【17話】朝が来る。戦いは続く
朝になった。義勇軍は村を出発する。
村人から、周辺の賊たちに関する情報を得ることができた。
テオたちがいるのは、〈農業の国〉の北部地方。
この一帯で暴れまわっている〈闇の国〉の一団があった。
ヤウィックという凶悪な賊が率いている。
ヤウィックは、元々この辺りを荒らし回る山賊だった。
ある日を境に、突如〈闇の国〉を名乗った。
そして、世直しという大義名分を掲げて、好き放題やりはじめた。
〈闇の国〉を名乗るだけで賛同者が集まる。
ただの山賊に過ぎなかったヤウィックは、今や〈農業の国〉北部一帯に睨みをきかせる〈闇の国〉の地方司令官のような立場になったという。
「ヤウィックは、古びた山城を拠点にしているようです」
チルダは、集めた情報を整理している。
「山城か。今の我々の数では、攻城戦を挑むのは無謀だな」
「城攻めができるぐらい、軍を大きくしましょう」
今はまだ、敵の拠点に近づくことすら難しい。
テオは開いていた地図をしまう。同時に、斥候に出ていたオットが戻ってきた。
「テオ様の言うとおり、賊の集団をいくつか見つけました。
どうやら、こちらを探っている様子です」
無骨な男であるオットは、状況を端的に伝えた。
「発見した賊は、およそ100人ずつの集団で固まっていました。
いくつかの村を回って、義勇軍の情報を集めているようでした」
「敵も、動きはじめたようですね」
チルダが、さも楽しそうに言う。
先日蹴散らした賊が、仲間のところに知らせたのだろう。
「賊たちの正確な位置を知りたいな」
向こうは、まだテオたちの戦力を完全につかめていない。
一度やられたというのに、まだ100人ほどの単位でしか行動していないのがその証拠。
本気でこちらを潰しに来るつもりなら、確実に勝てる数で動き回るだろう。
テオが賊の立場だったらそうする。
「敵が、こちらを侮っているのなら好都合だ。
賊たちが集結する前に倒してしまおう」
「そう簡単に言いますが、賊どもを侮ってはいけまんせんぞ」
またしても、老騎士ヘレイクが口を挟んできた。
彼はまだテオの指揮に疑念を抱いている。
「もたもたしていたら、こちらがやられてしまいます。
向こうがこちらの情報をつかんで態勢を整える前に潰すほうが、楽な戦いになります」
向こうは、まだこちらの全てを知ったわけじゃない。
一方、こちらは賊の位置と戦力がわかっている。
まずは情報で大幅に優位に立てている。
この好機を逃したくなかった。
「賊にいくら力があっても、部隊を分散させて、こちらを探っている今ならば勝機があります。逆に敵に集結されると、倒すのは難しくなります。
その時、窮地に陥るのは、こちらのほうです」
「確かにそうだがのう」
まだなにか言いたそうなへレイクに背を向けて、テオは命令を下す。
「すぐに出陣する。チルダ、兵たちを集めてくれ」
「おまかせを」
「メンサーは、付近の警戒。
オットは、先行して敵の状況をさぐれ。
変化があればすぐに知らせるんだ」
「心得ました」
兵たちは一旦命令が下ると、テオの言葉どおり手足のように動き始める。
「出発だ」
兵を動かすときは迅速に、そして静かに。
賊に位置を知られる前に接近し、撃破する。
歴史書を読んでいると、勝利を勝ち取った指揮官は、勝つべくして勝っている。
彼らは、楽な戦いばかりしてきたのではない。
深く歴史書を読んでいくと、歴史の英雄たちは、有利なときにしか戦いを仕掛けていないことがわかる。
逆に不利なときは、できるだけ損害が少なくなるように、ひたすら耐え続けている。
テオも、歴史上の英雄たちに倣って、有利な状況を逃さないように素早く動いた。
自身が有利である時と、そうじゃない時の見極め。判断の的確さ。
それが指揮官に必要な才能の一つだとテオは思っていた。
◆
「いました!」
進軍してしばらく進むと、オットの報告通り、敵を発見した。
雑木林の周辺に屯している黒い一団。
賊は地べたに座り込み、飯を食ったり昼間なのに酒を飲んだりしている。
向こうの数は、こちらとさして変わらない。テオの眼力を使うまでもない。
「油断しているのは幸いだ。
敵が態勢を整える前に撃破する」
テオの手の動きにあわせて義勇軍は、突撃した。
一糸乱れぬ動きで突入し、敵に強烈な一撃を加える。
奇襲のような形になったこともあり、今回も義勇軍の圧倒的な勝利に終わった。
「損害はほとんどありません」
「ご苦労だった」
チルダに命令して、兵たちに休息を取らせた。
テオは、剣を一度も握っていない。実際に戦ったのは、チルダと彼女に率いられた兵たちだ。
テオの役目は、「戦え」と命じたこと。
それでいいのかと思うが、テオが戦っても足手まといにしかならない。
また、それが指揮官というものだと自身に言い聞かせた。
「次の敵部隊は、どこにいる?」
オットとメンサーは、集めてきた情報を元に、賊たちの位置をいくつか知らせる。
「合流される前に、叩くほうがいいと思う。すぐに出発しよう」
勝利の余韻に浸る暇もなく、義勇軍はすぐに出発し、次の敵を探して進んだ。
「敵を倒したというのに、勝利を喜ぶ間もなく出撃とはな」
「不満かオット?」メンサーが訊ねる。
「不満を言ってるのではない。勘違いするな。
軍にいた頃に何人かの指揮官の下で戦った。
テオ様は、今までの指揮官とはまったく違うお人だ」
「どう違う?」
オットはしばらく考えた。
「顕著なのは、戦うことに迷いがないことだな。
そして、現在なにをするべきかわかっている。
斥候に向かうべき位置も、テオ様が示した場所だ。
そこにいけば、必ず敵がいた」
「まるで預言者かなにかだな」
メンサーが、冗談めかす。
槍を担いぎながら走っているパルが会話に割り込んできた。
「どちらにしろ、うちの指揮官殿は天才だよ。
僕らみたいな素人でも、こんなに勝てるんだから」
「間違いない」
戦闘の直後だというのに、兵たちは黙々とテオのあとについていく。
誰も、テオの指揮を疑っていない。
ついていけば、次もきっと勝てると思っている。
予感はあたった。
テオと義勇軍は、次の賊との戦いにも難なく勝利した。
兵の数は同じでも、戦意と練度が全く違う。
テオから見ると、負ける要素は一つもない戦いだったが、他者から見るとそうではない。
揃いの制服すらない、寄せ集めの素人義勇軍が、奇跡のように次々に勝利を掴み取っている。
それも一切の損害を出すことなく。
その衝撃をまともに受けているのは、間近でテオの戦いを見ているヘレイクだった。
いつの間にか、ヘレイクの表情から、テオを侮るような感情は消えていた。
最近、オッドタクシーを観ました。
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