一言王家に言ってやります。でも、大事な親友は帰ってこない。
フローリア・ルテイン公爵令嬢は、親友のミルディア・アシュラテ公爵令嬢が行方不明だと聞いて驚いた。
アシュラテ公爵がルテイン公爵家に尋ねて来て、王立学園でミルディアと仲が良かったフローリアに聞いてきたのだ。
「うちの娘が家に帰っていない。行方不明になった。何か最近変わった事は無かったかね?」
フローリアは客間で父と共にアシュラテ公爵と面会して聞かれたのだが、
最近のミルディアの様子を思い出しながら、
「そう言えば、思い悩んでおりましたわ。」
「思い悩んでいた?」
「ええ。婚約者のカルド王太子殿下が、男爵令嬢と仲良くしていて、ミルディア様はとても心を痛めておりました。」
「娘からそのような話は聞いていないぞ。」
ルテイン公爵が慰めるように、
「言いにくかったのでしょうな。父を心配させたくない…年頃の娘にはよくある事ですぞ。」
カルド王太子は男爵令嬢と王立学園で所かまわずイチャイチャしていたのだ。
アシュラテ公爵は、
「ともかく、騎士団を総動員して娘の行方を捜して貰っている。
ああ…犯罪に巻き込まれていないといいのだが。」
そして、まさか、王家がフローリアにカルド王太子の婚約者になってくれと言ってくるとはその時、フローリアは思いもしなかった。
一週間、二週間と過ぎても、ミルディアは見つからなかった。
そして、国王はフローリアにカルド王太子の婚約者になれと言ってきたのだ。
王家の命令である。断る訳にもいかない。
フローリアは嫌だった。
それはそうだ。男爵令嬢とイチャイチャしているだらしのない、カルド王太子。
女性関係は派手だった。
そんな王太子と婚約なんてしたくなかった。
ミルディアをかといって恨む気持ちはなかった。
彼女は辛い王妃教育を5年も頑張ってきたのだ。
カルド王太子がお気に入りの男爵令嬢といちゃついても、ないがしろにされても、
ミルディアは耐えているようだった。
フローリアに王太子殿下と男爵令嬢との事に対して愚痴一つ言わないミルディア。
大事な親友である。
そんなミルディアの気持ちが痛い程解るフローリア。
失踪したとしてもどこかでミルディアが生きていて、幸せでいてくれればそれでいい。
そうフローリアは思って、これから始まるであろう、王妃教育を受ける覚悟をしたのであった。
カルド王太子はフローリアに会っても、
「お前が新しい俺の婚約者か。ふん。ツンとすました所なぞ、ミルディアと変わらないな。まぁいい。俺は俺で恋愛を楽しむからな。」
傍にいる男爵令嬢も、
「カルド様ぁ。今日はどこへ連れていってくださるの?」
「そうだなぁ。おしゃれなカフェを予約してある。そこで美味いケーキでも食べよう。」
「嬉しいわぁ。」
悲しい…悲しい…悲しい…
わたくしはこれから王妃教育を受けなければならないのに、
ミルディアも同じ気持ちだったんだわ。
重い気持ちで、王家からの迎えの馬車に乗るフローリア。
毎日、放課後に王宮へ行き、これから夜まで厳しい王妃教育を受けなければならないのだ。
馬車に乗って、外の街並みを眺める。
今までは放課後は、気が向けば街へ買い物に出かけて自由だった。
ミルディアが王宮へ毎日、馬車に乗って王妃教育へ出かけていたのだ。
彼女は泣きごと一つ言わなかった。
どんなに辛かっただろう。
いつの間にか、フローリアは眠ってしまったようだった。
ふと、目を覚ましてみると馬車は止まっている。
夕陽が差し込んでいる中、外を見たら、見た事のない場所に来ている事に気が付いた。
馬車をそっと降りてみる。
緑の木々が生い茂った草地で、温かな日差しが降り注いでいた。
おかしいわ…日が傾いていたはずなのに…
何故、真上に日があるのかしら…
太陽が頭上にあり、フローリアは困惑する。
ふと、声をかけられた。
(わたくしはここにいるわ…)
「え?ミルディア。ミルディアなの?」
(わたくしはここよ…)
真っ白なドレスを着たミルディアが、微笑みながら立っていた。
「ミルディア、無事だったのね。」
しかし、不思議な事にミルディアは言葉を発していないのだ。
フローリアの頭の中にミルディアの言葉が響く。
(わたくしは…もう…この世にいないの…ごめんなさい。すべてを貴方に押し付けて。)
「ミルディアっ???」
ミルディアが抱き着いてきた。
その身体は透けていて、抱きしめる事が出来ない。
ミルディアは泣きながら、
(貴方は負けないで…わたくしは負けてしまった…あまりの悲しさに…)
「死んでしまったと言うの??」
(わたくしは弱かったから負けてしまった。夢も希望もなかったの…でも、わたくしは…貴方をわたくしのようにしたくはない)
「許せない。許せないわ。そこまでミルディアを追い詰めた王家。」
(いけないわ。王家に逆らったら…貴方の家に迷惑がかかるわ。)
「でも、わたくしは…大事な親友を奪ったあの王太子を許せない。不敬を問われようとも、一言あの王太子に言ってやるわ。」
(フローリア。無理しないで…ごめんなさい。)
ミルディアは消えてしまった。
そして、いつの間にか、フローリアは王宮の庭に立っていた。
王宮の中から、迎えの人が出て来て、フローリアに、
「フローリア・ルテイン公爵令嬢様ですね。今日から王妃教育が始まります。
ご案内いたしますので。」
「かしこまりました。」
今はその時ではない。
必ずあのカルド王太子に一言言ってやるのだ。
それは…今ではない。今ではないのだ。
