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【14話】大商人

「編制を変えて、再度模擬戦を行いましょう。

 次も、テオ様が部隊を一つ指揮してください。私も一つ部隊を指揮します」


 次はチルダも、部隊を一つ率いると息巻いている。


 模擬戦を見て、黙っていられなくなったようだ。


「きっといい訓練になります。

 戦場に出たことのない兵士に経験を積ませてやることができます」


 暗にテオも経験を積むことができると言っている。


「そうだな。やろう。

 義勇軍を強くするために、何度も繰り返して戦ってみよう」


 模擬戦を繰り返し行うことで兵士たちの戦場での振る舞い方もわかってくるだろう。度胸もつく。


 目指すのは、実戦で一度も負けない部隊を作り上げること。


 今はまだ50名ほどの兵しかいないが、強い義勇軍がいると噂になれば、さらに多くの人が集まってくるようになるだろう。



 翌日も、義勇軍は部隊を4つに分けて模擬戦を繰り返した。


 テオは、相変わらず兵士を10名ほど率いて、残った3つの部隊と戦った。


 3つある敵部隊の一つをチルダ率いることになったので、テオは簡単に勝てなくなった。


 チルダ一人の奮闘で、戦況を丸ごとひっくり返されたこともある。


 元近衛軍の騎士だった実力は、はったりでもなんでもなかった。


 テオは、勝てるときだけチルダの部隊とぶつかることにして、勝てそうにないときは、極力戦闘を避けて他の部隊の相手をすることにした。


 チルダは不満そうだったが、実際の戦でも、いつでも望む敵と戦えるとは限らないため、そういうものか、と諦めるようになった。


 その後も何度かぶつかることによって、ようやく互角の勝負に持っていくまでにテオは成長した。


 その模擬戦の様子を密かに見ていたものがいる。


〈農業の国〉を拠点に活動するキーレンという商人だった。


 テオが拠点にしている寺院に、ある日突然、キーレンがやってきた。


「お若いのに義勇軍を率いて、〈闇の国〉の賊たちと戦おうとは。

 その心意気に惚れました。ぜひ、お力にならせてください」


 キーレンは、30ぐらいの若い男だった。


 それでも、この〈農業の国〉では、知らぬ者がいない大商人のようだった。


 この国で収穫された作物を扱い、大陸の国相手に商売をしているという。


「商人が来てくれるとは大変ありがたい」


 義勇軍の兵士を食わせていくには、金が必要だった。


「早速で悪いが、この腕輪を買い取ってくれないだろうか?」


 テオは隠し持っていた銀の腕輪をキーレンに差し出す。


 王子の装飾品として、昔から身につけさせられていたものだ。


 城を脱出する際、唯一これだけは持ってきた。


 最早、この腕輪に未練はない。


 機会があれば売ってしまおう、とずっと考えていた。


「それを売ったお金でどうなさいます?」


「兵たちを食わせるための食料を買う。

 武器も欲しい。装備もなしに戦場へは行けないからね」


 商人のキーレンは、差し出された銀の腕輪をまじまじと観察していた。


 その腕輪の意匠になにか気づいた様子だったが、その場では口には出さなかった。


「これは、由緒ある家に伝わる大事なお品物。

 私どもでは扱いきれません。どうかお戻しください」


「だが、金がないと困る。

 ここまでついてきてくれた兵たちに報いてやりたい」


「金なら、手前が出します」


「こっちは、なにを代わりに差し出せばいい?」


「今は必要ございません。

 将来貴方様が、〈闇の国〉の賊を追い払い、安全に商売できる国にしてくだされば、それを代価といたします」


 隣で聞いていたチルダは、にやっと笑う。


「それが一番高つくな」


「安全は、誰もが欲しがるもの。

 この乱世では、いくら大金を積んでも買えませんからね。

 もし手に入るのであれば、私の財産の半分を差し出しても悔いはありません」


「ちょうどよいではありませんか。

 〈闇の国〉と戦うのは、テオ様の目的です。

 戦いに勝てば、どのみちこの国は平和に戻ります」


〈闇の国〉はテオの仇のひとつ。


 打倒する目的には違いないが、それにしても簡単に言うもんだとテオは思う。


「約束しよう。この国で暴れまわる〈闇の国〉の騎士たちを討伐する。

 そのための資金を援助してくれ」


 いまは言うだけだ。やがていつか形になることを夢見ているだけの空手形。


 それををいつか現実のものにする。その決意を、テオは今ここで示した。


「そのお言葉を待っておりました。

 ならば、手前どもは喜んでお金を出しましょう」


 キーレンは、テオの思いをすべて汲み取ったかのように破顔する。


 そしてテオと固い握手を交わす。


 その後、義勇軍の本拠地である寺院に荷馬車が到着した。


 荷馬車から重たそうな木箱を下ろして、チルダが中を確かめた。


「期待されておりますな」


 大陸に流通している本物の硬貨が、箱いっぱいに収まっている。


 テオは、金をひとつかみ握りしめた。冷たくて重い。


 王子だったころは、巷に出回っている硬貨など手にしたことがない。


 欲しいものは、誰かに言えば、すぐに用意される。そういう立場だった。


「これが、金というものか」


 身一つで大陸に逃げてきた。なにをするにもまず、金が必要になる。


 志だけでは人は動かせない。手の中にあるのは、テオが欲しかったものだ。


 それが、キーレンの好意で、思いがけず簡単に手に入った。


 この金は疎かにすまいと決意した。


「キーレンに伝えてくれ。

 この金、必ず活かす。

 決して無駄にはしないと」


 荷馬車を引いてきた従者たちに告げた。


 テオの手の中にある硬貨は、さらに重みを増していた。

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