【15話】食糧を用意したり、訓練したり
商人キーレンからの資金援助を受けて、まず最初に行ったことは、食料の調達だった。
飢えた兵士は、使い物にならない。
小さな義勇軍といえど、軍を維持するには、食料の確保が最優先だった。
「お買い上げ、ありがとうございます」
さすが〈農業の国〉と言われるだけのことはある。
金さえ払えば、商人からいくらでも食料を手に入れることができた。
彼らにとって他国へ売るよりも、国内にいるテオたち義勇軍に売る方が、安全で手っ取り早い、という事情もあるのだろう。
「よし、今から戦場に持っていく戦場食を作るぞ」
チルダの指導のもと、保存が効く食糧を作ることになった。
手に入れた食料は、小麦、芋、肉、豆。量は十分に揃っている。
まず、小麦は引いて粉にして保存しておく。
食べるときは、水を混ぜてこねる。
それを窯などで焼けば、パンのような物体ができる。
味ははっきり言って、期待できない。そして、木のように硬くて歯応えがある。
「その辺の草木を食べるよりも、格段にマシというだけの代物だな」
チルダに作ってもらった〈戦場パン〉を口にしたテオの率直な意見だ。
「小麦粉さえ持ち歩いていれば、あとは水と火で最低限の食事ができるので主食として重宝します」
「持ち運びしやすく、手軽に調理できる食べ物ものが、戦場では重宝されるんだね」
次に芋と肉だ。
これらは、干して乾燥させることで、携帯できる非常食になる。
芋は洗って、じっくり蒸し、肉は切って塩を揉み込む。
「芋が茹で上がりました」
手頃な柔らかさになった芋の皮を剥いて、適度な大きさに切り分ける。
天日にさらして一週間ほど干すだけで干し芋が完成する。
肉も似たような工程で干し肉にする。
味付けは塩だけだ。
素朴な味だが、干して乾燥させた芋や肉は、食材本来の旨味が凝縮されて、独特の歯ごたえと風味を持つ食べ物になる。
「戦場で兵士たちは、こういうものも食べるのか」
出来上がった干し肉を手に取る。思ったよりも、硬い感触だった。
「テオ様のお口にあうかは、保証しかねます」
「私も戦場に出る以上は、みんなと同じものを食べる。
だから、贅沢は言わない」
干し肉の端をかじってみる。
一口では噛み切れなかった。
何度も歯を立てて、歯と手で無理やり引きちぎることで、ようやく噛み切ることができた。
「あははは。そのご様子では、干し肉を食べるのにも、訓練が必要そうですな」
笑われたが、チルダのさっぱりした笑い声は、不思議と嫌味に聞こえない。
「私は、干し芋の方がいいかもしれない」
しばらく、兵たちと一緒になって戦場飯作りに精を出した。
今が、乱世とは思えないほど、穏やかで静かな時間が過ぎた。
◆
次に、テオは、兵士たちに最初の給金を渡した。
義勇軍に集まってくれた兵のほとんどが、農家の生まれだ。
一生懸命に田畑を耕していても〈闇の国〉の賊たちに荒らされ、残りは税として容赦なく領主に取られる。
とてもじゃないが、食っていけない。
だから、兵士になって、一か八か身を立ててやろうとやってきた者たちが、ほとんどだ。
「感謝いたします! これで家族を食わせられます!」
金を手に入れると、兵たちは素直に喜んだ。
喜びは、やる気に繋がる。
一方、チルダは「まだ一戦もしていないのに」と渋い顔をしていた。
「兵の仕事は戦場で戦うことです。
まだ働いていない者たちに金をやってよかったのですか?」
「金をばらまく意味はある。
兵に優しくすれば、義勇軍の評判があがる。
駆けつけてくる人も、そのうち増える」
今は、金目当てでやってくる者でもいい。
まずは、兵士を増やす。それが狙いだった。
「増えたら増えただけ鍛えなければいけませんな」
「それは、チルダに任せる」
「おまかせを。
ひよっこたちを一端の兵士に変えてみせます」
チルダの厳しい訓練で、すでに何人か耐えきれずに逃げ出した兵がいる。
厳しくするのは、戦場で死なせないためだ、というチルダの意見は正しい。
だから、テオは息を抜くための役目に回ろうと思った。
金を配ったのは、そういう意味もある。
◆
しばらくして、注文していた武具が届いた。
本当に人を殺すことのできる、剣や槍である。
それを、義勇軍の全員に装備させた。
本物の武器を扱ったことのない兵には、チルダが直々に扱い方を覚えさせた。
装備を持ち、隊列を組んで構えさせる。