フローリアは毎日、放課後、王宮に通い、厳しい王妃教育にも耐えた。
その間にもカルド王太子は男爵令嬢とイチャイチャし、男爵令嬢が飽きると、他の伯爵令嬢を傍に囲って、イチャイチャするなど、とっかえひっかえ女性と付き合って、フローリアは眼中にないようだった。
フローリアは王妃としての教養とマナーを全て身に着けて、カルド王太子の婚約者として、優秀な女性として名が知れるようになった。
王立学園でも成績は一位を取り頑張った。
あれ以来、ミルディアの幽霊は現れる事はない。
行方不明のまま、騎士団は捜査を打ち切ったようだった。
そして…時は過ぎ、卒業パーティの日、
その日はカルド王太子も、ドレスアップしたフローリアをエスコートした。
そう…婚約期間が終わり、結婚を発表するのだ。
卒業生が全員集まってパーティが始まった頃に、カルド王太子はフローリアを隣に、宣言する。
「フローリア・ルテイン公爵令嬢とこの度、婚約期間を終えて、私は結婚する事になった。
皆、祝って欲しい。」
そこには、国王陛下や王妃、そしてルテイン公爵夫妻も来ていた。
フローリアは優雅にカーテシーをし、顔を上げてキっとカルド王太子を睨みつけ、
「お断り致します。」
皆、ざわつく。
カルド王太子は真っ赤な顔をして、
「私に恥をかかせる気か?不敬だぞ。」
国王陛下も怒りまくり、
「王家の命を今更、断ると言うのか?」
ルテイン公爵がすっ飛んできて、フローリアに、
「謝りなさい。カルド王太子殿下に…」
ルテイン公爵夫人も、慌てて、
「申し訳ございません。うちの娘がっ。」
フローリアは、皆に向かって、
「卒業生の皆様。わたくしは王妃教育を…そして学園の勉学も人一倍頑張って参りました。
それはひとえに、この国の王妃になる為…耐えて参りましたの。しかし、その間のカルド王太子殿下はわたくしとお話して下さった事あったかしら?いつも他の女性と一緒にいましたわね。わたくしはどれ程、悲しかったかお解りになって?
国王陛下。わたくしの事を不敬とおっしゃるのなら…わたくしの首を刎ねて下さいませ。
わたくしは…大事な親友、ミルディアの傍に行きとう存じます。
ミルディア・アシュラテ公爵令嬢は、王妃教育を5年も頑張ってきたのです。
でも、王太子殿下に見向きもされない悲しみのあまり、いまだに行方不明…
もしかしたら命を落としているかもしれません。あまりにも可哀想だとは思いませんか?」
王妃が呆れたように息子のカルド王太子を見やり、
「わたくしは隣国から来た王女ですから、王妃教育なぞありませんでしたわ。
生まれた時から王族として生きてきたのですから。
でも…カルド。婚約者を軽視し、二人の女性を悲しませた事は母として、許せることではありません。」
「母上。私だって決められた婚約者なんて嫌だった。だから、結婚するまでは色々な令嬢と遊びたかったんだ。」
「それだからって、婚約者をないがしろにしていいとはわたくしは思えません。」
国王陛下も頷いて、
「そうだな。婚約者は大事にしないといけない。フローリア、申し訳なかった。
だが、カルドと結婚してくれないと困るのだ。」
フローリアは国王陛下に、
「それではミルディアを見つけて下さいませ。ミルディアが見つかりましたら、わたくしはカルド王太子殿下と結婚致しますわ。」
「解った。ミルディアを改めて探そう。」
ミルディアが行方不明になってから、2年の月日が経っている。
でも、フローリアは確信していた。
ミルディアは必ず見つかる。
騎士団総出で再び捜索が行われ、ミルディアの遺体が見つかったと連絡を受けたのは、それから5日後の事だった。
すっかり骨になっていたけれども、水の中から引き揚げられたミルディアの身に着けていた服装からミルディアだと解ったとの事。
フローリアは騎士団で保管されているミルディアの遺体に会いに行った。
連絡を受けたアシュラテ公爵夫妻が先に来ていて、フローリアに、
「フローリア。娘は見るに堪えない姿になっている。見ない方がいい。」
「いいえ。わたくしは見ますわ。」
ミルディアは骸骨になっていたけれども、フローリアはミルディアに向かって微笑んだ。
「わたくしは、カルド王太子殿下に嫁ぎます。王妃教育を受けて、貴方がこの国を愛していた事が良く解りましたわ。でも…貴方は負けてしまった。
わたくしは負けはしない。貴方はそれを解っているからこそ、こうして会いにきてくれたのね。有難う。ミルディア。会えて嬉しいわ。
女の恨みは消えませんわね…一生かけて、わたくしはカルド王太子に恨みをぶつけたいと思います。」
そして涙を一筋流して、
「貴方には生きていて欲しかった…」
色々な思い出がよみがえる。
二人で、共に勉強した思い出。
昼休み、話をして、笑いあった思い出。
大事な友達だったミルディア…
もう、帰っては来ない。
ミルディアの遺品に、一緒に買った金のコインのペンダントがあった。
それをフローリアはアシュラテ公爵夫妻の許可を得て、形見として貰った。
大事にハンカチに包んでそれを持ちかえったのであった。
フローリアはカルド王太子と結婚した。
しかし、白い結婚を貫いた後、その優秀さから、国王陛下が崩御し、カルドが国王になった時に、追い落として、自分が女王となって君臨した。
悪女として知られた、アレクサルト一世女王陛下は、カルドを牢獄へ投獄し、別の男性を王配に迎え、この国を発展させた。
しかし、時折、悲し気に親友を偲んで、ペンダントを握り締め涙を流していたと言う。