【13話】訓練といえど敵は3倍
寺院から離れた野原で模擬戦がはじまった。
テオが指揮する部隊Aが、なだらかな丘陵の麓に待機する。
そこから、丘を挟んで離れた場所に連合部隊B・C・Dが横並びに展開した。
連合部隊は、任命した隊長それぞれの判断で動いていいことにしてある。
兵士たちには、木でできた訓練用の剣や槍を持たせてあった。
B C D
丘陵
A
テオのいる場所から見ると、正面、右、左と3つの敵部隊が存在している。
なにも考えずに戦うと、3倍の兵力の敵にあっという間に包囲されてしまう。
テオの部隊に配属された兵は、貧乏くじを引かされたような顔をしている。
「安心してほしい。敵の数は多いが、即席の部隊だ。連携は取れないだろう。
戦う順番次第で我々は楽に勝てる」
テオは、あくまでも楽観的に構えている。
兵は、つねに指揮官の顔色を伺う。
指揮官はどんなときでも落ち着いていなければいけない。
騎士たちの訓練を見て学んだことだ。
指揮官の余裕は、兵たちに伝わっただろうか。そういう不安な気持ちすら押し殺して、テオは訓練に挑むことにする。
「それでは開始する」
チルダの合図で模擬戦闘訓練が始まった。
小さな丘の向こうで、3つの敵部隊がそれぞれの隊長の思いどおりに動き出す。
まず3部隊の隊長は、様子を探るように他の部隊と歩調を合せながら、じりじりと進んだ。
「向かって左から来るB部隊は、他の2部隊と歩調を合せようと様子を伺いながら進軍している。
正面のC部隊は、左右の2部隊を先行させようと、あえてゆっくりと進んでいるな」
テオは、敵の様子を入念に確認しながら取るべき作戦を練っていた。
右手のD部隊の隊長は、動きの鈍い他の部隊に苛立っているようだ。
他の部隊が行かないならば、こちが先に行かせてもらうとばかりに、少しずつ部隊の速度を速めていた。
他の2部隊を待つまでもなく、テオの部隊を先に叩いてしまえば、それで戦いは終わりになる。
「突出してくれるのならば、こちらにとっては、やりやすくなる」
テオの観察通り、D部隊の隊長は、他の部隊と進軍速度をあわせるのをやめて速度をあげはじめた。
分析によると、敵の3部隊の狙いはこうだ。
B部隊は、足並みを揃えたい。
C部隊は、消極的。
D部隊は、早期決着。
隊長たちの狙いは、3部隊ともバラバラに見えた。
それが、足並みが揃わない原因になっている。
勝機はそこにある、とテオは考えていた。
D部隊の隊長が、とうとう我慢できずに大幅に部隊を突出させてきた。
「よし。叩くならば、D部隊からだ」
好機だ。
テオは、すぐさま部隊を右に動かした。
D部隊めがけて部隊を進ませる。
B C D
丘陵 ↑
A
「突き進め」
テオの率いる10名の兵士たちは、あっという間に小さな丘の頂上についた。
数が少ないだけあって部隊は身軽だった。
今まさに登ってこようとするD部隊が遅れて到着する。
衝突した。
テオたちは、斜面の上から昇ってくる敵を打ち落とすだけでよかった。
あえなくD部隊を撃破する。
「そのまま、中央の部隊を倒す」
D部隊を蹴散らしたままの勢いで、消極的な進軍を続けていたC部隊に襲いかかる。
C部隊の隊長は、他の部隊の支援がない、孤立した状態で戦う気はないようだ。
戦うか、退くか、判断に迷っていた。
その間に、テオはC部隊を追い散らした。
木剣を握った兵たちが、C部隊に容赦なく撃ちかかる。
C部隊の兵たちは、戦えばいいのか、逃げればいいのかわからず、思い思いの行動をとっていた。
統率の執れていない部隊は、戦場では無防備な獲物だ。
これも、あっけなく倒した。
目の前で味方の部隊が次々に撃破されたことで、残ったB部隊の兵士たちは、戦意が挫けていた。
こうなれば、勢いに乗るテオ部隊の敵ではない。
B部隊の兵士たちは、ぶつかる前から腰砕けになっている。勢いのまま、飲み込むだけでよかった。
「それまで」
B部隊の統率が喪失し、部隊がバラバラになったところで、チルダが模擬戦闘訓練の終了を告げた。
「勝った」
テオが率いる部隊は、3倍の敵に勝利した。
しかも、ほとんど損害を被っていない。
付き従った兵たちは、まだ信じられないような面持ちでいる。
「お見事でした。
テオ様にとって、この程度の模擬戦に勝利することなど容易いことでしたかな?」とチルダが言う。
「簡単ではなかったさ。
それに実戦では、訓練された兵士たちを相手にする。
これほどうまくはいかないだろう」
そう話すテオは、あくまでも冷静だった。
勝利の興奮に酔うほどの戦いではなかったと思っている。
「なぜ、俺の部隊から倒そうと思った?