はじめは、戸惑っている兵もいた。
訓練を重ねるうちに、ぎこちなさが少しずつ取れていった。
同じ義勇軍で、同じものを食べて、同じ装備を身に着けて訓練に励むうちに、仲間意識も芽生えてくる。
戦うことのできる部隊になっていくのを実感した。
そろそろ実戦に向かうべきだと思った。
◆
「いい面構えになってきましたな」
チルダは、鍛えた兵たちを眺めながら、満足げな表情を浮かべている。
「王子から見て、素質のある兵士はおりますか?」
「たくさんいる。
以前と比べて、みんな見違えるようにたくましくなった」
最初の模擬戦では、どの兵士も武力の値は10~20のものがほとんどだった。
兵としての経験があるものでも、武力は30程度の値が精々。
それが訓練を重ねるうちに、全員の武力が上がっていった。
個々の武力は、まだ30台がほとんどだが、40台を超える者も、ちらほら出てきた。
チルダの訓練は、厳しいが正解だった。
「これも君の才能だな。兵を育てるのがうまい」
「自分が近衛騎士のときに受けた訓練を行ったまでです。
なにも特別なことはしておりません」
「一部の脱走した兵を除いて、残る兵たちは訓練についてきてくれた。
彼らの努力の賜でもある」
「みんな素直でした。
テオ様へよせる信頼が、厳しい訓練に耐えさせたのでしょう」
最初の模擬戦で、奇跡的な勝利を収めたことは、兵たちの記憶に鮮明に残っている。
この指揮官であれば、もしかして犬死しなくても済むかもしれない、と思わせたのはテオの力だとチルダは言う。
「この中から、将来騎士として身を立てるものがいるでしょうか?」
テオには、3人ほど心当たりがあった。
まず、訓練している兵の中で、ひときわ目立っている大柄な男を指差す。
オットという名前だった。
剣の扱いにはじめから慣れていた。街で用心棒らしきことをしてきたらしい。
大きな体と長い手足から繰り出される剣は、破壊力がある。
剣を持ったオットは、武力60という値を出す。
その辺の騎士とも互角に戦えるほどの武力だった。
次に指差したのは、金髪の優男風の兵士だ。
名前はメンサーという。
農家の生まれらしいが、貴族らしい立ち振舞いをなぜか身につけている。
昔から、物語に出てくる騎士に憧れ、貴族らしい振る舞いを研究するのが趣味という変わった男だ。
「弓は上手いようですが、それ以外に特に目立ったところがありません。
本当に素質があるとお思いで?」
チルダは、メンサーの能力に疑問を抱いている。
テオの能力で測っても、メンサーの武力は32と目立ったものではない。
それでも、知恵の能力は70という値だった。
これは普通の人間よりも突出した数値である。
おそらく地頭がいいのだろう。
農家に生まれたために頭を使うことはあまりしてこなかった。
そのため、本人も自分の素質に気づいていない。
将来磨けば、参謀などに抜擢できるとテオは思っていた。
「テオ様。私の槍さばきはいかがでしょう?
昨日言われたことを直して、より鋭い突きが繰り出せるようになりましたよ。
ほら、ほら!」
元気のいい青年がいる。
名前はパル。
義勇軍の中でも、ひときわ若く、テオと年が近い。
まだ体は大人になりきっていないため、実戦用の槍を持たせても、その重さに振り回される事の方が多い。
「自惚れるな。その程度の槍さばき、戦場で通用するか」
パルがなにか言うたびに、チルダの怒声が飛ぶ。
それでも、彼はめげることはなかった。
聞けば、大家族の生まれで、10人兄弟の真ん中として生まれたらしい。
口減らしのために戦場に向かった兄たちに倣って、パルも義勇軍に参加することにした。
「目的は、食い物です」
と志願した理由を平然と言ってのけるほど図太い男だが、その神経の太さは、兵に向いているとチルダも認めている。
「残してきた幼い弟妹たちや、両親を食べさせるために兵士として早く身を立てたいです」
「その前に戦場で死んでは意味がない。
生き延びたければ、今の倍努力しろ」
「はい、チルダ様!」
兵士としてはまだ未熟だが、素直だし、やる気はある。
このまま成長を続ければ、あるいは騎士と認められるほどの人物になるかもしれない。
パルのような将来ある若者を、戦場で死なせないようにするべきだとテオは思った。
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