前に、テオは何事かをふたりに申し付けた。
◆
義勇軍はテオとチルダが率いる本隊と、ヘレイクが率いる伏兵とに分かれて動きはじめる。
「不安なのは、老騎士殿ですね。
果たしてどれほどの戦いを見せてくれるのか。見ものです」
賊の居場所に向かう間、チルダが面白そうに言った。
「実際戦う力は、チルダほどではないよ。
ただ、あの老騎士殿には、指揮官としての才がある」
先ほどテオは、ヘレイクの統率能力の値を見ていた。
武力41 統率73
自ら槍を取って戦うよりも、兵を統率させた方が能力を発揮する人だと思った。
だから、伏兵部隊を任せることにした。
「これまでどういう戦歴を歩んでこられたのか私は知らない。
でも、今回の作戦は、あの老騎士殿にかかっている。
きっとやってくれると信じている」
「テオ様がそう言われるのでしたら、私もあの老騎士殿を信じましょう」
主攻部隊を務める義勇軍45人は、チルダとテオを先頭に出発した。
これから、〈闇の国〉の賊500に接触する。
初めて接触する規模の敵だ。
そのうちの400は、素人同然の存在と言えど、勢いづかせてしまったらあっという間に飲み込まれてしまう。
さらに、こちらは兵を分けたため、敵の10分の1の数になってしまった。
「数こそ違うが、一人ひとりの力は、賊たちよりも遥かに優れている。
これまでの戦いの勝利は、まぐれではなかったと私が保証する」
テオの言葉が兵たちを鼓舞する。
「これまでの勝利を思い出せ。
〈闇の国〉と名乗っていても、しょせんは野盗のたぐい。
我ら義勇軍は、厳しい訓練を詰んで、賊からこの国の安全と平和を取り戻すために立ち上がった。大義は我々にある」
兵たちから恐れが消えた。
「敵が近くなりました」
オットの報告を受けて、テオは兵を茂みに隠れさせた。
静かに、賊たちの視界に入る距離まで接近する。
「今だ。楽隊、太鼓を鳴らせ。
他の兵は、雄叫びをあげるんだ」
いかにも、今から襲撃するぞと思わせる。
こちらが本気で攻撃すると思わせないと、敵も乗ってこないだろう。
「なんだ、あのうるさい農民たちは?」
賊たちがテオの部隊に気づく。
テオは、兵たちにあえて農民らしい格好をさせていた。
もちろん、敵が侮ってくることを見通してのことだ。
「我々義勇軍が立ち上がった以上、〈闇の国〉を名乗る賊たちに好きにはさせない。
命が惜しければ武器を置いて降伏しろ」
辺り一帯に響き割る、チルダの大声。
「あれが義勇軍だと?
仲間をやったやつらが、あんな農民どもだとは」
すでに賊たちは、義勇軍に何度も仲間をやられている。
義勇軍に憎しみが募っている。
その相手が目の前に現れた。しかも、騎士らしい格好を一切していない。
義勇兵を名乗ってはいるが、所詮は農民の集まりだという侮りが生まれた。
「やっちまえ!」
固まっていた賊の軍勢が、一気に動き出す。
懸命に挑発していたテオたち目がけて、突進してくる。
「来たぞ」
賊たちは、集団としての行動はとらず、個々の感情に任せたままの行動を取った。
これでは、集団でいる意味をなしていない。
義勇軍がみすぼらしく、そして小勢だという思いが、賊たちに思い思いの行動をとらせていた。
「〈闇の国〉を名乗りながら、あの粗暴な振る舞い。
自分たちの行いを、省みることはしないのでしょうか?」
「だが、こちらにとっては、願ってもない展開だ」
ここまでは、テオの想定通りに事が動いている。
「向かってくる賊と適度な距離を保ちなが退け」
チルダに部下たちを守らせながら、少しずつ刃を交えては、引き下がるを繰り返す。
「この女、つええ」
チルダの槍さばきは、賊共を一蹴しかねない勢いだった。
「あまり、やりすぎると追ってこなくなる」
「少し、控えます」
敵に追ってこさせるためには、あくまでも義勇軍は弱い。ただの農民の集まりだ、と思わせ続ける必要がある。
「しまった槍が!」
賊と戦っていたパルが、得物を弾き飛ばされた。
「いいから、逃げろ」
テオの言葉で、パルは尻尾を巻いて一目散に交代した。
「逃がすかよ!」
「ばーか、追ってこれるもんなら追ってみな!」
パルが、まるで子供の遊びのような態度で賊たちをし続ける。
「あのガキ!
俺様が直々にぶっ殺してやる」
「やべえ、強そうなのを怒らせちゃった」
テオたちを必死に追う賊。隊列は長く伸び切っていた。
「テオ様、体力は持ちますか?」
「心配ないよチルダ。
筋肉がない分、体はそこそこ身軽なんだ」
逃げ足だけは、昔から自信があった。
振り返り、賊の様子をうかがう。
「やはり賊たちは、武力の高い奴らが、先頭に立っている」
弱い賊たちは、後ろに固まっていた。
戦闘に自信がない分、どうしても及び腰になってしまう。
追撃してくる500の賊たちは、闘志が高い先頭集団と、積極的に戦いに加わりたくない後方集団に分かれていた。
賊 400(後方集団)
↓
賊 100(先頭集団)
↓追撃
義勇軍 45(テオ・チルダ)
↓村へ
「いい感じに、敵を分断させられた」
「テオ様、前方に橋が」
最初の目標にたどり着いた。
この橋を越えた先に、誘い込む予定の村がある。
そして、この橋は敵を分断するための重要な場所。
あそこを超えれば。
「痛っ!」
テオの右足に、燃えるような痛みが走った。
足がもつれる。力を込めて踏ん張っても、足が前に進まない。
気づけば、太ももに矢が刺さっていた。
いつの間にか、流れ矢が当たったようだ。
兵たちが、テオの負傷に気づいた。みんな、呆然と足を止めている。
「進め! 私に構うな」
面白かったら評価&ブックマークお願いします