戦意も兵力も互角だったはずなのに」
疑問をぶつけてきたのは、最初にテオが倒したD部隊の隊長だった。
兵士として実戦に出た経験はあるらしい。だからこそ隊長を任せた。
だが、経験が浅いはずのテオにやられた。
釈然としない様子だった。
「あなたの部隊が一番弱そうだったから。
安全に勝てそうだったから最初に潰しただけだ」
「どこを見て、一番弱そうだと思ったのです?」
テオは、答えに詰まる。
他人の能力が見える眼を使って、部隊の戦闘力を測った。
そして、一番弱いと判断した。
本当のことを、言ったところで笑われるだけだろう。
「いままで大勢の騎士を見てきた。
私には、人の強さや弱さを見抜く才能があるらしい」
そう誤魔化しておいた。
テオの後ろで、チルダが微笑んでいる。
志願兵たちが、寺院の境内に集まったときから、テオは一人ひとり確認して、彼らの能力の値を見ていた。
弱いものは武力10台から、高いものは武力30台まで。
騎士と比べると見劣りするが、兵士としては標準的な数値だった。
集まった50名を4つの部隊に分けた。
テオは、なにも細工はしていない。
人数が均等になるように配分しただけだ。
そのせいで、部隊によって武力の値が低いものが固まった部隊。
高いものだけが、固まった部隊。という戦力の不均衡が起きた。
テオが最初に潰したD部隊は、武力の値が10台から20台までの弱いものが多く集まっていた。
これはテオにしか見えない、能力値から判別した真の強さである。
倒すのは容易い相手だと最初からわかっていた。
二番目に潰したC部隊には、武力30台の兵は数名いたが、他はD部隊と変わらなかった。
最後に潰したB部隊には武力30台のものが多く含まれており、もっとも戦力の高い部隊だった。
テオは、倒しやすいD部隊から倒すことにした。そして倒した。
兵たちは、勝てば士気があがる。自分たちを強い存在だと錯覚する。
その錯覚が自信となり、普段以上の力を発揮してくれる。
勝利したことで得た勢いを保ったまま、二番目に強いC部隊に当たらせた。今度も、あっさりと勝利できた。
幸運だったのは、C部隊の隊長が、テオの想定以上に消極的で臆病だったことだ。
指揮官の士気は、部隊の戦闘意欲に置き換わる。
指揮官次第で、兵は弱くも強くもなる。
だから、消極的な指揮官に率いられた2つ目の部隊を、テオはあっさりと撃破することができた。
最後に残ったB部隊は、もっとも戦力の高い部隊だったが、テオの部隊と士気に差があった。
すでに2つの部隊を倒しているテオの部隊と、目の前で味方が次々やられて意気消沈しているB部隊。
この2つがぶつかれば、多少の戦力差など無意味なものとなる。
B部隊は、味方を次々に打ち破ってくるテオの部隊に、恐ろしさを感じていただろう。
恐怖を覚えた兵士は、体がこわばり、本来の力を発揮できなくなる。
兵数は互角であっても、戦力は多少上回っていても、士気の高い方が勝つ。
そして、そのとおりテオの部隊は勝利した。
目に見える能力値だけが全てではない。
兵士の士気も、勝敗を決定づけるのに重要な要素となる。
今回の模擬戦でそれがわかったのは収穫だった。