【18話】5倍の敵
義勇軍は、立て続けに賊との戦いに勝利した。
「〈闇の国〉といえどこんなものか」
兵士たちの間から、敵を侮るような囁きが漏れた。
「まだ少数の敵に勝っただけだ。
奴らはいわば、偵察部隊のようなもの。
本格的な戦闘はこれからだ。油断するな」
チルダのひと睨みで、浮ついた心は引き締められた。
「鮮やかな勝利ですな。
思い切りがいいのは、美徳だと思います」
老騎士ヘレイクが、はじめてテオの勝利を喜んでくれた。
ここまで勝ちは偶然だけでは積み重ねられないと感じたはずだ。
「このまま、北部一帯の賊どもを一気に討伐しましょう」
チルダは、次の目標を〈闇の国〉からの解放を掲げる。
それを成し遂げられる勢いのように感じた。
当然、テオも同じ目標を見定めているが。
「これまでのようには、いかないだろう」
チルダは、なぜという顔をする。
「向こうも気づいただろう。
少数で分かれて行動することの愚かしさを。
今頃、合流して戦力を整えているはずだ」
偵察隊が戻ってきた。
〈闇の国〉の賊たちが、山麓に部隊を集結させているという報告を受けた。
その数は、500を超える戦力になりつつあるらしい。
義勇軍のおよそ5倍である。
「さすがに向こうもバカじゃない。
部隊を分散させることの愚かさを知ったらしい」
「いかがされます?
戦わずにやり過ごすというのも手ですが」
真っ向からぶつかるつもりはなかった。
だからといって戦わなければ、この賊たちは周辺の村を荒らし回る。
「まずは、敵の姿を見ないことには話にならない。
私が賊を直接偵察する。場所まで案内してくれ」
と、偵察役のオットとメンサーに頼む。
「危険です。テオ様がいかずとも」
オットは、斥候は自分たち兵に任せてほしいと主張する。
「勝負を挑むか挑まないかは、直接敵の姿を見てからでないと決められない。
手間をかけるが、案内して欲しい」
ここはテオも譲れなかった。
敵の戦力を測るには、〈テオの眼〉で直接相手を見なければ、実際の値はわからないという条件がある。
5倍の敵を相手にして、どう戦うか判断するためにも、敵の姿を目視することは重要だった。
「賊は、これまでとは違い大きな戦力じゃ。
指揮官が直に敵の姿をみたいというのは、なかなか勇気のある発言であり、至極まっとうな主張である」
口を挟んできたのは、ヘレイクだった。
「若造。お主の勇気に免じて、このワシがともに行ってやろう。
なにかあれば、この老騎士が守ってしんぜよう」
どういう風の吹き回しだろうとテオは思った。
テオの行動になにか疑念があるのか、それとも単純にテオの言葉を信じるようになったのだろうか。
考えても答えは出ないので、どちらでもいいかとテオは考えることにした。
眼の能力のことは、どうせテオ以外の人間にはわからないし、バレたところでそれがなんなのだ、という気持ちだった。
「騎士さまが同行してくださるのであれば」
周囲の兵が安堵する。
チルダに比べると、ヘレイクは、大した武力ではない。
同行してくれたところで、安心できるとは言い難かった。
それでも、正式な騎士が同行するならば、他の兵たちは安心するらしい。
騎士の称号は、それほどのものなのだ。
◆
残る兵をチルダにまかせて、テオはヘレイク、オット、メンサーという少人数で偵察に向かった。
賊たちの集結場所付近に到着する。
茂みの中にテオたちは隠れた。すぐに、人の気配を感じた。
「あいつらのようです」
集結した賊の数は、オットの報告どおりだった。
「あたり一帯の仲間を呼び寄せたんじゃろう。
神聖な領地を我が物顔で歩き回りおって」
ヘレイクは、苦々しい顔をしている。
「ヤウィックという敵の親玉はいるかな?」
「やつは、北部一帯の〈闇の国〉の賊たちを従える男です。
こんな小勢を率いるような立場ではありませんよ」と、メンサーが答える。
「〈闇の国〉とはそれほど大きな戦力なのか?」
テオはまだ、〈闇の国〉の全貌を知らない。
「若造。奴らを賊と侮ってはいかんぞ。
烏合の衆ではあるが、その数は日増しに増えておる。
ヤウィックに従う賊だけでも、1万はいるじゃろう」
「1万」
「途方も無い数字であろう?
この〈農業の国〉の常備軍に匹敵するほどの数じゃ」
北部だけでその数である。
南部、東武、西部。すべての賊の数を合わせると、4万にも、6万にもなると言われている。
「〈農業の国〉の支配者たちは、よほど民に愛されているようですね」
皮肉で言ったつもりだった。
〈闇の国〉の勢力が強いということは、それだけ支配者階級に不満を持つ民が多いということ。
「否定はせん。タタン王の前の王も、その前の王も、あまりいい王ではなかったからのう」
意外な言葉が、ヘレイクの口から出た。
「この国で獲れた作物は、この国の民の口には殆ど入らず、他国へと運ばれていった。
おかげで王や貴族たちの私服は肥えたじゃろう。
しかし、民は苦しい生活を強いられることになった。
政治家たちは、誰も救おうとはしなかった。それは事実よ」
言葉に迷いがない。
ヘレイクは、冷静に現在の〈農業の国〉の状況を把握している。
「かといって、国と今の王に対する忠誠は、変わることはない。
ワシは、最後までこの国を守る騎士であり続けようと思う」
老いたとはいえ、その胸の中にあるものは、騎士になった当時と変わらない忠誠だった。
この国と王にとって、とても大切なものだと思う。
ヘレイクのような騎士の存在は、そのまま国の強さに直結する。
「我々は、500という規模になった賊の軍をどうするか決めねばなりません。
一度、戻りましょう」
偵察を追えて本隊のところへ戻った。
帰る途中で、テオの心は少しずつ固まった。
勝てる。
賊はこちらよりも5倍の数だが、勝算はあった。
敵を直接見たことで、テオの頭に勝利までの道筋が浮かんでいた。
少し危険が伴う作戦だが、勝算はある。
過去の歴史からみても、安全な戦場はない。
誰もが、あらゆるものを賭けて戦いに挑んできた。
そして、勝ったものだけが名を残すことができる。
テオと義勇軍がここで死ねば、歴史に名は残らない。
それだけのことだ。
やろう。本隊に合流したとき、テオは戦うと決めていた。
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